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結婚したけど逃げ出したい 3

さっそく街歩きをしようということになったのはいいが、変装しなければならないという前提付き。

何しろリンデル様は目立つのだ。可愛らしい顔立ちも、ストロベリーブロンドも緑の瞳も目を引く。

しかも王太子妃として姿絵が出回ってしまっているので、中々正体をバラさないようにするのは難しい。


「…男装は難しそうですかね?」


リンデル様は小首を傾げた。


「…体型的に無理でしょうねぇ…」


すでに女性らしく体型が整っているし、長い髪の毛は隠しようもない。切るなんてもってのほかだ。私が悩んでいると、トゥーイ君が言った。


「案外、全部隠さなくても王太子妃がこんなところにいるはずないってスルーされるかもよ」

「そうでしょうか…」

「絵姿は髪の毛を下ろしているのが多かったから、まとめ髪にして伊達眼鏡でもかけようか」

「なるほど、後はちょっとお化粧でそばかすでも足しましょうか!」

「あーいいかも。リンデル様はそれでもいいですか?」

「大丈夫です!」


すると、エレナさんが歩み出た。


「では、その通りに私が変装させますね」

「エレナよろしく!」


リンデル様はうきうきと部屋に戻って行った。


「僕たちは、あんまり変えない方がいいかもね」

「そうですね」


一応、貴族然としていた方が余計な荒事に巻き込まれずに済むからだ。


準備ができたとリンデル様とエレナさんが現れた。私は感心した。意外と髪型と化粧で変わるものだ。

隣のエレナさんも似たような恰好をしているので、二人が並べば姉妹のようだ。

ひとまず、少しの間行ってみようということになり、私達は馬車に乗り込んだ。


ワトソン家のタウンハウスから大通りまでは馬車で十分ほどだ。大通り近くまで馬車で行き、その後は歩いて行くのだ。石畳の通りの両端には、様々な店が並んでいる。

リンデル様は街の様子を見て目を輝かせた。


「久しぶりの街歩き…!お店、お店を見たいです!」


エレナさんが慌ててリンデル様の後を追った。


「リンジー落ち着いて…!」


この場ではリンデル様はリンジー、エレナさんはエリーと呼び名を変えた。私達はそのままだ。だが、あえて彼女たちを呼び捨てにするという策に出た。

当のリンデル様は何も気にしていないのだけど、ちょっと心苦しい。


「リンジーさ…リンジー、あちらの雑貨店は最近できたんですよ」

「本当ですか、ケイシーさん!行きたいです!」

「では行きましょうか」


最初は、リンデル様が王太子妃だとばれないか冷や冷やしたが、本当に皆スルーしている。

私は一安心した。

あちらこちらと店を渡り歩いていると、丁度お茶の時間になった。


「少し休憩しましょうか?あちらのカフェはどうですか?」


近くに、噴水広場を眺めるオープンテラスが有名なカフェがあるのだ。

私達は、そこで休憩することにした。

私はここの生クリームこんもりのウインナーコーヒーが大好きなのだ。嬉しそうに注文した私にトゥーイ君は苦笑した。


「よくそんなに甘いのが飲めるね?」

「いいのです。疲れには甘いものです」

「そうですよ!私はそれにチョコレートクリームを…エリーはどうする?」

「私はカフェオレで」


お茶請けにケーキやクッキーなども注文した。トゥーイ君は笑いをかみ殺していたが、これはしょうがないのだ。コーヒーに甘いものは正義なのだから。

せっかくのいいお天気なので、店外のテーブルでいただくことにした。


「…私、今本当に楽しいです…!ありがとうございます!」


リンデル様は涙目で私達を見て言った。よほど王宮生活は窮屈だったらしい。


「いえ、楽しんでいただけているなら何よりです」

「しっかり味わいます!!ね!エリー!」

「リンジー、落ち着いて…こぼしますよ」


すっかり姉と妹のような二人に和んでいると、ふと噴水の奥にある路地が気になった。

なんてことのない風景なのだが、何か不穏な空気を感じ取ってしまったのだ。

もうこれはある種の職業病かもしれない。私は学園やカフェで情報収集をしてきたので、つい不穏な空気を探す癖が出てしまう。

路地には二人組の男たちがいる。その二人が、気だるげに壁に寄りかかりながら何かを話しているのだ。


『やっと来るんですね。今日の夜っすか?』

『気を抜くなよ』

『わかってますよ』

『蛇の残りが嗅ぎまわってる』

『面倒っすね、あいつらどうにかできませんかね』

『まぁ、少しずつ削っていくしかないだろうな。準備してろよ』

『わかりましたよぉ』


そう言って、一人の男は路地の奥へ消えた。もう一人の男は見るともなく噴水を見ている。

何故あんなに遠くの人の会話がわかるかといえば、私は読唇術ができるからだ。自分でも結構な精度だと思う。こちらを向いて話していればほぼ何を話しているか分かるのだ。


(何かの取引でもあるのかしら?…まぁでも関係ないか)


ぼんやりと残った男を眺めていると、目が合ってしまった。私はさりげなく視線をはずすと、ゆっくりとコーヒーに口を付けた。


(し、しまった。目が合っちゃった…大丈夫だと思うけど…ってこっち来た!?)


