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令嬢は婚約破棄を企てる

今日は、休日。王子は王宮にいるはずだ。

先触れを出し、王子との面会を取り付けた。

急だが、わたくしは婚約者なのでこれぐらいの無理は通る。

王子は、庭園のガゼボで待っていてくださった。

わたくしが席に着くと、侍女が紅茶とお菓子を置いて、下がっていった。


挨拶もそこそこに、本題に入ることにする。


「殿下、折り入ってお話があります」

「なんだ?」

「リンデル嬢のことですわ」


わたくしは、ついに王子に物申すことにした。これまで、人の恋路に口を出すことはしなかったが、さすがにもう黙ってはいられない。

王子の恋の行方は、わたくしの人生の岐路に関わるのだから。


「アデルも話したそうだな。可愛い人だろう?」

「…お耳の早いことで。それはともかく殿下、単刀直入にお聞きしますが、リンデル嬢とのご関係はどのようなもので?」

「ん?アプローチはしているが?」

「…殿下、ただ追いかけるのをアプローチとはいいませんのよ」

「そうなのか」

「言葉でお気持ちを伝えたことはおありですか?」

「ないな」

「何か贈り物をされたりとか」

「それもないな」

「お手紙とか」

「ない」

「…………」


あれもない。これもない。ないない尽くしだ。

わかってはいたが、絶望的な状況につい項垂れてしまった。


(ほんっとに追いかけることしかしまいませんのね!!)


