令嬢は捕まえられる
カラーンカラーンと大きな鐘の音がした。
わたくしは随分と物思いにふけっていたらしい。
肩を叩かれて我に返ると、エリックに苦笑されてしまった。
これから、新郎ルーイ王子と新婦リンデル嬢は大聖堂から出て、王宮までのパレードを行うのだ。
外には、花吹雪が舞っているのが見えた。
この後は、王宮で晩餐会だ。もちろんわたくしたちも出席する。
エリックが、卒業パーティーでの婚約破棄はたちの悪い王子の余興、ということにしてくれたため、リンデル嬢が厳しい視線にさらされることは無いようだ。そして、王子の結婚式に出席するわたくしたちの様子を見て、やはり婚約破棄は合意のもとだったと貴族たちに認識されたらしい。
王子は少し呆れられたようだが、これくらい彼はなんとも思っていないようだ。
政務ではかなり有能なので、これからいくらでも挽回できるだろう。
わたくしが、順次退席する人々をぼんやりと見送っていると、エリックがひっそりと耳打ちしてきた。
「アデル、結婚式はどうだった?」
「…えぇ、二人の幸せそうな顔が見れて良かったですわ…」
「殿下に心残りはないのかい?」
「残りというか、元々無いのです…」
「では、俺との婚約に後悔はない?」
見上げると、ぴんぴんと跳ねた栗色の髪の毛の隙間から、鳶色の瞳が揺らめいているのが見えた。
その様子に、わたくしは自然と笑みがこぼれてしまう。
「もう何度も言ったではありませんか。わたくしには、エリックしかいません」
エリックは、それを聞くと嬉しそうに破顔して言った。
「では、次にこの大聖堂で式をあげるのは俺たちだな」
「は…え…」
「俺と結婚してくれるんだろう?」
「…!」
「返事は?」
「…もちろんですわ…!」
返事はYesしかありえない!またぶわわっと血が上ってきてしまった。
エリックはわたくしのその顔を見ると、ネックレスをしゃらりと撫でた。
そして、わたくしの片手をとってその口元に引き寄せる。
「ここで宣言しておこうか。アデル、今までも、これからも君を愛しているよ。結婚しよう」
彼はそう言ってわたくしの手の甲に口づけた。
「は…い…………!!」
よろりと倒れそうになったが、踏ん張ったわたくしを褒めて欲しい。
周りには両親他、まだ退席していない貴族も大勢いる。
完全にわたくし達は注目の的だ。
お互いの両親は唇を噛みしめて明後日の方を見ているし、後ろにいた貴族たちは何が起こったか理解して、拍手をし始めてしまった。
広い大聖堂の中で、さわさわと何が起こったか広まっていくのがわかった。
遠くにいる年配のご婦人ですら小さい声でキャーキャー言っているではないか。
晩餐会では、王子たちそっちのけで噂されるに違いない。
(と…とんでもない幼馴染ですわ…………!!)
けれど、そんな彼を好きになったのはわたくしなのだからしょうがない。
逃がさないようにしていたのに、捕まえられたのはわたくしのほうだ。
きっと、もう逃げられない。
まぁ逃げる気もないのだけれど。
でも、腰が抜けなくてよかった。本当に良かった。
ここで抱き上げられるのは恥ずかしすぎる。
わたくしは、ぬるい顔をした両親に先導され、エリックにエスコートしてもらいながら王宮へ向かう馬車に乗り込んだのだった。
晩餐会で、これでもかと好奇の視線にさらされたのは言うまでもない。
後日、無事に王太子と王太子妃となった二人に王宮へ招待された。
もちろんエリックと一緒にだ。
行きたくはないが殿下直々のご招待のため無視はできない。
「よくきてくれた。アデル、エリックも」
「ようこそおいでくださいました」
並んで迎えてくれた彼らの雰囲気は、意外にも本当に穏やかになっていた。
どうやら、王子は最後の最後でリンデル嬢を落とすことに成功したらしい。
ただ、リンデル嬢を見る王子の瞳には暗い熱が宿っているので、また何かやらかしている可能性は十分ある。
わたくしはそれに気が付かないふりをした。
今は何も聞きたくない。
エリックが進み出て挨拶をし、わたくしも隣に並ぶ。
「お招きいただきありがとうございます。殿下、リンデル様もご機嫌麗しく」
「お招きいただき感謝いたしますわ。お二人とも、本当にお似合いですわ」
挨拶がすむと、中庭が見える談話室へ案内された。
今日はここでもてなされるらしい。
お茶の用意がされ、各々カップをとって紅茶を味わっていたが、王子が話を切り出した。
「君たちも、無事に婚約したらしいな。おめでとう」
王子の白々しい言い草に、エリックの手が止まった。
「…元々、すでに在学中に殿下とアデルは婚約解消していて、殿下はリンデル様と、俺はアデルと婚約していたという話でしたよね?」
「そういうことにしてくれて助かった」
「…」
無言になったエリックにひやりとして、わたくしは思わず王子を見た。
(殿下は何を言い出す気ですの!?)
