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商会の次男は暗躍する 10

ウッドは、あの事件以降、僕に対してものすごくへりくだるようになった。

そして、事あるごとにお仕置きしてくれとばかりに跪いてくるので本当に気持ち悪かった。

僕が女性であるという勘違いは早々に修正したのだが、性癖的なところはもう変えられないようだ。

彼は僕に心酔してしまったらしい。

だからもういっそのことと、『親衛隊』の隊長にしてみたところ、かなり有能だったので結局そのまま続けてもらうことにした。

労うより冷たくあしらった方が恍惚としているので、もうそういう病気になったということで納得した。二人きりにさえならなければ、危険は低いのだ。


卒業までもう少しといった時期に、エリックから宝石商でどこか良いところはないかと聞かれた。

どんな用途で何を作るのかと聞いたら、エリックはアデル様に卒業祝いと結婚祝いをかねてネックレスを作りたいのだと言ってきた。

エリックも可哀想な男だ。最愛の女性は王子の婚約者。もうそれは純然たる決定事項なのだから。僕はケイシーの親戚を紹介した。宝石狂いがいると聞いていたのだ。

ケイシーは嬉々として仲介してくれた。


ケイシーは、相変わらずアデル様やその周りの観察日記をつけるのに忙しそうだ。

もうすでに最高学年になった。卒業後はどうするつもりなのだろう。

僕は、時々カフェの隅の席で彼女とお茶を飲むようになった。彼女は僕を見て頬を染めるものの、色香に惑わされる様子は全くない。それが安心できるのに、どこかもどかしいと思うのだから、僕の気持ちはよくわからない。


「ケイシー、卒業後はどうするの?」

「…私ですか?」


彼女はテラスに座るアデル様を見ていたが、僕にそう聞かれて夢から覚めたような表情をした。


「私は、実家の手伝いでしょうか…」

「あぁ、なるほどね」

「ゴールドスタイン君はどうなさるのですか?」

「僕も商会の手伝いかな。いくつか事業を任されるかもしれない」

「すごいですね…!」

「卒業したら、ワトソンさんは正式に社交界デビューじゃないの?」

「はい、それが憂鬱で…」

「どうして?」

「あー私はこの通り地味ですし、なんの特技もないですしね」

「そう…かな?」


学園の中だけとはいえ、あれだけ情報を引っ張ってこれるのは相当の技術だと思うのだけど、確かに令嬢の嗜みとしてはいかがなものか。


「でも、社交界に出るとまた美しい方と出会えるかもしれませんから、それは楽しみですね」


そう言いながら彼女は寂しそうな顔をした。当たり前だが、アデル様以上の美女となるとなかなか出会えないだろう。それに、卒業してしまえば今までのように毎日アデル様を見ることは無いのだ。

僕もこうしてケイシーと話すことは無くなるだろう。何しろ彼女も子爵家のご令嬢だ。

そう思うと胸がきりりと痛む。


「夜会には、あらゆる年代の方が来るんだから、好みの方がいるといいね」


僕がそう言うと彼女は、自嘲気味にぽつりと漏らした。


「社交界デビューしても、あまり夜会には行けないかもしれないんですけどね」

「どうして?」

「…お恥ずかしながら、あまりうちの家は資金繰りが良くなくて、裕福ではないのです」

「そういえば、ハマると採算度外視なんだったよね…」

「えぇ、うちの父がとくに顕著でして、絵画には目が無いんです。最近は若手のものばかり購入して…領地経営のほうがちょっとおろそかでして。私はそちらを手伝うかもしれませんね」

「それは、大変だね…」

「どうにか立て直せるといいんですけどね。あ、すみません、こんな話をして」


眼鏡の位置を直すと、彼女は肩をすくめた。


「ううん。僕も何かできることがあったら、手伝うからね」

「ありがとうございます。ゴールドスタイン君はいい人です…」


ケイシーは眼鏡の奥でうるうると目を潤ませている。


「う、うん…」


(僕は彼女にとって『いい人』というカテゴリー…)


僕って、学園では一位、二位を争う美貌なんだけど。いや、いいよ。いいんだけどね。

彼女とは、戦友と言ってもおかしくないくらい、あの三人のために奮闘してきたと思うんだけど。もうちょっとこうなんだろう。意識してくれてもいいんじゃなかろうか。

じっと彼女を見ると、彼女はまたノートに何かを書き込んでいる。

しょうがない。彼女のこの趣味のおかげで、恩人たちは何事もなく卒業できるのだ。

僕はそう思って安心していたのに。


その知らせは、やはり目の前の彼女が持ってきた。


その日ケイシーは、なんともいえない表情をして僕に話しかけてきた。場所をカフェのいつもの席に移し、僕たちは会話を始めた。


「ええと、すみません。これは私も確実につかんだ情報ではないのです」

「どういうこと?」

「この間、ハワード様が…ルーイ王子殿下とお話ししている時に…『婚約破棄のことですけど』と前置きしてお話していたような気がして…」

「アデル様が…?」

「すぐに口元が扇子で隠されてしまったのではっきりとしないのです。しかも、見たのはそれ一回だけです。それからもお二人の様子はお変わりないので、どうなのかと思っているのですが…」


