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結婚したけど逃げ出したい 6

ブックマークしてくださった方、ありがとうございます!


「ちょっと出かけてくる」


そう言うと、王太子は立ち上がって侍女を伴い執務室から出て行こうとした。


「は…?」


いきなりのことにぽかんとしたエリックだが、はっと我に返り王太子の腕をつかんで止めた。


「殿下?急に何をおっしゃっているのです!?まだ執務が…」

「急用だ」

「どうされたのですか?出かけるとはどこに?」

「…」

「殿下…?」


エリックは困惑した。今日は本当に予想外のことばかりだ。

それでも、忠誠を誓う王太子のこの様子を見て放っておけるわけがない。


「何があったか話してください。俺にできることならなんでもします」


その言葉に王太子はふっと力を抜いた。誠実なエリックの言葉は本物だと王太子はよくわかっている。


「…そうだな、慌ててもしょうがない。簡単に話す」

「はい」

「ワトソン家の若夫婦とリンデル、侍女のエレナが外出の帰りに誘拐されたそうだ」

「はい!?」

「犯人はまだ把握していないが、どうやら彼らは河川沿いの倉庫街に囚われているらしい」

「まさか、そこへ行くつもりでは…」

「そのつもりだが」


エリックは王太子の腕を握る手に力を込めた。


「あなたは王太子です。御身を危険にさらすわけにはいきません」

「誘拐されたのは王太子妃だ」

「王宮の騎士団に連絡を…」

「そんなことをしたら、リンデルが家出をしたと知られてしまう」

「…しかし…」

「私の直属の騎士団を出す。私もそれなりに鍛えているから心配いらん」


静かにエリックを見つめる青い瞳は真剣だ。

エリックはため息をついた。


「殿下の騎士団を動かしても、目ざとい者は何かあったと勘づくでしょう。もし、誰かの陰謀なら騎士団が見張られていてもおかしくありません。ダグラス家の兵を動かしますから落ち着いてください」

「エリック…いいのか?」

「そのかわり、俺も行きますよ」

「またアデルに叱られるな」

「仕方ありません。他に情報はあるのですか?」

「いや、今はこれだけだ。また追って報告はくるだろうが」

「わかりました。とりあえず、家に手勢を用意させます。準備が出来次第、俺たちもこっそり出ましょう」

「わかった」


王太子は二言三言、情報を持ち帰ってきた侍女に何か伝えると、侍女は軽く頷いて去って行った。彼女はどうやらリンデルの護衛を行っていた一人らしい。他のメンバーに情報を共有するように言われたのだろう。

王太子付きの侍従には、王太子は休んだということにして誰も取り次がないよう指示した。


エリックと王太子は、ダグラス家の馬車でそっと王宮を抜け出すと、ダグラス家に向かった。


王太子を連れて帰ってきたことに、アデルはさすがに驚いていた。

エリックがアデルに事のあらましを説明すると、彼女は王太子とエリックが兵と一緒に向かうことに不承不承納得してくれた。


「ただし!絶対にバレずに行って帰って来ること!誰の陰謀かわからないのですからね!」


アデルがそう言ったため、二人は護衛兵と同じ格好をすることにした。

護衛兵の衣装を着てしまえば、ぱっと見は誰が誰だかわからないはずだ。

エリックは着替え終わると窓から外を見た。敷地内には兵が整列している。


「しかし、本当に一体誰が何の目的でこんなことを…」


王太子は袖を整えるとエリックに向き直った。


「わからない。リンデルは一応変装していたらしいから、王太子妃であると分かって連れ去られたのではないかもしれない」

「変装…」

「家出をしたのも突発的だったし、王太子妃を誘拐するリスクのほうが高いと思う。計画的に練られたものではない可能性が高い」

「では…ただ貴族を狙った身代金目的でしょうか」

「なら、ワトソン家に身代金を要求すると思うのだが、それもないらしい」

「…」


コンコンとノックがあり、アデルが入室してきた。


「兵の準備はできましたが、もう向かわれますか?」


エリックと王太子は首を振った。


「まだ状況がわからないからな。報告を待っている」

「それが…ワトソン家から使いが来ています。お会いになりますか?」

「使い…?通してくれ」


それは、人の良さそうな顔をした中年の男だった。


「ワトソン家の使いのロッソと言います。主人から、もし何かあったらダグラス家に行くようにと言われておりました」


エリックはロッソを見つめた。


「主人というとトゥーイか?」

「はい」

「何があったか話してくれ」

「では、報告させていただきます。本日、主人たちは王太子妃殿下のご希望で街へ外出されておりました。夕刻、街からワトソン家へ戻る際に馬車ごと乗っ取られまして、現在は河川沿いのある倉庫に囚われていらっしゃいます」

