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商会の次男は暗躍する 13

ホールの明かりがぼんやりと中庭を照らしていて、ベンチにもその光は届いていた。

薄暗闇の中、僕たちはベンチに座って休憩をしていたのだが。

僕は突然ケイシーが『妖精に会えなくなる』と言ったので、驚いてしまった。


(ケイシーってそんなファンシーな頭だったっけ?)


妖精を信じるような人だっただろうかと訝しんだが、そういえばと気が付いた。ケイシーの観察日記には人物の名前が書かれておらず、愛称がつけられていた。

頻繁に出てきたのは『女神』『騎士』『王子』そして『妖精』だ。


(そういえば気になってたんだよね…妖精って誰のことだろう)


ケイシーは見るからにしょんぼりしている。アデル様以外に会えなくなるということで、こんなに残念そうなのに意表を突かれた。


(ちょーっとムカつくかもー、散々一緒に苦労をしてきたのは僕なのに)


じわりと湧き上がるのは嫉妬だろう。ロッソにもからかわれていたが、どうやら僕はケイシーが好きなのだ。身分が違うためにかなわないとは思っているけど。


「…その妖精を気に入っていたわけ?」

「え?はい、それはもう」


ぐっと拳を握りしめるケイシーは、きらきらと瞳を輝かせている。


「ええ、私の中ではハワード様との双璧を担う美しさです…!」


(いたっけ、そんな人…アデル様に並ぶって…)


僕が考え込んでいると、ケイシーは何かのスイッチが入ったようだ。


「滑らかなアッシュブロンドの髪に長い睫毛!それが垂れ目のブルーグレーの瞳を彩っているのです!すらりとした体躯は中性的!溢れる色気はまさに妖精の女王もかくやといわんばかりです…何より左目の下の泣き黒子がまた色を添えますね…!もちろん中身も素敵ですよ!賢いですし優しいのです!」


(ん?んんんん?ちょっと待って、その容姿って…)


「ケイシー?それって…」

「ハワード様とゴールドスタイン君のツーショットは永遠に心に刻まれています…!」

「妖精って僕のことなの?」

「え?」


ケイシーはきょとんとした顔で僕を見つめていた。見えていないと思っていても頬が熱くなる。


「え?って…」

「そ、そこにいるのは、ゴールドスタイン君ですか!?」


さっきから隣にいるのは、僕以外の何者でもないのだけれど。僕ははっとしてケイシーのグラスを見た。

空だ。

ケイシーはグラスをぺっとベンチの隅に置くと、くるりと僕に向き直った。

暗がりでよく見えなかったが顔が赤い。酔っているのだろう。


「ケイシー、もしかしてお酒弱かったの…?」

「ん?何故でしょう。ゴールドスタイン君の顔がよく見えません」

「眼鏡をしてないからだよ…」

「なるほど!でも大丈夫です!近づけば見えるんです!」

「え」


彼女は両手を僕の頬にそえると触れんばかりに顔を寄せた。


「この美しい顔が見れなくなると思うと、残念ですねぇ」

「ちょ」


(近いんだけど…いやいいんだけど、良くない!)


襲われ慣れているつもりだけど、これはまたちょっと違う。


「これで見納めかと思うと…」

「いや、別に見納めってわけじゃ…」


ひとまず、僕にも夜会に誘ってくれる貴族はいる。そこでケイシーと会うこともあるだろう。

そう思って言ったのだが、ケイシーは眉を下げた。


「いいえ。見納めです。私は従兄弟と結婚するんです」

「はぁ!?どういうこと!?」


思わずケイシーの肩をつかんで引き離してしまった。ケイシーはなんだかふにゃっとした様子で首を傾げている。


「あれ?これは内緒だったような…」

「聞いてないよ!」

「…だって、恥ずかしいではないですか。ワトソン家の資金繰りのために羽振りのいい叔母様の息子と結婚するとか…。はっきり言えば、叔母様にワトソン家の家督を狙われているのですよ。でもしょうがないのです。父があのような感じですから…まぁ見知らぬ相手では無かったのが幸いですね」