僕はぞわっとした。

アデル様からその言葉が出たのなら、これはかなり怪しい。

ゴールドスタイン商会では、お二人の結婚に合わせて一般向けに記念品を仕入れる予定だ。品物には二人の名前などが入っている。

もし本当に相手が変わるなら。これはすべて無駄になってしまう。


「ゴールドスタイン君…?顔色が…」


目を見開いて固まってしまった僕を、ケイシーは心配そうに覗き込んだ。


「ワトソンさん、教えてくれてありがとう。できればこの情報を調べたいけど…アデル様はつかませてくれないだろうね」

「ハワード様も、たまたまその時誰もいないと思って話していたようですので、これ以上は難しそうです」

「会話の内容は、どうだった?」

「それが…『最後の』とか『馬車』とかしか聞き取れなくて…殿下は私に背を向けていましたので口元も読めなかったんです」

「何のことだろうね…」


あの王子とアデル様が婚約破棄。彼らは何故そんなことをする?普通に解消すればいいだけではないか。それではいけないのだろうか。アデル様はきっとエリックと婚約したいのだろう。二人は両思いだとは知らなくても上手くいきそうだ。

では王子の方はどうだろう。彼はひたすらにリンデル・フォーン男爵令嬢を追いかけている。

僕はふと思い出した。彼女の王子に追いかけられて怯えた顔。王子と彼女は一筋縄ではいきそうにない。


(王子が彼女と婚約しなおすとしたら、かなり強引に運ばないと無理だ。それこそ、本人の意思を無視しないと…それに、彼女は男爵令嬢だから身分が違いすぎる。普通なら認められない)


ケイシーは困ったように眉根を寄せてお茶を飲んでいる。


「婚約破棄も…二人が合意しているなら、いつでもできるはずなんですが…実は、これを聞いたのはひと月前なんです。いつまでたっても発表がないのでおかしいと思って…ゴールドスタイン君なら何か聞いていないかと思ったんですが、知らないんですね」

「というより、なんで『破棄』なんだろう。合意しているなら『解消』って言わない?」

「そういえばそうですね…」


二人で頭をひねっても答えは出ない。何かわかったことがあったらまた連絡を取り合うことにしてその日は別れた。


数日後、ルーイ王子殿下に声をかけられた。


「トゥーイ、聞きたいことがあるんだが」

「はい、なんでしょう?」

「学園の大広間から馬車の昇降場所までなら、どこを通るといいと思う?」

「え?」

「抜け道ありの最短コースで」

「それなら…あの廊下から外に出て直接昇降場所に行った方がいいですよ」

「あ、なるほどな。屋内通るよりかなり早いな」

「はい。お役に立てましたか?」

「助かったよ」


王子はそれだけ聞くと去っていった。


(『馬車』の昇降場所…大広間からの最短コース)


王子が抜け道のことを聞くのはリンデル嬢を追いかけるためだ。

でもコースを指定されるのは初めてだった。

大広間を使用するのは大きなパーティーの時くらいだ。


(大広間のパーティー…『最後の』…もしかして卒業パーティー?)


僕はぴたりと足を止めてしまった。


(リンデル嬢が大広間から逃げ出すことを想定している?卒業パーティーでリンデル嬢が逃げ出すようなことをするつもりか?)


ありえない予想を取り消そうとするが、それしか考えられない。


(もしかして卒業パーティーで婚約破棄するつもりか!?その後、リンデル嬢に求愛でもするのか?)


そうされたら、リンデル嬢は逃げ出すだろう。それを逃がさないように彼は馬車を押さえるつもりなのだ。相変わらず変わった王子だ。

アデル様もこの企みに乗っているのなら、完遂される可能性が高い。

彼らがその場で婚約破棄をするのは、衆目の前で知らしめるためだ。ここまで公にされたらもう王家ですら火消しができない。

リンデル嬢も諦めざるを得ないだろう。なんてひどいことをするのだ。

それに、王子にもアデル様にもリンデル嬢にも奇異の目が向けられる。


(アデル様は本当に良いのか?エリックはこのことを知っているんだろうか…)


僕は友人の顔を思い出した。


(いや、エリックは知らない。知っていたらあんな注文をしないはずだ…)


彼は「卒業と結婚のお祝いに」と言っていた。知っていたとしたらそんな注文はしない。今頃アデル様と婚約するための算段をしているはずだ。そして、それなら僕に一言くれるはず。それくらい、友情は深まっている。

僕はアデル様の顔を思い浮かべた。いつも儚げに微笑む公爵令嬢。

折れそうに見えて彼女は強かだ。彼女のすることには必ず目的があるはず。


(一度、ケイシーと話をしなければ…)


もし判断を間違えば、商会は大損害だ。下請けの小さな工場にも差し止めしなければ無駄な製品が出来上がってしまう。


僕は、ケイシーを探すことにした。


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