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結婚したけど逃げ出したい

王子を王太子という呼び方に変更しております。

よろしくお願いします!

私、ケイシー・ワトソンは、現在とても困っています。


「うっく、うぇっく、ふうぅっう~~っ」


何故なら、目の前で王太子妃様が号泣しているからです。


「ふぅぅ、ぅうっく、ひっく、ぅ~~っ」


さっきから全然泣き止んでくれません。


王太子妃であるリンデル・パライア様は、私の同級生だった。元はフォーン男爵家のご令嬢だ。

クラスも違うし全く接点は無かったから、きっと私のことは知らないだろう。私はとある事情で知っているのだけれど。

泣き続けるリンデル様の後ろに控える侍女が、困ったように眉を下げている。


「申し訳ありません。ワトソン様、もう少しお待ちいただけますか?」

「私は大丈夫ですが、席を外した方がいいでしょうか?」

「いえ、どうぞそのままで」


案外とあっさりした対応をする侍女に、私は大人しく頷いた。


(でも、日を改めたほうがいいんじゃないかな…?)


私はリンデル様を見て途方に暮れた。


どうしてこの状況になっているのかと言うと、本日私達夫婦はルーイ王太子殿下に呼ばれ王宮へ招待されているのだ。

私の旦那様であるトゥーイ・ワトソンは、元はゴールドスタイン商会の次男という立場の庶民だった。だけど、私のためにダグラス公爵家に養子に入り、ワトソン子爵家へ婿養子に来てくれたのだ。

そんな異色の旦那様だが、なんと王太子殿下と友人関係だという。

旦那様としては、王太子殿下を恩人として敬っているらしいのだが、王太子殿下は気軽にお声をかけてくださるそう。

そんな王太子殿下が、わざわざ私達へ結婚のお祝いを言いたいからと、こうしてここに来ているのだ。

だが、肝心の王太子殿下も私の旦那様であるトゥーイ君もこの場にはいない。

というか、両夫婦で対面して少し話したところで、リンデル様が泣き始めてしまったのだ。トゥーイ君が慌てて王太子殿下を連れ出してしまい、私とリンデル様だけが取り残された。


(えぇっと、これはお慰めしたほうがいいのかしら…?)


私はごくりと喉を鳴らした。

ほぼ面識がない人にどうやって慰めの言葉をかければいいのだろうか。


「ええと、王太子妃殿下…?」

「うくっ、あっ、リ、リンデルでいい、ですっ」


リンデル様はしゃくりあげながらも返答してくれた。


「ご、ごめんなさいっ、泣いてしまって…っ」


目を瞬かせる彼女を見て、少し落ち着いてくれたのかと思い口を開いた。


「いえ、でも日を改めたほうがよろしいのでは…?私も夫も気にしませんから」

「…ぅぅうっ」


再びぼろぼろとリンデル様の頬に涙が伝う。


(えぇっまた泣き出してしまった!なんで!?)


羨ましいくらいの美しいストロベリーブロンドに明るいグリーンの瞳。可愛らしいお顔が、今は涙でくしゃくしゃになっている。

持っているハンカチもすでにしっとりしてしまっているので、私は自分のハンカチをそっと差し出した。

リンデル様はぺこりと頭を下げてそれを受け取ると、ぽろぽろとこぼれる涙を沁み込ませた。

どうやらいくらでも涙は溢れてしまうらしい。すると、それを見ていた侍女が容赦なく言い放った。


「ワトソン様、ありがとうございます。リンデル様、いい加減になさいませ」

「だ、だって、エレナ…」


私とリンデル様は向かい合ってテーブルについているのだが、リンデル様のすぐ横でエレナと呼ばれた侍女は腰に手を当てて仁王立ちしている。


(なんだか変わった主従なのね??)


