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君は王子の婚約者 5

パーティー最後のルーイ王子の演説。その最後に彼はこう言った。


「皆に聞いてもらいたいのは、私の婚約のことだ。これまで私はここにいるアデル・ハワード嬢と婚約していたが、今夜かぎりでこれを解消したいと思う」


俺は耳を疑った。


(婚約…解消だと!?一体なぜ!?)


それに答えるように、王子はこう言い放ったのだ。


「私が真に愛するのは、あそこにいるリンデル・フォーン男爵令嬢だ」


それを聞いたアデルの震える体が、ふらりと揺れる。

俺はとっさにアデルと抱きかかえると、信じられない思いに夢じゃないのかと疑った。

だが、腕の中にいるアデルの感触に現実に引き戻された。


「アデル、大丈夫か?」

「えぇ、ちょっとめまいが…」


急な婚約破棄宣言がショックだったのか、アデルは貧血を起こしたようだ。

休ませなければならない。


会場はどうなっているのかと周りを見渡すと、すでに王子も男爵令嬢もいない。

二人はどこかに消えてしまったのだ。

残る生徒はあまりの展開にざわざわし始めている。


「ルーイ王子殿下とアデル様が婚約破棄!?」

「殿下は男爵令嬢を追いかけて行ったぞ!」

「アデル様お可哀想に…」

「おい!…アデル様がフリーになったぞ!?」

「本当だ!!」

「これで俺たちにもチャンスが!!」

「なんてことだ!これはもう抜け駆け禁止なんて言ってる場合じゃないぞ!」


俺はぎくりとした。


(…聞き捨てらならない言葉が聞こえてきたぞ!!)


『アデル様を見守る会』とやらのメンバーだろうか。

アデルがフリーになった途端、目の色が違う奴らがいる。

飛び掛かってきそうな勢いなので、俺は速やかに会場を抜け出した。


アデルを連れて廊下に出ると、トゥーイが慌てて俺にメモを渡して走り去っていった。

そこには『一旦この控室へ。馬車は裏手に手配する。見守る会が暴走しそうなので速やかに退出するように』と走り書きしてあった。

トゥーイが会場の雰囲気を察して気を使ってくれたらしい。


指定された控室でアデルをソファに横たえると、彼女は安心したようだ。

俺は王子に苛立たしさを覚えた。

彼女には非の打ち所がないはずだ。それをこんな公衆の面前で婚約破棄など、到底許せない。

なのに、彼女には怒りなど微塵も無いらしい。

それどころか、「わたくしは幼いころから何も変わってはおりませんもの…」と呟いたのだ。


その言葉に俺は驚いたが、ノックが思考を遮った。

ノックをしたのはトゥーイだった。ひそひそとドアの隙間から話しかけてきた。


「見守る会の連中が、血眼になってアデル様を探してるよ」

「なんだと!?」

「あいつら、さっそくアデル様に婚約を申し込むつもりみたい」

「はぁ!?婚約解消したのはついさっきだろうが!」

「しょうがないでしょ。アデル様はもてるんだから…エリックも、もしアデル様のこと本気なら早く手を打った方がいいよ。少なくとも、明日にはハワード家に申し込みが殺到すると思うよ」

「本当か…」

「馬車はもう裏手につけたから、急いで!見守る会がここに来るのも時間の問題だから!」

「すまない」

「幸運を祈ってるよ。僕はアデル様とエリックの友人だからね」


そう言ってトゥーイは去っていった。

俺は慌ててアデルと馬車に乗り込んだ。

倒れそうになったのだからとアデルを自分の体に寄りかからせたが、柔らかな体や甘やかな香りに理性が飛びそうになる。

なんとかぐっと頭を冷やした俺は、ある決心をした。


(ハワード家に着いたら、アデルに婚約を申し込もう!!)


アデルの気持ちを落ち着かせてからと思っていたが、トゥーイの言う通りなら明日からハワード家には多くの家から使者がくるだろう。落ち着くどころではないかもしれない。

考えてみればこれは願ってもないチャンス。

長年の片思いを叶えることができるのだ。

ふと隣の気配を窺うと、彼女は何やら頬を染めて体を強張らせていた。

震える睫毛の愛おしいこと。

思えば、幼い時からこんな風に肩を抱くことはなかった気がする。


(もう彼女は誰のものでもない…)