何故か、男の興味を引いてしまったらしい。いやまさか偶然だと頑なにその男の方を見ないようにしていたのに、男はずんずんと近づいてきて、しまいにはテーブルのすぐ横に来てしまった。


(あ、あ、あ、謝った方がいいのかしら!?不躾に見ていてすみませんって…)


男はジロジロとテーブルについている私達を見ていた。リンデル様とエレナさんは慌てて俯いている。

さすがに不審に思ったのか、トゥーイ君が口を開いた。


「何か?」


黒髪に黒目のその男は、ふっと目を細めて笑みを漏らした。


「驚いた。そっちの女二人に昔馴染みの面影があると思って来てみれば、あんたのことも見覚えがある」

「は?」

「アーグ商会のお嬢さんには世話になったな」

「…お前!」


トゥーイ君は驚いたように目を瞠った。


「そっちの女二人は、デールとエレンと言えばわかるか?」


その言葉に、はっとしたように二人は顔を上げた。


「まさか…リーダー!?」

「よぉ、元気そうだな」


リンデル様はいきり立った。


「よくそんなこと…!」

「リンジーやめなさい!」


素早く止めたのはエレナさんだ。

私はこの成り行きにパニックになった。どうやら男が興味を持ったのはリンデル様とエレナさんらしい。だが、妃殿下という言葉は出ない。バレたわけではなさそうだ。

男は懐かしそうに目を細めている。


「はは、どうなったかと思っていたが何よりだ。あの時、あの男に売ったのは間違いなかったな」


エレナさんは厳しい表情で男を見上げた。


「…確かに、あなたのおかげでこのとおり健在です。よろしければ、もう関わらないでいただけますか?」

「懐かしくなって声をかけただけだ。そう邪険にするな…。なぁ、そこのあんた」


男はじろりと私を見た。


「はい!?」


私は、急に話を振られてびくっとしてしまった。


「あんた、俺たちを見ていたな?」

「え?いえ?」

「何か聞いたか?」

「な、何をでしょうか?」

「…まぁいい。じゃ、デールにエレン、それにお嬢さんも元気でな」


男はそう言うと去って行った。


「…ええと、変わった人でしたね…?」


私が恐る恐る呟くと、三人とも微妙な表情をしていた。トゥーイ君は眉間にしわを寄せてリンデル様とエレナさんを見ていた。


「はぁ…何故黒犬がお二人を知っているのです?」


(え…?黒犬って…)


私には聞き覚えがあった。その昔、アデル様を害そうとした侯爵子息が、悪事を依頼した先がそのような名前の組織だったはずだ。

リンデル様とエレナさんは眉を顰めている。


「「黒犬…?」」

「あれは、黒犬という闇組織のリーダーですよ」


リンデル様は俯いてしまった。エレナさんはため息をついて口を開いた。


「…あまりお話したくありませんね」

「…そうですか」


なんともいえない空気になってしまったので、私は思い切って立ち上がった。


「ええと!そろそろ帰りましょうか!!」

「「そうですね」」

「…そうしようか」


私達は、黙って馬車置き場まで歩いて行った。

そこに着くころには少し薄暗くなっていた。私達は馬車に乗り込んでワトソン家に向かうことにした。私は、ひとまず無事に街歩きを終えたことに胸を撫で下ろしていた。

だが、最後まで気は抜けないのだ。


途中で、御者が声を荒げた。馬がいななく声が聞こえ、馬車が急停車したのだ。

トゥーイ君が訝し気に御者に声をかけた。


「どうした?」

「すみません、旦那様。人が飛び出してきて…あぁ!?」

「なんだ!?」


ガチャっと乱暴に馬車の扉が開けられると、覆面の男が短剣を突き付けてきた。

小窓の外には何人か男たちがいる。すでに御者は引きずり降ろされてしまっている。

とっさに、トゥーイ君は私を庇うように背を向けた。


「さぁて、大人しくしてもらおうか」

「…金か?」

「いいや。あんたら自身だよ」

「どういうことだ」

「ちょっと、俺たちの役に立ってもらうだけさ」

「…女性に手は出さないでもらおう」

「おとなしくしてりゃ、今は大丈夫さ」

「何が望みだ?」

「一緒に来てもらうだけだ。そら、行け!」


男が声をかけると、馬車が動き出した。

リンデル様とエレナさんは顔面蒼白で固まっていた。


最後の最後に問題が起きてしまった。私達は、誘拐されてしまったのだ。


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