私はちょっと面食らってしまった。だが、エレナさんは遠慮なく言葉を紡ぐ。


「本日はワトソンご夫婦へのお祝いの挨拶だと言うのに、そのように泣いてしまっては王太子妃としての威厳が保てませんよ!」

「…もういい」

「は?」

「もう、王太子妃やめる!私、離婚する!!」

「リンデル!何言ってるの!?」

「もうフォーン男爵家に帰る―――――!!!」

「ちょっと!?」


リンデル様はエレナさんが止める間もなく立ち上がり、走り去ってしまった。

後には呆然とする私とエレナさんが残された。


(そういえば、リンデル様ってものすごく健脚だったような…いまだに健在ですね!)


エレナさんはざっと青ざめると、私に深々と礼をした。


「申し訳ありません。ワトソン様、少々お待ちくださいませ」

「はぁ、いえ、大丈夫です…」


私は曖昧に微笑むことしかできなかった。

彼女はリンデル様の後を追って部屋を出て行ってしまった。


(あれ…王宮で一人ぼっちになってしまった…)


しばし、ぼんやりと紅茶をいただいていると、エレナさんに引きずられてリンデル様が戻ってきた。


「ワトソン様、大変申し訳ありませんでした。王太子妃殿下、ただいま戻りました」

「エレナひどい!見逃してよ!私、実家に帰るんだから――!!」


リンデル様は、どう見ても荷造りしてましたという感じでずるずるとトランクを引きずっている。


(エレナさんが強い…!)


侍女としては主人との距離が近いような気もしないではないが、これが彼女たちの距離感なのだろうと納得した。

リンデル様は無理矢理椅子に座らされている。涙は乾いているものの、目のふちは真っ赤だった。王太子妃ともあろう方が、臣下の前で取り乱すなど普通はあり得ない。

つい疑問が口をついて出てしまった。


「ええと、失礼ですが何かあったのでしょうか…?」


その言葉に、リンデル様もエレナさんもぴたりと動きを止めた。そして、ぼそりとリンデル様は口を開いた。


「…ワトソンさん。結婚してお幸せですか…?」

「え…?そうですね、私は果報者です。夫は変わった経歴ですが、あの通り美しく、賢く優しいですし、私にはもったいないくらいの旦那様です」


言いながら、じわっと頬が熱くなってしまった。

そう、あれほどの美しい旦那様を得られた私は本当に幸せなのだ。彼はワトソン家の財政も立て直してくれたうえに、あらゆる商売に長けている。ゆくゆく領地経営もまかせて大丈夫そうだし、恥ずかしながら最近やっと気持ちが通じたので上手くいっていると思う。


「羨ましー!!」


リンデル様はそういうとまた泣き出してしまった。


「え?え?」


困惑する私と泣いているリンデル様を交互に見て、エレナさんは片手を目元に当ててがっくりと項垂れてしまった。


「はぁ…まったく、いい加減仲直りなさったらどうですか…」

「な、仲直り?」

「ここまでお見苦しいところをお見せしてしまったので、しょうがないですね。いいですか?リンデル様?」


こくこくとリンデル様が頷くのを見ると、エレナさんはため息交じりに話し始めた。


「実は、最近ルーイ殿下とリンデル様はよく痴話喧嘩をしておいでで…」

「痴話じゃないもん!!ガチ喧嘩だもん!」

「黙っててください。だから、リンデル様は最近情緒不安定だったのです。それが今日爆発してしまったみたいで…」

「仲良しの新婚さんが羨ましいんだもん!」

「貴方達も十分新婚ですからね!!」

「仲良くないもん!」

「見てるこっちは殿下方が言い合いしてらしても、はいはいいつものねーくらいのもんなんですよ!」


リンデル様とエレナさんがきゃんきゃん言い合いしている。この主従は本当に仲が良いようだ。だが、置いてけぼり感が半端ない。


「お二人とも、落ち着いてください…」

「はっすみませんでした」

「ごめんなさい、ワトソンさん…」

「ええと、つまり私達夫婦に何か粗相があったわけではないんですね?」


実はそれが心配だったので、ちょっと安心した。


「まぁ、すみません。ワトソンさんのご夫婦は何も粗相はありません。私が悪いのです。本当に殿下との言い合いが多くて…それでちょっと参っていたのです」


しょんぼりとしたリンデル様は、まだトランクを離さない。


「リンデル様、本当にお辛いのなら少し殿下と距離を置かれていいかもしれませんよ?」

「え…?」

「近くにいすぎて粗が見えることもあるでしょうし…王太子妃という立場も大変でしょうから、少し休養してみては?」

「まぁ、ワトソンさん…!」

「リンデル様、そんなことをしたら重臣たちにどう思われるか…」


エレナさんがきゅっと眉を寄せたのを見て、しまったと思った。そうだ、この方は身分が低いから肩身が狭いのだった。ゆくゆくは王妃となるこの人が、重臣たちに相応しくないと判断されてしまったらどうなるのだろう。私は慌てて頭を下げた。


