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商会の次男は暗躍する 11

昼になると、ケイシーはいつものカフェにいた。


いつも通り隅に座り、今日はぼんやりとノートを眺めている。アデル様はまだ来ていないのだ。僕はしつこいウッドをようやく撒くと、彼女と同じ席に座った。


「ワトソンさん。ちょっといい?」

「はい、私も話がありまして」


彼女は困ったように微笑むと眼鏡の位置を直した。


「ゴールドスタイン君からどうぞ」

「うん。じゃあ僕から話すよ。おそらく、殿下とアデル様は卒業パーティーで婚約破棄を宣言するつもりだと思う」

「えぇ…?」

「それには少し、情報が足りないんだ。ワトソンさん、何かアデル様のことで知っていることがあるなら話してくれないか」


ケイシーは、ほうとため息をつくと、小さな声で話し始めた。


「これは、ハワード様の名誉に関わるので、お話しするつもりは無かったのですが…」

「うん」

「ハワード様には他に想う方がいらっしゃるのです」

「え!?」

「お相手はおそらくダグラス様だと思います…」

「は!?」


(まさかのアデル様とエリックは両思い!!)


「これは、私の私見ですけどね。ハワード様が何か言ったのを見たり聞いた訳ではありません。ただ…いつもハワード様を見ていたので、これは…と」

「そ、そうなんだ…エリックのことはどう思う?」

「あ、はい。ハワード様の気持ちを察してからダグラス様を改めて観察したら、あちらも、その…」

「あーうん。わかっちゃうよね」

「ゴールドスタイン君はダグラス様のお気持ちをご存知でしたか?」

「うん。まあね…なんだ、あの二人はお互い気づいてないけど両思いってことね…」


思わず遠い目をしてしまう。なんて不毛なんだろう。彼らの障害はアデル様が王子の婚約者というだけではないか。そこが一番の問題なのだが。


「そ、そのようです。どうしましょう?」


遠い目になった僕に彼女が心配そうに覗き込んでくる。


「あ、ごめん」

「婚約破棄はハワード様がお望みなのでしょうか?」

「…というか、殿下とアデル様の利害が合致したってことかな…」

「え?」

「殿下の周りにいる男爵令嬢のことは知ってるね?」

「はい。リンデル嬢ですね。最近はあまり殿下と一緒のところを見ないですね…一度ハワード様が何かお話したようですから、自重されたのでしょうか」

「あ、それ、君は現場を見れなかったの?」

「場所が温室でして、さすがに中には入れませんでした。外側からぼんやりとお姿が見えるくらいで…でも何か激しいやりとりはなかったようです」


しょぼんとするケイシーだが、一応盗み聞きしようと頑張ったらしい。


「そ、そうなんだ…」

「残念でした…」


僕は少し迷ったが、ケイシーに言ってみることにした。


「えと、…殿下は恐らくリンデル嬢が好きなんだよね」

「え!?」


眼鏡の奥で真ん丸に目を見開いている。だが、次第にこくこくと頷き始めた。


「あ、あぁ、だから殿下はリンデル嬢の近くにいたのですね!?」

「うん。リンデル嬢が近づいてるんじゃなくて、殿下が彼女を追ってたんだよね…」

「おかしいと思ってたんです。リンデル嬢って、殿下の近くにいる割には表情が優れないなぁと思っていたので」

「うん。殿下ってしつこいからね」

「はぁ、なんとなく観察していて察してはいましたが…」


さすがケイシー、王子フィルターで目の曇ったご令嬢とは違う。

僕が満足げに頷くと、彼女は言った。


「では、殿下はリンデル嬢と婚約したいのですね?婚約破棄も殿下とアデル様の共謀ということになりますね?」

「…理解しがたいけど、そのようだね」

「なぜそんな方法を…」

「卒業したら、もう後がないからね、二人ともそこで次の婚約発表でもするのかな…」

「そうだとしたら、悪手すぎます。もっといい方法があったはずです」

「うーん。それはあのお二人に聞かないと分からないな…」


再び頭をひねっているところで、いきなり邪魔が入った。


「こんなところにいたのかトゥーイ!探したぞ!」


きらきらした笑顔で僕の名を呼んだのは、ウッドだ。

こいつはホントにどうしようもない。

親衛隊には、僕がケイシーと話す時は商会に関することだと言ってあるので邪魔してこないのに、こいつは来てしまう。他の輩を牽制するには丁度いい盾になるのだが、こういうところは空気が読めなくて辟易とする。


