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令嬢は王子に引いて幼馴染に恋をする

わたくしが王子と初めて会ったのは、王宮で開催された王子の六歳の誕生パーティーだった。

年の近い有力貴族の子供たちも大勢招待されており、そこにわたくしもエリックも招待されていたのだ。

ちなみにわたくしとエリックと王子は同い年。


季節はちょうど春真っ盛り。

気持ちの良い天気だったので、ガーデンパーティーにしたらしい。

王宮の広い中庭でそれは開始された。

真っ白なクロスがかかったテーブルがいくつも設置され、飲み物や食べ物が所狭しと並べられている。

日よけのパラソルや休憩用のガーデンチェアも見える。

あの辺りは、ご婦人方が陣取ることになるだろう。

会場には、美しく着飾った貴族たちが、すでに大勢そろっていた。


王子はさすがに可愛らしい顔をした男の子だった。

滑らかな黒髪に宝石のような青い瞳。なんとも容姿端麗な第一王子様だ。

彼は常に柔和な微笑みで、礼儀正しく両陛下と一緒に他の貴族方の挨拶を受けていた。


わたくしも両親と、額面だけの挨拶を交わした。


「本日はおめでとうございます、ルーイ王子殿下」

「ありがとう」


だが、近くで見た王子の表情は微笑んでいても仮面のようだったし、その青い瞳は底知れぬほど暗く感じた。目が合った瞬間に、ひやりとした。


(目!目が…!?こわっ!!)


幼いわたくしは、ひくっと口元を引きつらせそうになってしまったが、なんとか持ち直した。

だが、他の来賓客やその子供たちは、王子の様子に全く気が付いていないようだ。

親に言われて愛想を振りまく小さなご令嬢が、勇者に見える。


(あの王子なんか怖そうですわ…目がやばかったですもの…)


この王子に気に入られたら、何か大変なことになりそうだと、わたくしは早々に王子から離れた。


両親が他の貴族と話している間は、ぼんやりと会場を眺めていた。

こんなにたくさんの子供を見るのは初めてのことだ。


(あの男の子達は、何をしているのかしら…)


大人数が集まる会場で、男の子達が大人しくしていられるわけがない。

さすがに良家の子息だけあって転げまわることはなかったが、大人の目を盗んだところで徒党を組み、誰かを追い回したり、悪戯したりしていた。


意地悪そうな男の子達が、気弱そうな男の子に後ろから近付いてくすくす笑っている。


「おい!今度はあいつに足を引っかけてやろうぜ!」

「よし…………。それっ!あははは!引っかかった!」

「お前が勝手に引っかかって転んだんだからなー!」


男の子達が、転ばせた男の子を残酷に笑っている。

転んでしまった男の子は泣かなかったものの、随分落ち込んでしまったようだ。

整えてある中庭と言ってもやはり外。転んだ男の子の膝や服の裾は汚れてしまったのだ。


「服が汚れちゃった…」

「大丈夫?平気だよ、少しだからはらえば落ちるよ」


にっこりと微笑みかけ、そう優しく声をかけて服をはらってやっているのはエリックだ。


エリックはその会場で、追い詰められた子供をさりげなくフォローしたり、意地悪された子供を慰めていたのだ。

そして、悪戯する男の子たちを穏やかに宥め始めた。

するといつの間にか、彼の周りで皆仲良くおしゃべりに興じているではないか。


(まぁ、エリックって、とっても優しくて素敵な男の子だったんですわ…!)


わたくしは、その時初めてエリックの清廉さに気が付いたのだ。

王子はなんだか得体のしれない恐ろしさがあるし、他の男の子は意地悪で騒がしい。

優しくて思いやりのあるエリックが輝いて見えた。


(エリックの笑顔を見ていると、胸がどきどきしますわ…これって…)


そう、その時にわたくしは恋に落ちたのだ。すでに王子など眼中になかった。


他のご令嬢たちは、王子を遠巻きに眺めたり、こそこそきゃあきゃあと話をしていた。


「ルーイ王子殿下はなんて素敵なのでしょう!」

「お近づきになりたいわ!」

「まだ婚約してらっしゃらないんですって!」


やはり主役である王子は憧れの的なのだろう。

むしろそれが普通の感覚だったのだ。


(よくあんな怖そうな王子に近寄りたいと思いますわねー…)


後々考えれば、王子に興味が無くてもそうしておけばよかったと思ったが、あの時はそこまで頭が回らなかった。


わたくし、一生の不覚。


全ては後の祭りだった。


〇〇〇


そのパーティーが終わって数日後、なんと両親から王子との婚約を打診されたのだ。

わたくしにとっては青天の霹靂。

エリックに恋心を抱いたばかりで、王子には微塵も興味がなかったからだ。

むしろあの場では敬遠していたはずなのに。


顔を引きつらせるわたくしに、両親は気が付いていない。


「な…なぜわたくしなのですか?ほかにも可愛らしい方がいらしていたではありませんか」

「まぁ!うちのアデルほど可愛い子はいなかったわ!そうよねあなた!なんでも、王子殿下からアデルの名前がでたんですって!!」

「そうだぞアデル。名誉なことだ!!王子の婚約者なら未来の王妃だぞ!!うちにはノアがいるから、アデルはどこに嫁がせようかと思っていたが、王家から望まれるとは!」


両親はうっきうきで話を進める気だ。

ちなみにノアとはわたくしの兄。ハワード家を継ぐ予定の優秀な人だ。


わたくしは、両親のはしゃぎっぷりを呆然と見ていたが、まったく嬉しくない話に、自然と涙が溢れてきた。


「い……嫌ですわ…!!わたくし…わたくし、王子が怖いんですの―――…!!」


わたくしは久しぶりに本気で泣いた。


こんなに泣いたの、いつぶりかなっていうくらい、号泣した。

王子は怖いし、エリックは恋しいし。

勝手に話を進める両親には腹が立つ。


わたくしは、どうせ政略結婚ならエリックだっていいじゃないかと泣きじゃくった。


両親は慌てふためいた。

それこそ兄妹のように仲が良かったわたくしとエリックだ。まさかわたくしがエリックに恋をするとは思っていなかったらしい。


(なんでですの!近くにいる異性に恋するのが鉄板でしょう!!)


二人は謝ってくれたが、王家からの打診を断るのには難色を示した。

だが、あまりに泣き止まないわたくしを不憫に思ったのか、母上が渋々こう言った。


「アデル、婚約自体はまだ確定じゃないのよ。けれど王家から打診されて、こちらからはっきりとは断れないわ。だから、どうしても嫌なら王子にお願いしてみなさい?」

「王子に…お願い…?」


わたくしはやっとぐすんぐすんと鼻をならして母親を仰ぎ見た。


両親は二人とも眉を下げてわたくしを見ていた。

父上は、泣き止んだわたくしの頭を撫でて諭すように言った。


「アデルがそんなに嫌がるとは思っていなかったから、驚いたよ。でも王子とは一回しか会っていないし、まだ人となりがわからないだろう?これから王宮へ上がる機会があるだろうから、その時にきちんと王子と向き合ってみるといいよ」

「…わかりました」


わたくしは、確かに挨拶しただけの王子をこんなに怖がるのは失礼だったかもしれないと反省した。


(あの表情は見間違いだったのかもしれませんわね。本当は王子殿下も緊張していただけなのかも…?)


だが、そんな淡い期待は見事に打ち砕かれた。



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