令嬢は告白される
両親は、対面にあるソファに腰かけ、侍女にお茶を用意させると、エリックとわたくしに向き合った。
わたくしの両親に話があると言ったエリックは、ぐっと顎を引き締めて握りこぶしを膝の上に置いてかしこまっていた。
そんなエリックに、父上は柔らかく微笑んで声をかける。
「エリック。どうした?そんなにかしこまらなくていい。ダグラス家とは懇意にしているし、君のことも昔からよく知っている。今日は感謝しているよ、…何があったかは先触れから聞いている。人目もあるのによくアデルを無事に連れ帰ってくれた」
少し首を傾げてエリックの見た父上の瞳には、本当に感謝がにじんでいた。了承したとはいえ、問題を起こした娘に味方がいたことは嬉しかったのだろう。
エリックはかすかに頷いて口を開いた。
「閣下、今日アデルは、王子殿下に婚約破棄をされました。殿下が望んだのは、別の女性です」
「残念なことだが、そうらしいな」
父上と母上は、静かに頷いた。
父上は神妙に目を閉じたが、母上はけろっとした顔をしている。
婚約破棄することは伝えてあったので、動揺はしていないと思うのだが、ちょっと落ち着きすぎではないかとはらはらしてしまう。
エリックは、気にせず両親に詰め寄るようにして話しかけた。
「つまりアデルは、もう殿下の婚約者ではなくなったということです」
「あぁ、そういうことになる。すぐに王家から謝罪があるだろうな。こちらも、受け入れるつもりだ。元々無理に婚約を進めたわけではないから別に…」
「では」
エリックが父上の言葉を遮った。
父上も母上も、その様子に目を瞠った。
エリックは、すうと息を吸い込むと、一気に言い切った。
「では、私とアデルを婚約させてください」
「「「え!?」」」
思わず三人そろってエリックを凝視してしまった。
(え…?エリックは今、何を言いましたの…?)
上手く言葉が処理できない。
わたくしは、ただただエリックを見つめることしかできなかった。
エリックは、一度わたくしをちらりと見てから、両親に話し始めた。
「…あのように、衆目の前で婚約破棄されて、王子殿下にもアデルにも、ハワード公爵家にも奇異の目が向けられるでしょう。ですが、本当は穏便に婚約解消されていて、アデルにも別の婚約者がいるとなれば、大きく評判は下がりますまい。あの婚約破棄は王子殿下の余興ということにしてしまえばいいのです」
結構な衝撃だったのか、かすかに口を開けたまま固まっていた父上を、母上が肘で小突いた。
はっとした父上がなんとか言葉を紡ぐ。
「…エリック。その考えはありがたいが、ダグラス公爵家に迷惑をかけるわけには…」
「いえ、迷惑などとは思いません。ハワード家とダグラス家の縁となれば、父も反対しないでしょう」
「本当にいいのかい?王家も頭を抱えているだろうから、その申し出を伝えれば、間違いなくその案にのってくるだろう」
「いいのです。どうか、お願いします。アデルを私の婚約者にしてください」
エリックはそう言って、頭を下げた。
父上は困ったように眉を寄せたが、やがて口角を上げてこう言った。
「そうか、ありがとうエリック。まずは、ダグラス家へ連絡を。それに王家にも」
両親は、いそいそとダグラス家と王家への使者を手配し始めた。
わたくしは忙しく動き出した両親を呆然と見つめていた。
「わたくしとエリックは、婚約するんですの…?」
信じられない思いで呟くと、エリックは顔を上げてわたくしを見た。
「すまないアデル。君に相談もせず…」
「いえ、でも…よろしいのですか?」
本当は、わたくしこそが、ずっとエリックとの婚約を望んでいたのに。
いきなり転がり込んできた幸運に戸惑いを隠せない。
口説き文句や泣き落としの練習はいくらでもやってきていたが、まさかエリックから婚約を言い出す状況など、露ほども考えていなかったのだ。
エリックはそんなわたくしを見て、切なげに眉を寄せた。
「俺が…どれだけ君を想ってきたか、きっと君は知らないね」
「え…!?」
「俺が、どうして卒業まで婚約者を作らないと言っていたかわかる?」
「そ…れは、あなたが真面目だから…卒業して肩書を得るまではそういう方は作らないのだと…」
「違う。アデルが殿下と結婚するまでは、婚約者なんて作りたくなかったんだ」
「どういうことですの…?」
「本当に君が殿下と結婚してしまうまでは、まだ婚約を解消する可能性がある。そうすれば、俺が立候補できる」
「エリック…」
「万が一にも可能性があるならと…もしその時がきたらすぐに動けるように、誰とも婚約しなかったんだ」
「まぁ…!」
「女々しい男だと思ってくれていい。それでも俺は…」
エリックは、一瞬目を伏せたが、すぐにわたくしの目を見つめた。
「殿下が婚約破棄すると言った時、俺がどれだけ嬉しかったと思う?君をこの手に抱いて、よく何もせずにここまで来れたものだ…」
「エリック…」
うっとりとエリックを見つめると、すっとエリックの手がわたくしの頬に伸びた。
「エリック!それはちょっと聞き捨てならないな!そしてその手を引っ込めたまえ!」
使者の手配が終わった父上が思い切りつっこんできた。
わたくしがはっとして両親を見ると、父上の眉間にはしわが寄っているし、母上は笑いをこらえて唇を噛みしめている。
わたくしとしたことが、すっかり両親の存在を忘れていた。
よく見たら、部屋の隅にいる執事も侍女もむずがゆそうな顔をして見ているではないか。
(わ…わたくしったら、なんてところでエリックの告白を聞いてたのかしら!?)
エリックの告白。
そう、わたくしは、エリックに告白されたのだ!
ぶわわわわっと、震えと共に頭に血が上るのがわかった。
「ア…アデル!?」
遠くでエリックの声が聞こえた気がした。
最後になんて締まらない。
わたくしは、感極まって失神してしまったのだった。
アデルさんはもうキャパオーバー!