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君は王子の婚約者 4

ある時から、王子にある男爵令嬢が近づいているという噂を耳にした。

そう言われてみれば、たしかに王子と男爵令嬢は近くにいることが多い気がする。

もしや礼儀を知らぬ男爵令嬢が、馴れ馴れしく近寄っているのだろうかと思ったのだが、近くで話を聞いているとたわいもないことを二言三言話しているくらいだった。

べたべたしている様子もない。

どちらかというと話を切り上げて離れていくのは男爵令嬢だった。


だが、王子から話しかけるということ自体がかなり稀なので、俺は驚いていた。

王子が自ら話しかけるのは、女性であればアデルくらいだったのだから。

男性でも、俺を含んでも片手に満たない。


(なぜ殿下は彼女に話しかけるのだろう…)


そう思い、少し彼女のことを調べてみた。

すると、意外なことがわかった。あの男爵令嬢は、駆け落ちしたフォーン男爵家三女の忘れ形見だった。彼女はつい最近まで下町で育っていたのだ。


王子は政務でも優秀であるし、庶民の暮らしに詳しい彼女に色々聞いているのかもしれないと思い、目立ったことが無ければ俺から苦言を呈さずに見守ることにした。

もし彼らがそういう関係ならば、婚約者であるアデルが一番に反応するはずなのだから。


「アデル?最近、殿下とは変わりはないか?」

「いいえ、何もありませんわよ?」


だがこのように、アデルは王子と男爵令嬢のやりとりを全く気にしていないようだった。

特に二人がそういう関係ではないと思っているのか、王子の交友関係に口を出す気が無いのか、とにかくどっしり構えているので俺もとやかく言えなかった。

さすが懐の広い公爵令嬢と言われていたが、我慢ができない他の令嬢達は別だったようだ。

わざわざアデルに申し立てをしたり、男爵令嬢に直接何かを言っているようだった。

見苦しいことこの上ない。

当人たちの問題は、当人たちで解決すべきだ。


むむっと考え込んでいると、揶揄するような声が聞こえてきた。


「エリック、眉間のしわがすごいんだけど」

「え?あ、そうだったか?」

「全く。男前が台無しだよ?」

「…俺は別に男前じゃない…」

「ご謙遜を!ダグラス公爵家のご長男とあろうお方が!!」


そう言って朗らかに笑うのは、学園でできた友人だ。

なんと彼は殿下に声をかけられる一人でもある。


「お前に言われても、からかわれているとしか思えないな…」


俺は彼の顔をじっとりと見つめた。

彼はゴールドスタイン商会の次男であるトゥーイ・ゴールドスタインだ。

女と見紛う程、美しい顔をしている。

柔らかなアッシュブロンドの髪に垂れ目のブルーグレーの瞳。左目の泣き黒子がやけに色っぽい男なのだ。そのせいで小さい頃は誘拐未遂が何度もあったらしい。

その上、男女関係なく襲われそうになったことは数知れず。これは現在進行形なので彼も大変だ。なんのフェロモンを出しているのだろう。


実は、このトゥーイと知り合いになったのは王子が先だった。何故か使われていない教室を覗いた王子が、上級生の女生徒数人に組み敷かれているトゥーイを発見したのだ。

何度かそうやってトゥーイを助け出した王子が、面倒をみてやれと俺に丸投げしてきた。

トゥーイと俺は同じクラスだったからだろう。

俺の友人ということで、自然とトゥーイとアデルも話すようになった。

だが、トゥーイはそれからも度々連れ込まれそうになっていたため、俺とアデルでできるだけ大勢と過ごすか信用できる人物と過ごすことと言い含めた。

それから頑張ってトゥーイは大人数で過ごすようにしていたが、それもそれで疲れてしまうようだ。

何しろほとんどアイドル扱いなのである。


「人数が多いと、最先端の情報が手に入るから、便利っちゃ便利なんだけどね。商会に流行ってる商品の情報を流すことだってできるし…アドバイス通り大勢いると皆が牽制しあうから押し倒されることもないしね」


