結婚したけど逃げ出したい 2
馬車の中で、リンデル様は私達夫婦のあれこれを知りたがった。出会いから結婚のきっかけ、結婚生活まで洗いざらい話さなければならなかったので、ちょっとした苦行だった。
いいんだけれど、ものすごく恥ずかしいのだ。
でも、二人で何かと暗躍していたことは伏せているので、ふんわりと説明しておいた。
「まぁ、学園で同じクラスだったのですか!」
「はい。彼はとても人気者でした。ゴールドスタイン商会は大手ですし、何かと私もワトソン家の事業のことでお世話になりました」
「それで、事業の相談をするうちに仲良くおなりに?」
「えぇまぁ…ええと、そうですね…」
「そして、卒業してからデビュタントの日にプロポーズですか!!素敵です!!しかも婿養子になるだなんて!!ご夫君はよほどワトソンさんと結婚したかったのですね!」
「は、はぁ」
ワトソン家に着いて私がリンデル様を招き入れた瞬間、執事が目を見開いた。
侍女姿とは言え、おそらく一緒に戻ってきたのが誰か分かったのだろう。
王太子殿下ご結婚の際には、嫌というほど姿絵が出回ったのだから。
お茶でおもてなししている間に素早く執事に事情を話して、部屋や食事の準備を整えてもらった。ベテランの執事とはいえ、さぞかし肝を冷やしているだろう。
準備が終わったのでお茶を切り上げ、リンデル様にお部屋で休んでもらっているとトゥーイ君が王宮の馬車で戻ってきた。エレナさんも一緒だ。
彼女は深々と礼をした。
「このたびはお世話をかけます。王太子殿下には上手く言っておきましたので、リンデル様が落ち着くまでよろしくお願いいたします」
「いえ、エレナさんのお部屋はリンデル様のお部屋の続きの間でよろしいでしょうか?」
「ご配慮していただき、ありがとうございます」
「ではこちらへどうぞ」
どうにか、リンデル様とエレナさんを部屋に押し込むと、私とトゥーイ君は深いため息をついた。
「なんだか妙なことになっちゃったね」
「えぇ、どうしてこんなことに…」
「まぁ原因はほとんど殿下だから、後で何か事業の融通を利かしてもらわないと」
「何か聞いたんですか?」
「うーん…ケイシーは、殿下がちょっと変わってるの知ってるよね?」
「えぇ、まぁ…」
在学中、怯えるリンデル嬢をお構いなしに追い回していたことなら知っている。
「なんていうか…殿下はリンデル様の怒ってる顔が見たくて喧嘩を吹っかけてただけらしいから、本当に仲違いしたというわけではないみたいなんだよね…」
「はい?」
「極端なんだよね、殿下は…怯えてる顔にはまったかと思えば次は赤面で、今は怒り顔が可愛くてしょうがないんだって…」
「私達は完全にとばっちりではないですか…」
「リンデル様には、上手く殿下の気持ちをお伝えして、穏便に戻ってもらおうね」
「上手くいくでしょうか」
「助っ人を頼んでおいたから、大丈夫だと思う」
「助っ人…?」
「アデル様」
「えぇ!?」
「アデル様は殿下のことも、リンデル様のこともよく分かっていらっしゃるからね、さっきお伺いしたら明日の昼過ぎには来てくださるそうだ」
「ワトソン家に、王族と公爵家の方がいらっしゃるとは…執事が倒れそうです…」
「一応、アデル様も目立たないように来られるらしいから」
「うぅ。胃が痛い…」
「頑張ろう、ケイシー」
その日の夕食はリンデル様と私達夫婦でいただいた。
当たり障りのない話に終始し、部屋に戻るころにはぐったりと疲れてしまった。
次の日の朝食はリンデル様達にはお部屋でゆっくりと取っていただき、昼食は一緒にいただいた。
食後のお茶を飲んでいると、ダグラス公爵家からの先触れが来た。もうすぐアデル様がワトソン家に着くそうだ。
私は首を傾げた。お茶の時間に合わせてくると思ったのだ。
「お早いお着きですね」
トゥーイ君も不思議そうだ。
「そうだね…どうしたのかな」
リンデル様はきょとんとしていた。後ろにはエレナさんが控えている。
「アデル様がいらっしゃるのですか?私のせいでしょうか…」
「それ以外ないでしょうね。全くほうぼうにご迷惑をおかけして…」
「エレナがひどい」
アデル様は強張った表情で登場した。
「ようこそアデル様…」
「お招きありがとう、トゥーイさん、ケイシーさん。あぁ、リンデル様!ついに殿下に愛想が尽きたのですか!?」
トゥーイ君が席までアデル様をエスコートしてきたが、席に着く前から彼女は少し取り乱していた。
「あぁ、どういたしましょう。だから、殿下にはくれぐれもご自重してくださいねと言っておいたのに…」
宥めるようにトゥーイ君がアデル様に紅茶を勧めた。
「紅茶をどうぞ。アデル様は、殿下とリンデル様の様子をご存知で?」
「知っているも何も、わたくし王宮ではリンデル様の教育係の一人ですし、お二人の状況はよく見ております」
「なるほど…」
「それで、具体的には何が原因でこちらへ?廊下のことですか?それともあの絵画の…」
「アデル様、こちらは流行りの菓子ですよ!!」
トゥーイ君がアデル様の話を遮った。一瞬、はっとしたように口をつぐむアデル様は、何事もなかったかのように紅茶を飲んだ。
