商会の次男は暗躍する 12
案の定、ルーイ王子殿下とアデル様は卒業パーティーで婚約破棄を宣言した。
リンデル嬢は王子に愛していると言われていたが、ダッシュで逃げ出した。
それはそうだろう。
なにせきっと彼女には心当たりはこれっぽっちもないのだから。
そして王子は素早く彼女を追った。
最短コースなら必ず先に馬車につけるだろう。リンデル嬢にはご愁傷様だ。
僕は、アデル様とエリックを注視していた。彼女はふらついて彼に抱き留められている。
その頬が薔薇色なのは、多分嬉しいからだろう。
ケイシーを探すと、彼女も僕を見ていた。そして、こくりと頷いている。
周りは突然の婚約破棄に驚いていたが、徐々に事態を把握してきたようだ。
見守る会のメンバー達も、アデル様がフリーになったことを理解した。
そのころにはエリックが会場からアデル様を退出させていたので、僕はその後を追った。
そして、彼に馬車の準備ができるまで指定の控室を使うことと記したメモを渡した。
すぐ、目の色を変えた令息たちがアデル様を探し回るに決まっている。
ケイシーには見守る会のメンバーに、撹乱するための情報を流してもらっている。
「ハワード様は体調不良のようですね。救護室に向かわれたのでしょうか」
もう頭が回らなくなっている令息たちは、まずそちらへ走り去った。
だが、すぐにいないことはバレてしまう。速やかにアデル様とエリックを脱出させなければ、収拾がつかなくなってしまうだろう。時間との勝負だ。
幸い、馬車は予め裏手に用意してあったので、すぐに彼らを乗せることができた。
エリックに見守る会のことを忠告して、僕もパーティーから退出することにした。
ケイシーも、ひとしきり見守る会のメンバーにアデル様の適当な行方を伝えると、退出する予定だ。
余計な騒動に巻き込まれないためだ。
〇〇〇
そうして、波乱の一夜が明け、僕の家にダグラス家からの使者が来た。
使者が持ってきたのは手紙だ。そこには、アデル様と婚約したという報告と僕への感謝が綴られていた。
(やるじゃんエリック!仕事の早い男!)
だけど、二枚目には『今回の婚約破棄は殿下の余興という噂を流して欲しい。元々、殿下とアデル様は婚約解消していて、それぞれ新しい婚約をしていたということにする』と書かれていた。王家とハワード家の心証を少しでも良くするためだろう。律義な男だ。
(しかたがない。最後まで付き合うとしますか。ケイシーにも、もう少し頑張ってもらおう)
ケイシーは腐ってもご令嬢。しかも見守る会との伝手もある。
昨日から社交界ではこの婚約破棄の噂で持ちきりだろう。そこにこの噂を流してやれば、あっという間に広がるに違いない。
僕は、ケイシーに手紙を書いて急いで届けてもらった。
『コスメ・ゴールドスタインへ集合』という内容だ。
身支度をした僕に話しかけてきたのはロッソだった。
「おや、坊ちゃんお出かけですか」
「あぁ、コスメ・ゴールドスタインへ」
「おやおや、またケイシー嬢ですか、ご執心ですね」
「…仕事が残ってるんだ」
「はは、わかってますよ。坊ちゃんのおかげでゴールドスタイン商会は大損を免れましたからね。旦那様も半信半疑でしたが、これで坊ちゃんに任せる仕事を決めたみたいですよ」
「はぁ、なんだかややこしそうな気がする…」
「お兄様も頑張っているので、坊ちゃんも商会を盛り上げてくださいよ!」
ひらひらと手を振って、ロッソは仕事に戻って行った。
ゴールドスタイン商会とその下請けの工場は、王子とアデル様の記念品作りをストップさせていた。
表向きは細かいデザイン変更と通達したが、当然これは王子の相手の名前が変わるからだ。
リンデル嬢との婚約が確定次第、これを再稼働することになる。
親父殿が僕の意見を聞き入れたことが良い判断だったのだ。
よく学生の息子の意見を聞いたものだが、そういう勘は外さない人なので、これも商会を切り盛りしてきた親父殿の力量なのだろう。
コスメ・ゴールドスタインでは、ケイシーが待っていた。
手紙を受け取ってすぐに発ってくれたに違いない。アデル様がどうなったか気にしていて、居てもたってもいられなかったのだろう。
アデル様とエリックが無事に婚約したことを伝えると、彼女は涙ぐんでいた。
「本当に良かったです…!」
「うん。それで、僕たちもうひと頑張りしなくちゃいけなくてね」
「え?」
「ケイシー、君と僕で一芝居打ってこよう」
「え?」
僕が合図をするとカチャリとドアが開いた。彼女は、そこにずらりとならんだスタッフを見て顔を引きつらせた。
〇〇〇
卒業パーティーの翌日から、生徒たちは引っ切り無しにお茶会や夜会を開催している。
当然、話題はあの婚約破棄についてだ。
ケイシーにも手伝ってもらって、とある夜会に見守る会を集めるようにした。
夜会を開催するのはウッドだ。こういう時に役に立ってもらわねば。
招待した人間は全てが参加した。皆少しでも情報を知りたいに違いない。
ウッド侯爵家のタウンハウスも中々に大きい。
僕は招待客として、そこにきていた。もちろん、隣に着飾ったご令嬢を連れて。
そう、僕は今度エスコートをしているのだ。きちんと男性として!