彼女は、もういいや的な感じでつらつらと話しているが、僕はそれどころではない。

妖精が僕だったとかも吹っ飛んでしまった。


「ケイシー!君はそれでいいの!?」

「どうしようもないですからね…美術商のほうで何か当ててくれるといいのですが、そう簡単にはいきませんし」

「いつ結婚するの!?」

「婚約自体もまだです。一応、私が正式に社交界デビューしてから話が動く予定です」

「デビューって三ヶ月後じゃん…」


ケイシーは再び僕に顔を寄せた。


「ですから、もうお会いすることはないんです」


間近でふうとため息をつかれて、思わず僕は彼女を抱き締めてしまった。


「ゴールドスタイン君…?」

「トゥーイと呼んでと言ったでしょう?」

「え、でも…」

「呼んでくれる?」

「…トゥーイ君…?」

「うん。ケイシー、僕がワトソン家を立ち直らせるよ」

「え?」

「僕は君を離さない」


彼女は驚いたように身じろぎしたが、僕は離さなかった。というか、自分で言った言葉に驚いた。それは知らないうちに積もっていった気持ちが溢れてしまったかのようだ。

ケイシーは、言っちゃ悪いがそういう貴族の結婚とは無縁なイメージだったのだ。だが、これほどまでに貴族らしい結婚を決められているとは思わなかった。


(そんなのは許せない。彼女の価値を何もわかっていない男になんて渡すものか)


自分でも意外と情熱的だったんだなぁとしばらくそのまま彼女を抱き締めていたが、彼女からは何の返答もない。


(困らせたかな?)


そっとケイシーを覗き込むと、彼女はなんと眠っていた。


(えぇぇぇぇ!!僕の告白!!!)


「ケイシー!?」


ゆさゆさと体を揺さぶると、彼女はしぱしぱと目を瞬いた。


「うぅ?眠っていましたか…?」

「寝てたよ!どこまで聞いてた!?」

「え?何か話していたのでしょうか…私、ここに来たくらいからの記憶が…」

「えー!?」


思わず手を目元に当てて天を仰いでしまった。ここでの会話の何もかも忘れられているとか、かなりへこむ。


「何か重要なお話が…?」


ぱちくりとする彼女が可愛いやら憎らしいやら。


「うん。ケイシー、僕を君のお父上に紹介してくれない?」

「え?何故ですか?」

「うん。美術部門で仕事を任されるかもしれなくてね。お父上からご教授いただきたいんだよ」

「は、はぁ。うちの父でよければ…」

「よし。じゃあ任務完了したことだし、帰ろうか」

「はい」


ケイシーは何が何やらという顔をしていたが頷いてくれた。

僕たちは追いすがるウッドを無視して帰路に着いた。


翌日から、僕は商会の資料を読み漁ることになる。


「坊ちゃん、いきなりどうしたんです?」

「ロッソ、商会の美術関係の資料を集めてくれない?」

「えぇ?いいですけど…」

「何をなさる気で?」

「僕、ちょっと婿に行こうと思って」

「は?」


ロッソが愕然とした表情をしているけど、そんなことは無視だ。無視。


僕はある程度の資料をまとめ上げると、ケイシーに連絡を取った。お父上にご教授願うためだ。ケイシーからはすぐに返事が来た。翌日の昼にはアポがとれたらしい。

できるだけかっちりとした服を着て色気が出ないようにしたつもりだが、ロッソからは首を振られてしまった。もうこれはしょうがないことなので諦めた。

ワトソン家ではなく、商売を行う店の方に来るよう指示があり時間通りに訪問すると、ケイシーはおらずお父上のみが待ち構えていた。


(さて、ここからが勝負!)


僕は、お父上の集めた絵画を見せてもらい、ウンチクを聞き流していた。


(ふーん。悪くない物が多いな…若手の物ばかりだが、これから彼らの名を上げればいいことだ…)


随分前衛的なものもある。おもしろい。これなら本当にいいかもしれない。

僕はにっこりとお父上に向き直り、一つの提案をした。


「この絵を描いた方たちを紹介してくれませんか?」

「む?どうしてだね?一応、私がパトロンをしている者もいるから、紹介くらいすぐできるが…」

「えぇ、うちの商会で今ちょっとやりたいことがありまして…」

「ほぅ?」


ワトソン家当主はすっと目を眇めた。その後、好々爺とした表情になると僕を店内のVIPルームへ招き、商談の体勢を整えたのであった。



〇〇〇



僕は、どさりと自室のソファに座り込んだ。


(休んでいる暇はない。まだやることは沢山ある…)


ケイシーの社交界デビューまであと三ヶ月。そこで全ての結果を出さなくてはならない。

親父殿にこの案を出すためには、根回しをしておかなければならない。

おかげでロッソもあちこちを回ってもらっている。通常業務の合間に行ってくれるのだから、ありがたいと思わなければ。


(うん。そして、エリックにも手伝ってもらう必要がある…)


ありとあらゆる伝手を使わないと、これは実現しないのだ。

僕は眉間をもむと、手紙を書くことにした。



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