「なんでこんなところにいるんだ?誰だ、この女は」


ウッドに無遠慮な目つきで見降ろされ、ケイシーは縮こまってしまった。


「す、すみませ」

「まぁいい。トゥーイ、あっちへ行こう」


そっと僕の肩に手をかけてくるのがまた鬱陶しい。


「ウッド。失礼だろう」

「こいつは、お前が目をかけるような女じゃないだろう」


そう言われて、彼女はふっと眉毛を下げた。


「私、失礼しま」


バシッ


(この馬鹿男が!!)


思わず肩にかけられた手を叩いて払ってしまった。

本当なら貴族相手に随分な不敬になるのだが、ウッドは恍惚とした表情をした。

こいつほんとやばい。


「トゥーイ…!」

「ウッド。ケイシーはお前が思うより素晴らしい人だよ。どっか行っててくれない?」


ウッドは僕にはたかれた手をさすり、ご褒美あざすという目をして去って行った。

目の前のケイシーは何やらもじもじとしていた。


「ごめんねワトソンさん。あのアホにはまた言っておくから…」

「え、いえ、はい。大丈夫です」

「ほんとに大丈夫?」


やけに頬を染めているので、どうしたのだろうと見つめていると、彼女は照れくさそうに微笑んだ。


(か、可愛いじゃないか)


「あ、えと、ゴールドスタイン君に褒めていただいたので、嬉しくて」

「…」


(そういえば、名前も呼んじゃったかも。でもそこじゃない訳?)


なんとなく悔しくなったので、流し目付きで言ってみることにした。


「僕は本当にそう思ってるからね、ケイシー」

「あ…っありがとうございます…」


ケイシーのぶわっと赤く染まった顔には大変満足したので、ウッドをもう一度叩いてやろうと決心した。



〇〇〇



邪魔が入ってしまったが、どうやら殿下とアデル様は二人で共謀して婚約破棄をするつもりらしい。

もっとうまいやり方はあったはずなのだが、もうこうするしかないと思ってしまったのだろう。多分、王子側の問題が大きい気がする。

だが果たして上手くいくのだろうか。対外的にアデル様は捨てられたご令嬢となってしまう。エリックが外聞を気にすれば、アデル様と婚約することは、きっとない。


(でも、エリックはそんなことくらいでアデル様を離したりしない)


でなければ、あんなネックレスは作らない。

ケイシーの親戚に頼んだネックレスは、出来上がり次第僕も確認した。あまり杜撰な作品なら紹介した僕の信用問題に関わると思ったからだ。作品自体はいい出来だった。

でもそれは、明らかにエリックの色彩を模した作品で、僕は友人の悪足掻きをなんとも言えない気持ちで見てみぬふりをしたのだった。


「ハワード様は、無事にダグラス様と婚約できるでしょうか」


ケイシーもその辺は心配していた。だが、僕はその後の言葉に固まってしまった。


「まぁ、でもハワード様は引く手あまたですから、もしダグラス様と婚約できなくても相手には困らないと思います。婚約破棄したあとすぐに婚約の申し込みが殺到するでしょうね。」

「え?婚約破棄したばっかりなのに?」

「え?だって、ハワード様が殿下の婚約者だったから、皆さん大人しくしていたのですよ?」

「皆さん?」

「見守る会の皆さんです。一応、家柄的に釣り合う方もいますし、ダメ元で申し込む方も多いでしょうね…」

「そんなに皆思い詰めてるの…?」

「高嶺の花に手が届きそうになれば、なりふり構わない方もいるのではないでしょうか」

「まじか…」


(これはエリックに頑張ってもらわなければ…)


僕たちは、陰ながらエリックのサポートをする決意をした。


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