だが大勢に囲まれても、本当に信頼できる友人は俺とアデルを含めてほんの数人なのだと悲しそうに言われてしまった。

本当にそれ以外の人間だと、押し倒されてしまうらしい。

自分の周りに大勢が集まらない時には身に危険を感じるということで、トゥーイは俺と一緒にいることが多い。

トゥーイ曰く、自分と二人でいて邪な思いを抱かない人間はたいそう希少なのだとか。

以前、確かに綺麗な男だとは思うが、そういう意味で興味はないといったら抱きしめられた。

トゥーイは本当にムラムラしないのかと訝っていたが、遠くにいた女生徒数人が歓声を上げたら離れてくれた。


トゥーイを見つめる俺に、彼は流し目をよこしてきた。そんなことをするから襲われるのだ。


「またアデル様のことでも考えてた?」

「…考えてない」


トゥーイは、俺と過ごすようになって俺の気持ちを察してしまった。

余りにも襲われすぎるので、人の目線や表情に敏感になってしまったらしいのだ。

だから、俺の視線がどこにあるか分かってしまったのだとか。

そう言われてから気を付けるようにしている。

だが、それでもトゥーイにはもう読まれてしまうようだ。


「もう少し、隠す努力をしたほうがいいと思うんだけど?」

「そんなことを言うのはお前くらいだ」

「そうかなぁ。言わないだけで勘づいてる人はいるかもしれないよ?」

「…本当か?」


俺は不安になった。もし誰かにアデルへの思いがバレているなら一大事だ。

トゥーイにはバレてしまったが、それ以外にもそんな風に見えているのだろうか。

落ち込んだ俺に慌てたのかトゥーイがフォローをいれてきた。


「あーごめんごめん。よっぽど君たちを観察してないとわからないと思うよ。噂も聞いたことが無いし、大丈夫!」

「観察…」

「まぁ、ほとんどの生徒は殿下とアデル様しか見てないから問題ないよ。エリックも男前なのに、あの二人と並ぶと存在感が薄くなるから損だよね」

「いや別に俺は気にしてない」

「そのほうが好都合か。アデル様の騎士役だもんね。邪な気持ちってバレたら大スキャンダルだよね」

「うるさいぞトゥーイ」

「でも、アデル様はもてるから騎士役はいたほうがいいと思うよ」

「え?」

「あれ?エリックは知らない?アデル様って人気あるんだよ」

「まぁそれはそうだろうが…」


アデルの身分と容姿であれば、当然だろう。だから入学当初にあれだけ囲まれたのだ。それも今は落ち着いているはずなのだが。


「殿下の婚約者で、公爵子息が騎士役になったからおいそれと近寄ってこないけど、彼女に恋する令息っていっぱいいるよ。もし殿下の婚約者じゃなければ、血で血を洗う争いが起きてるよ、きっと」

「え、そんなにか?」

「アデル様を見守る会があるくらいだからね」

「なんだそれ!」

「抜け駆け禁止のファンクラブみたいなものだよ。ちなみにエリックは公式に騎士役として認定されてる」

「嬉しくない…」

「すごいことだよこれ、あいつらの規定は厳しいんだから喜びなよ」

「どういうことだ…」

「もしエリックが騎士役以上の気持ちになってるってバレたら、多分闇討ちだからね」

「は!?」

「気を付けてよ。僕は貴重な友人を失いたくないからね」


トゥーイは神妙な顔をして俺を見ていた。

あまりに真剣な顔をしているので、俺は素直に頷いた。


(もしかしたら、アデルにリボンを贈っているのもバレたら本当にまずいのか…)


これはトゥーイにも言っていないのだ。


すでに彼女には何度もリボンを贈っている。

その度に彼女はお返しに刺繍の入ったハンカチを贈ってくれた。もちろん全てとってある。

刺繍も、年々腕を上げるのに舌を巻いたものだ。

ある時、ふと彼女が贈ってくる刺繍の色合いが、どこかで見たことがあると気が付いた。

栗色と金色が多いのだ。俺が贈るケースと飾りリボンと同じ。


(もしかして、彼女も同じ気持ちなのだろうか…)


幼いあの時、彼女はずっと俺が好きだと、俺を想うと言ってくれた。

本当に、ずっと彼女は想ってくれているのだろうかと、淡い期待に胸を躍らせるが、次の瞬間には待てとブレーキをかける。


彼女からはあれ以来、想いを伝える言葉をもらっていない。誰に見られるはずのない手紙ですら、内容は淡泊なものだった。

それに、アデルは婚約してからあの王子と過ごすことの方が多かったのだ。男の俺から見ても、黒髪碧眼の王子は美しく才覚があった。心を移してもしかたがない。

もしかして、リボンとハンカチのやりとりも、惰性なのかもしれないと思ったが、俺から止めようと言い出すことはできなかった。


(アデルはリボンを身に着けているし、きっと邪魔になるものではあるまい)


そう言い訳して、学園生活六年間。かかさずリボンを贈り続けた。我ながら女々しいと思う。



〇〇〇



いよいよ、卒業の時が近づいてきた。

卒業すれば、そう時を置くことなくアデルは王子と結婚することになってしまう。

二人の婚約は、ついに解消されることはなかった。

きっとこのまま何事もなく事は進むのだろう。


「もう、いい加減けじめをつけなきゃな…」


リボンとハンカチのやり取りも、もう終わりにしなければならない。

未来の王妃に怪しいところがあってはならない。

だけど、アデルに何も思われずに終わるのは嫌だ。

せめて、俺を思い出す何かを贈ろう。そう決めて、卒業と結婚の祝いをかねてネックレスを作らせた。


(もうこれが最後になるのだから、俺の思いに気が付いてほしい)


そうしてできあがったのは、恥ずかしいほど我が身の色彩を現した宝石を散りばめたネックレスだった。

これを見たら、彼女はどう思うだろう。

幼い恋を思い出してくれるだろうか。そして、哀れな男だと笑うだろうか。

このネックレスを渡した時が、俺の恋の終わりなのだ。

その時が来ないで欲しいと願って過ごしたが、あっという間に卒業パーティーの日になってしまった。


そして、事件は起きたのだ。



問:何故王子が何度も襲われているトゥーイを発見したのか。 解:リンデルを探していただけ。





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