妖精が旦那様 後編
帰りの馬車の中で、トゥーイ君はなんだか機嫌が悪そうだった。私とアデル様ばかり話していたのでつまらなかったのだろうか。でも彼は商談絡みになると、きっちり線引きする派なのだが。
少し悩んでいると、ぽつりと彼が呟いた。
「…ケイシーって、僕のことどう思ってる…?」
「私の旦那様です」
「うん。そうじゃなくて、ケイシーの気持ち的に…」
「ありがたく思っていますよ?私に同情してくださって、ワトソン家に婿入りまで…」
「うわーわかったよ!そこからか!!」
「ど、どういうことでしょう」
「うん。僕が悪かった。これからは、もっときちんと表現していくよ!」
「え?え?」
私が戸惑っていると、彼はぐいと並んで座っていた私の体を引き寄せた。
突然の密着にドキドキしてしまう。実は、結婚したと言ってもそういうことはまだなのだ。
「…君が自分にあんまり自信がないんだってこと、忘れてたよ」
「え、あの…」
「それでも、僕が気持ちを向けるのは君だけだからね」
「へぁ!?」
「ひょっとして、本当に僕が同情だけで君と一緒になったと思ってたの?」
「え、だ、だって、トゥーイ君なら引く手あまただったでしょう?…それに、一応ワトソン家も商売をやっているので販路を広げるためかなーと」
「どうして同情や打算だけで、わざわざ貴族に養子に入ってまでワトソン家に婿入りしたと思うのさ。それに、この結婚のためにそれ以上に色々手を回してるんだよ、僕は…」
「そ、そうなのですか…?それは申し訳…」
「違う違う!謝って欲しいんじゃなくて、ちゃんと僕の気持ちを知っていて欲しいだけ」
彼の顔を見上げると、ブルーグレーの瞳が揺れている。
「僕は、学園で君と色々問題を解決するうちに、君に惹かれたんだよ」
「そんなこと…私なんてトゥーイ君に比べたらただの平凡な…」
「そこから認識がずれてるけどね。とにかく、僕は本当に君が好きなんだよ。君が社交界デビューの後にすぐ結婚するって知って、すごくショックだったんだからね」
「ほ、本当ですか…?」
「本当」
真摯に覗き込む瞳に嘘はない。
(この美しい人が本当に私を…?)
知らないうちに、じわじわと頬が熱くなってきた。
見つめられるのが恥ずかしくて俯くと、それを許さないとばかりに頬に手をかけられて上を向かされてしまった。
「ちょ、ちょっとトゥーイ君…」
「やっと伝わったかな?」
「あ、あの」
「でも、そういえば、君がどう思っているか聞いたことなかったね」
「ひぇ!?」
「僕だけ片思いなのかな?」
「ちょ、いや、あの」
ふっと妖艶に微笑まれて言葉が上手く出てこない。
(本当?本当にトゥーイ君は私のことが好きなの?)
これまで、結婚してから本当に謎だった。どうしてこんな私と結婚してくれたのか。
私なんて、なんの面白みもない地味眼鏡なのに。家だってさほど裕福でもない。
学園でだって、彼はまさにアイドル状態だった。きっと私のことなんて、恩人のための見張りくらいにしか思っていないのだと思っていた。
これまで、彼のことを好きになることすらおこがましいと思って、あえてそんな気持ちを抱かないようにしていたのだ。そうすれば、分不相応にドキドキすることも、彼の周りにいる女性に嫉妬することもない。
でもそんな彼は私のことが好きだという。
じわりと視界が涙で滲んだ。
「ケイシー…?」
「うっ…うぇっ」
「え!?ここで泣くの!?実は僕のこと嫌だった!?」
「ち、違います!わ、私も…私も、あなたが好きです…」
ぼろぼろとこぼれる涙が止まらない。滲んだ視界に、眉を下げている彼が映る。
「よ、良かった…泣くほど嫌なのかと…」
「うっく。いいんですか?ほ、本当に私でいいんですか?」
「…しょうがない人だね。これだけ言ってるのに…」
「で、でも…」
「はぁ。アデル様に僕の表現の仕方が甘いって言われたしね…」
「いえ、私が…ぁ」
突然顔を近づけられて、ふわりと口づけられてしまった。
「トゥーイ君…!?」
「うん。僕たちは夫婦だしね。もう遠慮しないよ」
「遠慮…していたのですか…?」
「そりゃあ、同じベッドに寝るのを固辞されたら、さすがにちょっとそういう行為も控えたほうがいいのかと思って、考えあぐねてたんだよね」
「私なんかと寝るのはどうかと思って…」
「うん。そういう人だって忘れてた僕が悪かったね。でも今日から一緒に寝ようね」
「え」
「もう遠慮しないからね」
「え」
「はい。もう一回。予行練習ね」
「…!」
ぐっと後頭部を手で引き寄せられて、再び口づけられてしまう。
「ん…ふ…!」
どれだけそうしていたのだろう。私が酸欠でくらくらになるまでそれは続けられた。
「ふはっ…い、息が…」
「うん。鼻で息をしてね」
「…はい」
「さっ練習練習」
「んん~!?」
彼は馬車がワトソン家に着くまで濃厚なキスを続けたのだった。
馬車を降りて、ゆでだこのような私をエスコートする頃には、彼は上機嫌そうに微笑んでいた。嫣然としたその佇まいに、無駄にどきどきしてしまう。本当に、この人は私の旦那様なのだ。
後日、アデル様からは手紙が届いた。ルーイ王子殿下には大変喜んでもらえたと感謝の言葉が綴られていた。
「殿下ってまだそういう感じなんだね…」
私の旦那様は、手紙を見ながらこう呟き、もう一つの手紙を沈んだ瞳で見つめた。
封筒には王家の紋章が記されている。
諦めたようにその封筒から手紙を取り出して読むと、深いため息をついた。
「ええと、どういう内容でしたか?」
「…殿下直々にお呼び出しだよ…」
「それは…大変ですね」
「夫婦で来いってさ」
「えぇ!?」
「僕は、殿下に目をかけていただいたからね…直接結婚のお祝いを言いたいんだって」
「ということは、私も一緒に王宮に…!?」
「そういうこと」
「…………」
なんだか、結婚してからの方がトゥーイ君の『恩人』達との交流がある気がする。
殿下に至っては、学園では一言だって話したことは無かったのに。
トゥーイ君が、ちらりと流し目を送ってくる。
無意識にそういうことをするから、マダム達に誘われるのだ。
どうやら、私はこれからも彼と彼の周りの恩人達から目を離せないようだ。
私はため息をついた。
でもそれは、諦めじゃなくてどこか幸せが滲むのだ。
(大丈夫。彼とならきっとうまくやっていけるはずだわ……)
だって、きちんと私達は想い合っているのだから。
私が旦那様の額にキスを落とすと、彼はうっとりと微笑んでくれた。
彼は、もう私だけの妖精だ。
ブックマーク、評価してくださった方、誤字報告してくださった方、ありがとうございます!
王子たちのお話も書けるといいなと思っていますので、また読んでくださいね!