番外編 君は王子の婚約者
ジャンル別日間ランキングはいりました!ありがとうございます!
嬉しいので番外編追加します!
エリック視点です。まだ途中ですが、いくつかにわけて投稿します。
俺はエリック・ダグラス。
ダグラス公爵家の長男でアデル・ハワード公爵令嬢の幼馴染だ。
つい先日、俺たちは婚約した。
俺の母上は、その急な婚約の希望を聞いても反対するどころか狂喜乱舞した。
「でかしたわエリック!!その婚約、大賛成よ!!」
アデルは、赤ん坊のころから母上のお気に入りだったのだ。
ハワード公爵夫人がアデルを連れて、ダグラス家に遊びに来るたびにアデルを褒め称えていた。
あれは三歳くらいだっただろうか。
「いらっしゃいマリア!アデルちゃん!」
「お招きありがとう、ポリーナ、エリック」
ポリーナは俺の母上だ。
「おまねき、ありがとうございます」
アデルがちょこんと淑女の礼をした。その姿を見て母上が悶絶した。
「あーんアデルちゃん可愛い~!!ふわふわの金の巻き毛!きらきらの琥珀色のお目々!!薔薇色のほっぺ!まるで天使!いや妖精!?やっぱ天使!」
「落ち着きなさいポリーナ。貴女にはエリックがいるでしょう」
「もちろんエリックだって可愛いわよ。でも女の子はまた違うじゃない?しかもこんなに美少女!」
「エリックもかっこいいわよ!こんなに小さいのに優しくて紳士だわ。こんにちはエリック」
「…こんにちは、いらっしゃいませ」
ぺこりと礼をした俺に、ハワード公爵夫人はにっこりと笑いかけた。
そしてよしよしと頭を撫でてくれる。
母上がアデルを褒めちぎるのは、ちょっと寂しい。けれど、アデルは確かに可愛い。
「女の子には優しく、礼儀正しく、紳士的に!特にアデルちゃんには!!」
そう厳命されていた俺は、努めてアデルに優しくしていたと思う。
アデルも、儚げな美少女といった外見で、守りたくなるような女の子だったから。
彼女は、花が好きで淑やかな、素直で優しい性格だった。
その時はそう思っていた。
そして、俺にとって彼女はあくまでただの幼馴染だった
それがどうしてこうなったのか。
ただ、俺は恋に落ちた瞬間を、今でもはっきりと思い出せる。
あの薔薇の小部屋で、俺は幼馴染に陥落したのだ。
あの日、薔薇のとげで怪我をした俺の指を、彼女はハンカチで覆ってくれた。
アデルがそのまま血が止まるまでと手を握っていてくれた時だった。
「わたくし…ルーイ王子殿下と婚約するかもしれないのです」
握った手を見つめていたアデルは急にそう言った。
そう言われた時、俺はあまりにびっくりしすぎて固まってしまった。
(ルーイ王子ってこの前会った王子のこと?婚約?婚約って…?)
ごちゃごちゃ考えていると、アデルの長い金色の睫毛が震えて、赤い唇が開いた。
「でも…でも、わたくしが想うのはエリックだけです…。今までも、これからもわたくしにはエリックだけ
です。わたくしは、エリックが好きなのですわ…」
「…………アデル…………」
突然の告白に何も言えなくなってしまった。
(アデルが俺を好き…?好きって、男としてってこと?)
それに思い至ると、一気に顔に血が上ったのを感じた。
好きと言われて、俺は初めてアデルを意識したのだ。
幼馴染とはいえ彼女は大変な美少女。嬉しくないはずがない。
返事をしない俺が不安だったのかアデルがそっと顔を上げた。
その時のアデルの顔が今でも目に焼き付いている。
薔薇に囲まれた庭園の奥、俺たちがいるところは少し陰になっていた。
だが、アデルに木漏れ日が差していたのだ。
アデルは日の光を浴びて、暗がりの薔薇の園に浮かび上がるように見えた。
日に透けるふわふわの金の巻き毛。
ほんのり色づいた薔薇色の頬。
日を透かしてきらきらと輝く琥珀色の瞳。
いくつもの美しい薔薇を背景に佇む姿は、本当に天使か妖精のようだった。
(アデルはこんなに可愛かったっけ…?)