「出過ぎたことを申しました。そうですよね、王太子妃のお立場がありますのに…」

「いえ、ワトソン様、頭をあげてください…」

「エレナ!いいこと考えたわ!!ワトソンさんのお家にお邪魔させてもらえばいいのよ!!」

「「は?」」

「ワトソン家は美術商を営んでおられるのでしょう?ワトソンご夫婦は殿下と私の同窓生でもあるのだし、美術品を見に行くという口実で…」

「ちょ、ちょっと待ってください!」

「お願いします、ワトソンさん。私が実家に帰ったら何を言われるか分からないし、少しだけ滞在させてもらえませんか…?」

「え、えぇ~…」


助けを求めるようにエレナさんを見ると、それならまだいいかもという顔をしている。


「私からもお願いします。リンデル様が少し落ち着くまでワトソン家に滞在させてください。一緒に行くのは私だけにしますから」

「え、でも、警護とか、うちはそんなに立派な家じゃな…」

「お忍びで行きますから、気づかいは無用です」


二人して頭を下げられてはもう断れない。


「わ、わかりました…では、我が家に来られるときは人目を引かないようにしてください」

「はい!というか、このままワトソンさんと帰ります!」

「へあ!?」


唐突な発言にさすがに目を瞠ってしまった。エレナさんはさらに追撃してくる。


「そうですね、私は荷物を持って後から行きますから、リンデル様はそのまま行ってください」

「え?あの、でも準備が」

「大丈夫です!これでも元は下町育ちですから、ソファか敷物でも貸していただければ」

「いや!うん、大丈夫です!部屋はあるんです!」

「まぁ、それなら問題ありませんね!」


嬉しそうに微笑むリンデル様を見て、冷や汗が流れる。


(あるよ!問題大有りだよ!こっそり警備も増やさなきゃいけないし、使用人に箝口令を敷かないといけないし、食事の準備とか、ああもう!)


だが、私ははっと気が付いた。


「…というか、王太子殿下は大丈夫なのでしょうか?許可をとらないと、王太子妃殿下誘拐とか疑われませんか…?」


想像して青褪めてしまった。ワトソン家が逆賊として判断されてしまうととても困る。


「ご心配には及びません。私が殿下にお話いたします」


エレナさんがこくりを頷いてくれたものだから、もう私は何も言えなかった。

リンデル様は、使用人のお仕着せに着替えるために去って行った。ワトソン家の侍女として馬車に乗りこむつもりなのだ。


(あ、トゥーイ君になんて言おう…)


彼は、王太子殿下を連れて出て行ってしまってから、いまだに戻ってこない。

不安が顔に出てしまっていたのだろうか、エレナさんが教えてくれた。


「ワトソン様のご夫君は王太子殿下とまだお話し中です。後で王宮から馬車を出してお送りしますので、心配いりませんよ。こうなった経緯もお話しておきます」

「は、はぁ」

「ワトソン様には申し訳ありませんが、どうかしばらく私達の滞在をお許しください。リンデル様は気が立っているだけだと思うので、数日で戻ると思いますから」

「はい…」


(数日もいるのか…大丈夫かな…)


幸いと言えるのかどうか、ワトソン家のタウンハウスには私達夫婦しかいない。両親は領地へ戻っているのだ。いきなり王太子妃が来たら二人とも卒倒するだろう。

だが、そのおかげで使用人も少ないため、彼らには苦労してもらわなければならないようだ。

執事が残っているのがまだ救いか。


(どうなることやら…)


私はこっそりとため息をついた。



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