「犯人はわかっているのか?」

「はい。倉庫街を根城にしていた赤蛇と言う闇組織です」

「していた…?」

「今、そこを牛耳っているのは黒犬という組織です。恐らく、主人たちは運悪く組織の抗争に巻き込まれたのです」

「…そいつらは、王太子妃とわかって誘拐したのではないのだな?」


エリックはほっと胸を撫で下ろした。どこぞの貴族の陰謀ではないようだ。

だが、ロッソは表情を緩めない。


「えぇ、この誘拐自体もどうやら突発的なもののようです。赤蛇の苦し紛れの戦術でしょうが、だからこそ危険かもしれません」

「何!?」

「少し調べてみましたら、黒犬は本日何らかの重要な取引をする予定らしいのです。それを赤蛇が邪魔しようとしているようです」

「それがどうして今回の誘拐に繋がるんだ?」

「主人たちはどうやら黒犬のリーダーであるラシャドという男と親しいと思われたようで、取引の手柄と主人たちの身柄を引き換えにするつもりのようです」

「なぜそんな男と関わりがあると思われたんだ…?」

「…今日主人たちは、何故かカフェテラスでラシャドに話しかけられてしまいまして…」


そう言って、ロッソはほとほと困ったというふうに首を傾げた。

エリックはぐっと眉根を寄せて口をひらく。


「よく組織の情報を調べられたな」

「…元々私はゴールドスタイン商会で色んな仕事をしておりましたから、情報を得るのは不得手ではありません」

「なるほどな。お前は、ずっと彼らの近くにいたのか?」

「今回、王太子妃殿下をお連れして外出するということで、主人の命で護衛をしていたのですが、妃殿下に気が付かれないようにと離れておりました」


ロッソは言葉を切るとバツが悪そうに頭をかいた。


「馬車が襲われた時も護衛としてお守りするべきだったのでしょうが、馬車を襲撃した数が多くて返り討ちにされるよりは、と追跡だけにとどめたのです。申し訳ありません」

「…いや、無理に争ったら誰か怪我をしていたかもしれない。囚われている場所や犯人が分かっただけでも良かった」

「現在、倉庫には赤蛇のメンバーが十人ほど残っています」

「それだけなのか?」

「はい。赤蛇は数年前に一度潰れていますからメンバー自体が少ないのです。しかし、しぶとく黒犬への復讐を企んでいたようですね。今の赤蛇のトップはトトルと呼ばれている男です。以前の幹部の一人ですが…あまり頭の良い男ではありませんでしたね…。おそらく今頃は腕の立つもの十数人を連れて黒犬と交渉しているでしょう」

「黒犬はどう出るのだろうか」

「取引を赤蛇に譲ることはないと思います。ですので、このままでは主人たちは殺されるでしょう。どうかお力添えをお願い致します」


ロッソが深々と頭を下げるのを見ると、エリックは深く頷いた。


「元々救出に向かうつもりだったんだ。案内してくれ」

「はい」


エリックは王太子を振り返った。


「よろしいでしょうか?」

「あぁ、行こう」


そう言った黒髪碧眼の青年を見て、ロッソの顔が引きつった。だがそれは一瞬で、彼は何事もなかったかのように出発の準備を始めた。余計なことは口に出さないに限る。


出発の直前、王太子の命でリンデルを尾行していた護衛からも、囚われている倉庫周辺の詳細な報告があった。

ワトソン家の若夫婦、王太子妃とその侍女を救出するために、それらの情報を共有して彼らは倉庫街へ出発したのだった。



〇〇〇



暗い倉庫街の中を、十数人の男たちが足音も荒く突き進んでいた。

「おい、あいつらは三番倉庫にいるんだな」

「へい、そのはずです」

「よし」


赤蛇のトトルは口の端を歪めて笑った。


もうすぐ、積年の恨みが果たせるのだ。今日の取引を横取りして黒犬のメンツを潰し、縄張りである倉庫街を赤蛇の手に取り戻す。それだけがトトルの頭に渦巻いていた。


数年前、赤蛇は倉庫街を他の組織から奪い取り、『三日月』という巨大な組織の傘下に入った。当時の赤蛇のリーダーは、縄張りを守るためにそうしたのだ。

だが、三日月は大規模摘発の標的にされ、赤蛇もそれをモロに受けてしまった。三日月は解体され何人もが縛り首になり、赤蛇のリーダーもその内の一人になってしまった。


摘発を逃れた組織の一つが黒犬だ。奴らは苦労せず縄張りを拡大した。河川近くのこの倉庫街は、何かを取引するには便利な場所だ。


トトルはこれまでの苦労を思い浮かべた。黒犬を陥れるために、這いずり回って調べ続けた。

そしてやっと、今日の取引を知ったのだ。黒犬は情報をほとんど漏らさない。ラシャドは慎重な男で、部下もよく躾けていた。


なんとか手に入れた情報では、今日の取引はソヴェト国からの品物を受け取り、それをコーウェン国へと運び入れる予定なのだ。

品物がどんなものかまでは調べられなかったが、それはかなり高価なもので、この取引が成功すればソヴェト国からもコーウェン国からも多額の報酬が約束されているのだと言う。


これで隣国の組織との繋がりが深まり、ますます黒犬は確固たる地位を築く。そんなことは許せない。

その全ての功績を横取りするために、ラシャドと親しそうな人間を攫った。取引を譲らなければあいつらを殺すと言ったら、すぐにラシャドは話し合いを求めてきたのだ。


「さすがのあいつも、お貴族様のお友達は大事にしたいみたいだな」


くっくっと喉の奥で笑いながら、トトルは呟いた。隣を歩く部下はいやらし気ににやついた。


「ええ、お頭!今日はついてましたね!取引の日に、あんなにいい人質を見つけることができたんですから!」

「そうだな、俺たちはついてるぜ!」


元々は、ただ取引現場を襲撃するつもりだったのだ。それがこんなにも手軽にラシャドを脅せるネタが手に入ったのだから今日は本当についている。


トトルは馬車の中にいた若い貴族たちを思い浮かべた。


(あの貴族たちは、今頃震えているだろう。心配いらない、ラシャドがこの取引を譲ってくれれば解放してやるさ。貴族を殺すとやっかいだからな)


やたらと綺麗な男に三人の女。ラシャドとどんな知り合いか知らないが、わざわざあいつが会話をしていたのだから大事な関わりに違いない。ラシャドは無駄なことはしない男なのだから。


赤蛇たちは意気揚々と三番倉庫へ向かって行った。




読んでいただいてありがとうございました!

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