リンデル様はきょとんとした顔をしている。
「廊下?絵画?」
「コホン。いえ、失礼しました。何でもないのです」
あれだけ焦った表情をしたのに、次の瞬間には儚げに微笑んでいるのだからアデル様はすごい。リンデル様の後ろでは、エレナさんが強張った表情をしている。
トゥーイ君は、にこりと微笑んでリンデル様に声をかけた。
「ここは、リンデル様の方からお話していただいた方がいいのでは?」
「そ、そうですね。実は、最近殿下と口喧嘩が多くて…」
リンデル様が細々とお話しているのを、アデル様は口を挟まずにお聞きになっていた。
内容は、何故か殿下と話しているといらいらしてしまって喧嘩になるということだ。
「…私は仲良くしたいのですけど、何故かこうなってしまうのです。私達は合わないのでしょうか…」
リンデル様はしょんぼりした様子で語り終えた。
話を聞き終わると、アデル様が非常に微妙な表情をして小さく呟いた。
「まぁ、つまりは、次は怒った顔が見たいということなのでしょうね…」
トゥーイ君は目を閉じてため息をついた。
「アデル様は本当に察しが良いですね…」
「トゥーイさんは殿下から何かお聞きしましたか?」
「まぁ、要約するとアデル様が言ったようなことです」
「あの方は、本当にどうしようもないですわね!」
私は、各々に紅茶を継ぎ足した。
「殿下はリンデル様のことがお好きなのでしょう?普通にしていればよろしいのに…」
アデル様はため息をついた。
「ケイシーさん。あのお方は、少し変わっているのですよ。リンデル様もそれはおわかりでしょう?」
「でも、こんなに喧嘩が続くと嫌になります…」
リンデル様は肩を落とした。味方の少ない王宮で、肝心の殿下とまで喧嘩しがちでは身の置き所が無いのだろう。それでも、殿下を嫌いだとは言わないのがなんとも健気ではないか。
私は、段々リンデル様が可哀想になってきてしまった。
アデル様も同じように思ったのか、少し眉間にしわを寄せた。
「…殿下には、しばらく反省してもらいましょうか」
リンデル様を説得してくれると思っていたトゥーイ君は目を剥いた。
「は?」
「トゥーイさん、ケイシーさん、しばらくリンデル様をこちらに滞在させてくださいな」
私はきりっと頷いた。
「えぇ、そのつもりでした」
「ケイシー!?」
「わたくしが、殿下にお説教いたします」
「え!?アデル様!?」
アデル様はにこりとリンデル様に微笑んだ。
「リンデル様はその間、こちらで羽を伸ばしてくださいな」
「アデル様…!」
リンデル様はきらきらと目を輝かせている。
「ではそうと決まれば、わたくしは今から王宮へ行ってまいります」
彼女はさっと立ち上がると去って行ってしまった。
宣言通り王太子に説教しに行くのだろう。いきなり行って王太子に会えないとも思わないところがアデル様のすごいところだ。
リンデル様はすっかり気が緩んだようだ。ふにゃんとしてお茶を飲んでいるので、今まで気が付かなかったが、やはり慣れない場所で気を張っていたのだろう。
(少しでもこの滞在を楽しんでもらおう、ずっと王宮で大変だったのだもの)
「リンデル様、短い間ですがよろしくお願いしますね。何かあったら言ってください」
そういう私に、リンデル様は頬を染めた。
「私もケイシーさんとお呼びしてよろしいですか?エレナもそのようにしても?」
「まぁ、もちろんです!」
「リンデル様!すみません、ケイシー様…」
「いいのです。親しくしてくだされば私も嬉しいですから」
「エレナ…!アデル様以外に私にも友人が…!」
「それもこれも、ケイシー様がお優しいからですよ。きちんと感謝いたしましょう」
「そうね、ありがとうございます。ご夫君にもご迷惑をおかけします」
リンデル様はトゥーイ君にも丁寧に頭を下げた。彼はふっと苦笑すると手を振った。
「いや、僕のことは気にしないで、しがない入り婿だから。どうぞ僕のこともトゥーイと呼んでください」
「まぁ!旦那様ったら!」
「いいなぁ仲良し…」
「「うっ」」
羨ましそうに呟くリンデル様に、思わず夫婦で言葉に詰まっていると、エレナさんが取り成してくれた。
「リンデル様、やめましょう。私達がここにいる間ずっと気を遣わせるのですから…」
「あっそうよね!私ったら…」
気を取り直して、私はリンデル様に声をかけた。
「えーと、リンデル様、何かしたいことがあれば言ってくださいね、できるだけご希望に沿うようにしますから」
「…でしたら!私、少し街を歩きたいのですが…!」
「街…?歩くのですか?」
「はい。嫁いでから、王宮から出たことが無くて、街歩きが懐かしいのです…」
「トゥーイ君、大丈夫でしょうか?」
「うーん。妃殿下だとばれないように変装するなら…?」
「そんなことは朝飯前です!よろしいのですか!?」
期待顔のリンデル様に、もう否やは言えない。
「では、私達と一緒に街歩きに行きましょうか」
「そうだね…」
そうして、私達はお忍びでお出かけすることにしたのだった。
でもあんな事件が起こるのなら、大人しくしていれば良かったと心底思う羽目になる。