美少女だとは思っていたのだが、瞳を潤ませて自分を見るアデルが、こんなに可愛いだなんて知らなかった。
うるさいくらいに心臓が高鳴って、何も言えずにそのまま黙っていたら、薔薇を見せてくれてありがとうと言って、アデルはまた俺を見つめた。
射貫くような眼差しの強さに、その瞳の真摯さに、美しさに、俺は囚われてしまった。
このダメ押しで、俺は彼女から逃れられなくなってしまったのだ。
だけど、その当時はまだはっきりとそれが恋だと自覚していなかった。
アデルは、いつの間にかいなくなっていたようだ。
庭園の奥で呆けたままだった俺を迎えに来たのは母上だった。
「その様子だと、アデルちゃんのこと聞いたのかしら?」
「はい…」
「母様ショックだわ…アデルちゃんはいずれエリックのお嫁さんにもらおうと思ってたのに…」
「俺のお嫁さん…?」
「そうよ。でも王子殿下と婚約しちゃうから、もう無理ねぇ」
母上は心底残念だとため息をついていた。
「婚約したら俺と結婚できないの?」
「そりゃそうよ。婚約は、将来その人と結婚するっていう約束だもの」
「!!」
俺はその時やっと気が付いた。王子と婚約するということは、いずれ王子と結婚するということなのだ。
(でも、アデルは俺を好きだと言ったのに)
俺は知らないうちにぎゅっとハンカチを握りしめていたようだ。
それに気が付いた母上が声をかけてきた。
「そのハンカチどうしたの?エリックのじゃないわね?」
「アデルが…俺が指を怪我したから…」
「アデルちゃんは優しい子ね。まぁ、ハンカチに血の跡が…何か返さないと」
「俺が手紙を書いて、何がいいか聞いてみる」
「そうね。…エリック、アデルちゃんとはこれからも仲良くしなさいね。…頑張りなさいよ!」
「はい」
そう言った母上が、どんな気持ちだったかわからないが、アデルとの婚約を打診した時の即答ぶりからすると、相当本気だったに違いない。
後日、アデルが正式に王子と婚約したと聞いて、母上はものすごく落ち込んでいた。
俺は、きちんと丁寧に手紙を書いた。返事はすぐに来た。
『リボンを贈ってほしい』
王子の婚約者にあまり大層なものは贈れない。ハンカチのお礼だし、それくらいならと母上も了承してくれた。そして、俺を連れていそいそと街へ繰り出した。
「エリック、これも可愛いんじゃない?」
「そうだね…うーんでも…」
いくつもの店を回っても納得しない俺を見て、母上は苦笑していた。
しっかり悩みなさいと言って付き合ってくれたのには感謝している。
結局、出入りの業者に希望の色を伝えて、持ってこさせたいくつかの中からやっと選ぶことができた。
アデルはあの時の薔薇を綺麗だと、見せてくれて嬉しいと言ってくれた。
その薔薇と同じローズピンクのリボンを贈ることにしたのだ。
きっとアデルに似合うはずだ。
ケースは自分の髪色を模して栗色に。飾りのリボンはアデルの髪をイメージした金色にした。
彼女はそれに気が付いてくれるだろうか。
お礼の手紙が届いて、それきりしばらくアデルには会えなかった。
今までのようにダグラス家に遊びに来ることもなくなった。
こちらからハワード家に行くわけにもいかない。
「アデルちゃんはもう殿下の婚約者だから、エリックと二人で遊ぶことはできないわ」
そうしっかりと母上に釘を差されてしまった。社交界ではすぐ噂になってしまうからだ。
まるでぽっかりと胸に穴が開いたようだった。
他家のお茶会で他のご令嬢を見ても、アデルほどの繊細な美貌や所作の美しい令嬢はいない。
アデルのようなふわりと風に舞う金の巻き毛を持っていない。
俺を親し気に見つめる琥珀色の瞳も持っていない。
鈴を転がすような声も持っていない。
彼女たちは、いつまでも話していて飽きない賢さやユーモアを持っていない。
当たり前だ。彼女たちはアデルではないのだから。
誰を見ても、アデルより劣って見える。それなりに彼女たちも賢いし可愛いとは思うのだけど。
(俺の基準って、全部アデルなんだな…)
一番身近な女の子がアデルだったものだから、俺の女の子の基準はかなり高くなっているようだ。
俺はがっくりと肩を落とした。
アデルさんの先制攻撃にやられてしまうエリックさん