そのご令嬢は、往生際悪く駄々をこねている。
「私も行かなくちゃダメなんですかぁ…?」
髪を整え、化粧をして、ドレスに身を包んだ彼女は、学園で見る印象とガラリと変わっている。
この日のために、僕はケイシーをコスメ・ゴールドスタインで磨き上げた。
眼鏡は取っ払ってある。見えないと言うが、逆に緊張しないからいいのではないかと思う。
涙目のケイシーに僕は苦笑した。
「僕に相手なしで参加しろって言うの?」
今回は夜会なので、相手がいたほうがいいのだ。
「他のご令嬢で良かったのでは…?」
「君じゃないと、僕と上手く辻褄を合わせられないでしょう?」
「ううう…ゴールドスタイン君の隣に並ぶのなんて苦行です…!」
「ひどいなー、僕って結構優しいと思うんだけど…」
「いえ!私の器量の問題です!」
「どうして?ケイシーは可愛いよ?」
「かっ…な…」
ケイシーの顔を赤くさせることに成功し、僕はほくそ笑んだ。ついでにちょっとした願望も添えておく。
「ケイシー、僕のことはトゥーイって呼んでね」
「へぁ!?」
「さぁ行こう。アデル様のために、最後の仕事だよ」
「ひゃい!」
アデル様のためと言われて、彼女はぱっと顔を上げた。
本当に見えにくいとのことなので、僕がしっかりとエスコートする。
ご令嬢らしく上品に歩いているが、頭の中はきっとパニックだろう。
僕は、ウッドの熱烈な歓迎をさらっとあしらって、会場へ進む。
会場は大きなホールだった。飲み物や簡単な軽食も用意してある。
見守る会や他の卒業生もいる。皆、何か新しい情報は無いかとそわそわしていた。
さりげなく一つのグループに近寄り挨拶する。
ケイシーは相手の顔が判別できないので、曖昧に挨拶するにとどまっている。
周囲の人間は、僕が連れている令嬢が誰か分からないようだ。
(さて、では噂をばらまいていきますか)
僕は、興味津々の紳士淑女たちに餌を巻き始めた。
それから一時間もすると、すっかり会場はその話題一色になった。
もはや、誰が誰に話しているのか分からない状態だ。見守る会のメンバーは、呆然自失となっている。アデル様の相手が騎士役として信頼していたエリックだったのでショックなのだろう。
僕とケイシーはそっと抜け出して庭園へ出た。ホールから直接出れるようになっていたのだ。おあつらえ向きにベンチもある。
「つ、疲れました…」
「お疲れ様、はいこれ」
僕はベンチにケイシーを座らせると、途中で取ってきたシャンパンを渡した。
「あ、ありがとうございます…」
「うん。これで明日には噂は広がるだろう。親世代にもね」
「上手くいくといいですね」
「貴族たちはこういうところの話題を重要視するから、大丈夫でしょ」
「確かに…」
ケイシーはグラスに口をつけながら、ぼんやりと中空を見ていた。そういえば、見えないからほとんど誰と話しているかもわからなかったに違いない。今度は中庭にある花を見ようと目を眇めているが、諦めたようだ。
「ケイシー、本当に目が悪いんだね」
「はい、眼鏡をしていればよく見えるんですけどね」
「あれ?嫌味?」
「違いますぅ」
ケイシーはちょっと口をとがらせている。彼女はまた一口シャンパンを飲んだ。
(初めて見る顔だなぁ…)
「これで、僕らの仕事は終わったんだから、喜ばないと」
「えぇ、アデル様の役に立てたなら嬉しいですけど」
まだむすっとしているので、僕はケイシーの顔を覗き込んだ。
「けど?何?」
「…これから妖精に会えなくなると思うと…寂しいです」
「は…?」
突然の妖精発言に僕は固まってしまった。