「エリック。私は君を友人だと思っている」
「…ありがたいお言葉です」
「君にも、私は友人と認識されていると思っているのだが、さすがの君も私を責めたいだろう?」
「…!」
「なぜ、アデルをあの場で、あんな目に合わせたのだと」
「殿下…」
エリックは目を瞠って王子を見つめている。
リンデル嬢を見ると、ものすごく微妙な顔をしていた。彼女はおそらくある程度知っているのだ。
わたくしは気が気ではなかった。この王子が余計なことを言う前に止めなければ。
「殿下?そのお話はもう…」
「いや、何かあるなら。教えていただきたい」
やんわりと王子を止めようとしたが、エリックから追撃がきてしまった。
王子は、ふとわたくしに目を向けると、青い瞳を輝かせて楽しそうに微笑んだ。
(…あれは本当の笑顔ですわね!!嫌な予感しかしませんわ!!)
「殿下お待ちを…!」
「あの婚約破棄は私とアデルとの共謀だ。私たちは、それぞれ目的があってあの劇を演じたんだ」
止める前にさくっと言われてしまった。
(あーもう!!この王子は!言わなくてもいいことを…!)
恐る恐るエリックを見ると、そのまま王子を見て固まっていた。
それを見て、本当に嬉しそうに王子は話し始めた。
「あの後、私は首尾よくリンデルを、アデルはエリックを手に入れたな?私達の目的はこれだったんだ」
「…」
「全く、アデルには世話になった。孤児のリンデルを男爵家へいれるのも彼女の案だったんだ。孤児のままでは王宮に連れてきてもいいとこメイド扱いだからな。こうして彼女を妻にできたのはアデルのおかげだ。本当に感謝しているよ」
そう一気に言い切った王子は、見たこともないくらい爽やかに微笑んでいた。
その横で、リンデル嬢は目を見開いて、口元に手を当てた。
「で…殿下からお聞きしてはいましたが。それを考えたのは、ア…アデル様だったのですか…!?」
リンデル嬢の目にうっすらと涙が浮かんでいる。
わたくしは思わず視線を彷徨わせた。生贄にしたのは確かなのだから言い訳できない。
「ええと…」
(ご…ごめんなさい!そんな目で見ないでくださいませ!)
王子はそんなリンデル嬢を見て少し口を歪めて笑うと、エリックに向き直った。
「それにエリックは、アデルが本当は私に心があったのではないか、と心配していたのではないか?アデルを婚約者にしたのは私の我儘からだったんだが、アデルが好きなのはずっとエリックだったぞ。長年虫よけ代わりにしていた間でも、それは変わることは無かった。君に向ける気持ちは本物だから心配しないでくれ、エリック」
王子はフォローのつもりで言ったのだろうが、これで挽回できるとは思えない。
(この王子は…!完全に人を虫よけ扱いにしましたわね!?それに、リンデル嬢のこともわたくしが悪いような言い方をして…!)
王子にそう言われたエリックは、項垂れて顔を両手で覆ってしまった。
わたくしは、思わず立ち上がって殿下に詰め寄った。
「殿下!?わたくしが黒幕みたいな言い方はおやめくださいませ!!」
「だって、あの婚約破棄をしてから、エリックに会うたび睨み殺されそうなんだ。私だって弁解したくなる」
「なぁっ…」
王子はすっと目を細めると、にやりと笑った。
「アデル。お前、きちんとエリックに言っていなかったんだろう」
「いえ!懺悔しようとしましたが、途中で、も…もういいと言われたので…」
ごにょごにょと言い淀むと、エリックがゆっくりと顔を上げた。
精悍な顔が微かに赤らんでいる。
「アデル、君は…長年俺を振り回しただけでなく、最後に罠にかけるとは…」
「ち…違います!!これは王子殿下が悪いのですわよ!?殿下!あなたがさっさとリンデル様を落としてわたくしと婚約破棄してくださらないから…!」
慌てて王子を見ると、素知らぬ顔をして紅茶を飲んでいた。
「殿下!!他人事の顔をしないでくださいませ!!」
「アデルと違って私は奥手だからリンデルを上手く口説けなかったんだ」
「よくそんな口が叩けますわね!!」
「アデル、表情が崩れているぞ」
わなわなと怒りに震えるわたくしを、王子は楽しそうに微笑んで見つめていた。
(あんなに、…あんなに苦労しましたのに!!)
これでエリックに嫌われたらどうしようとエリックを見ると、彼はため息をついて席を立った。
「殿下、リンデル様…今日のところはここまでにして、失礼させていただきます」
「あぁ、また来るといい」
「きょ、今日は来てくださってありがとうございました!」
急な退出に、リンデル嬢は慌てて声をかけてくれる。
(リンデル様は本当にいい子ですわね…今度、殿下の愚痴を聞いてあげましょう…)
「アデル。行こう」
わたくしがそう思っていると、挨拶する間もなくエリックに連れていかれてしまった。
王子とリンデル嬢に不敬ではないかととっさにエリックを見るが、彼が強張った表情なのでわたくしは何も言えなくなってしまった。
一体、彼はこんなわたくしをどう思っているだろう。
エリックに悪行が全部?ばれましたね!