もちろん俺のものでもないのだが、手に入れられる可能性があるだけで、心はこんなに浮き立つのだ。

それに、さっき彼女は「幼いころから変わっていない」と言った。

もしこれが俺の思う通りなら。

彼女は俺を好いているということだ。


多分。


もし俺の勘違いでもいい。どうせ彼女を幸せにする自信はあるのだ。

初恋をここまで引きずってきたのだから。


ハワード家で公爵夫妻に頼み込むことで、俺は何とかアデルと婚約を取り付けた。

次の日、婚約を確約させるためダグラス家にハワード夫妻とアデルを招待したのだが、母上があの通りなのであっさりと婚約は成ってしまった。


アデルを庭園へ案内すると、彼女は懐かしそうに目を細めていた。

そんな彼女のつけているリボンがふわりと風に揺れて、どきりとした。

あれは一番最初に贈ったリボンだ。

やはり彼女はずっと変わらずに気持ちを持ち続けてくれたのだと嬉しくなる。


だが、それはそれで文句も言いたくなると言うものだ。

もし、婚約してから今までに、アデルが俺を好きだと言ってくれたなら、もっと心穏やかに過ごせていたのに。思わせぶりなところはあったものの、はっきりと示してくれたことは最初の告白以来ないのだ。

そのせいで彼女を忘れられず、そして手に入れることもできなかった。

本当に振り回されてきたものだ。


だが、「今までも、これからも、わたくしにはエリックだけ」と言われてしまえば、もう可愛くてたまらない。


思わず腕に掻き抱いて、あまりの幸福に眩暈すらした。

これから、彼女をいくら抱きしめても何をしても許される。

今まで耐え忍んできたことを思えば夢のようだ。

女々しい自分をさらけ出すのは恥ずかしいが、せっかくだからと作ったネックレスを婚約の証として、俺はアデルを手に入れた。


その後、王子の結婚が決まり人手の足りない王宮へ出向くことが多くなった。

元々文官務めをするのが早まっただけだ。

王宮で垣間見る王子は変わらぬ様子だった。それに、思わず険のある視線を向けてしまう。

一応、しでかした王子のフォローもするために、あの婚約破棄は王子の余興ということにしたが、アデルにしたことは許せるものでは無かった。

それに、一瞬でもアデルが王子に心を向けなかったとも限らない。

忠誠を誓っていることは変わらないのだが、以前のように接することができない。それを分かっているのか王子もあまり俺に関わろうとはしなかった。


だが、王子の結婚後にアデルと一緒に王宮に参じた俺は、予想外のことを聞かされることになったのだ。


「あの婚約破棄は私とアデルとの共謀だ。私たちは、それぞれ目的があってあの劇を演じたんだ」

「あの後、私は首尾よくリンデルを、アデルはエリックを手に入れたな?私達の目的はこれだったんだ」


まさか、何もかもがアデルの手の平の上だったとは!


ここまでしてやられるとは思っていなかった。俺はすっかり彼女の思惑通りに動いてしまったという訳だ。

幼いころは素直で優しい性格と思っていたのに、かなり小悪魔になっていたようだ。


(まんまと罠にかけられてしまった…!!)


俺はもうこれ以上恥を晒せないと王子の前を辞した。

あまりにも思い通りに動いてしまった自分が情けなくて、過去のあれこれを思い出しては愕然としていたら、アデルがおずおずと話しかけてきた。


アデルは、黙ってしまった俺に嫌われたのかと思ったようだ。

ふるふると見上げてくるしぐさと表情が破壊的に可愛いアデル。

俺が焼きもちを焼けば嬉しそうな顔をするアデル。


もう、可愛さ余って憎さ百倍というか、なんだろう、可愛くて可愛くてしょうがない。

俺はもう彼女を離すつもりなんてない。

アデルもここまで俺を離さなかったのだから、俺のことを相当好きなのだろう。

ならもう何をしてもかまうまいと、償いと称して悪戯すれば、彼女は腰を抜かしてしまった。


「俺は、アデルを嫌いになんてならないよ。だけど、あまり君が悪いことをするなら、こうして罰を与えることにしよう」


そう囁けば、彼女は耳まで赤くなってしまった。

なんて愛しい人だろう。

これからは少しくらい、俺が彼女を翻弄してもいいはずだ。


だって、アデルは俺を捕らえてしまったのだから。


〇〇〇


実は、『卒業パーティーでのアデルと王子の婚約破棄はただの余興で、二人の婚約は穏便に解消されており、すでにアデルには新しい婚約者がいる』という噂を流したのはトゥーイだ。

トゥーイ曰く、見守る会の会員はアデルの相手がエリックだと聞くと、「ダグラスに騙された!」と抜け殻のようになっていたとか…。


番外編はこれで終了します!読んでいただきありがとうございました!

急ピッチで書き上げたので、読みにくいところがあったらすみません…。

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