気を取り直して、できるだけ表情を整えて王子に向かい合った。


「殿下はリンデル嬢と結婚したいのですわよね?」

「ああ」

「はっきり言っておきますが、現状では無理ですわよ」

「そうか?」

「リンデル嬢に王子の気持ちは、まっっったく伝わっていませんわ」

「そうなのか」


王子は平然とした顔をしている。


「ちょっとは焦ってくださいませ!!もう卒業まで幾ばくもありませんのよ!」

「そういえばそうだな。リンデルを見ているのが楽しくて、すっかり忘れていた」

「…リンデル嬢は、どちらかというと王子に恐怖心をお持ちですわよ」

「なんでだ?」

「それは当たり前ですわ!あんなに執拗に追いかけ回しておいて、怯えないわけがないでしょう!!」

「…その怯える顔が可愛いのに…」

「とにかく!この五年近く王子に追いかけ回されて、リンデル嬢はすっかり王子を警戒しています」

「確かにな。私の気配を察して、ずいぶん俊敏に逃げるようになったものだ」


王子は目を細めてくすくすと笑っている。


「感心している場合ではありません!卒業まであと数か月。この短期間でリンデル嬢の警戒を解いて相思相愛になるのは困難ですわ」


あの怯えようを見れば、この考えは間違いない。いきなり優しく愛を囁かれても戸惑うだろうし、リンデル嬢は絶対に警戒度を強めるだけだ。

それに、王子が怯える彼女を楽しんでいる限り、この手法は無理なのだ。この王子が自分から改善して歩みよろうという気持ちを持っているわけがないのだから。

当の王子は、のんびりとわたくしに聞いてきた。


「何かいい案があるのか?」

「……既成事実を作りましょう」

「いくら私でも無理やりに行うのは好みではないぞ」

「そっちではありませんわ!わたくしと婚約破棄をして、リンデル嬢との婚約発表をするのです!!」

「私の一存ではさすがにできないぞ。リンデル嬢の了解もとれないだろう」

「いえ、それでもするのです。それも、場所は学園最後の卒業パーティーです」

「衆目の場で、知らしめてしまうという訳か?」

「…その通りです」

「私やリンデル嬢の評判も落ちるが、君やハワード公爵家にも泥を塗ることになる」

「それでもかまいませんわ」


きっぱりと言い切ったわたくしに、王子は目を瞠った。

そしてゆらりと青い瞳を揺らすとくくっと喉を鳴らした。


「君は、やっぱりいいね。あの時、婚約者にしたのは間違いじゃなかった」

「何をおっしゃって…」

「君がそうまでして私にリンデルを推すのは、私のためじゃない。自分のためだ」

「…………」

「私が、気が付かないとでも思うのか?君は昔からエリック・ダグラスしか見ていない」

「…お気づきでしたのね。まぁ最初に想い人がいることは、お伝えしてありましたわね」


わたくしは静かに王子を見つめた。

王子も足を組みなおして、わたくしを見つめ直した。


「エリックは、卒業するまでは誰とも婚約しないと言っていたな」

「その通りですわ」

「私と婚約破棄した後は、エリックを後釜に据えるつもりか」

「わたくしはそう望んでおります」

「どうやって?」

「どうにでもします。わたくし、エリックの優しさにつけこむのも吝かではありませんので」

「ふふふ。君はどうやっても望むものを手に入れるつもりだな」


王子は艶やかに微笑んだ。滅多に見られない、本当の笑顔。

わたくしの歪な本心を聞いて、ご機嫌になっているのだ。本当に嫌な男。

つい恨み言が出てしまう。


「殿下が早々に婚約を破棄してくだされば、もっと話は簡単でしたのよ」

「それについては謝らない。リンデルを除くと、あの頃も今も君以外の令嬢は不快なだけだからな」

「…信頼していただき、ありがたいお言葉ですと言っておきますわね」

「これから我々がすることは、後ろ指を指されるものだろう。だが他人がどう思おうとも、私達はお互い幼いころからの初恋を成就しようとしているだけだ」

「…良い方にとらえれば、そうですわね」

「まぁ、しかしそうやって婚約破棄をするのなら、父上と母上に許可はとらねばなるまい」

「ハワード公爵家にもですわね」

「忙しくなりそうだ。意外と時間が無いな」

「ようやくお分かりですか…」


王子はやっと動き出しそうだ。わたくしはため息をついて眉を顰めた。

時間が無いと思うなら、最初から正攻法でリンデル嬢にアプローチしてくれれば良かったのに。

もう何もかも遅い。

もっと早く助言をするべきだったか。いや、そうしてもこの王子は己の欲望に忠実に従ったに違いない。そういう人なのだ。

わたくしが捨て身の計画を持ち掛けたことで、ようやく真剣に考え始めたらしい。


ここまで来てしまったからには、たいした小細工は必要ないのだが。


王子殿下は両陛下に。わたくしは両親に計画を話した。

ノア兄様は留学中なので、ある意味助かった。有能がゆえに彼を説得するのは面倒なのだ。


どちらにせよ、当然ながら両親には大反対されたが、王子が両陛下とわたくしの両親を王宮に呼んで話をしたら、すんなりと希望が通った。

何を話したのかは、わたくしは知らない。どうせろくでもない脅し方をして、押し通したのだろう。

後々聞いたら、最終的にはお互いの母親が、渋る父親たちを封殺したらしい。

母は強しだ。


卒業パーティーの前日。わたくしは、王子と婚約破棄の段取りを最終確認していた。


「では、最後の挨拶で注目を集めたところで、宣言してくださいませね」

「わかっている」

「それから、リンデル嬢は逃がさないように」

「心得た」

「念のために、フォーン家の馬車の位置を確認して、できるなら御者を買収しておいてくださいませ」

「もうやった」

「……よろしいですわ。そして、リンデル嬢には申し訳ありませんが、パーティーが終わりましたら、そのまま王宮へ行ってもらいましょう」

「外堀を埋めて、私との結婚に備えてもらうのだな」

「そうです。ですが、老婆心ながらお伝えしておきますわよ。あまり怖がらせないようになさってくださいね。きちんと愛情表現することも大切ですわよ?」

「努力する」


優雅に紅茶を飲んでいるが、王子の瞳には暗い熱が灯っている。ここしばらく、リンデル嬢を油断させるためにあまり追いかけていないのだ。焦れているらしい。


婚約者として過ごした長い間に、王子の瞳やちょっとした表情の変化で、何を考えているか大体わかるようになってしまった。


(全く嬉しくありませんわね…でもそれも…やっと明日で終わりですわ…)


わたくしは、我知らず微笑んでいたらしい。

王子が話しかけてきた。


「随分と嬉しそうだな、アデル」

「やっと念願叶いますので」

「ひどい婚約者だな」

「よく言えますわね。わたくし殿下ほど人でなしではありませんのよ」

「いや、私と君は似た者同士だ」


王子はにっこりと微笑んだ。美しいが、どこか胡散臭い笑顔に眉を顰めてしまった。


「…どういうことですの?」

「気が付いていないのか?私も君も、相手のことなど二の次だ。自分が欲しいから、何をしてでも相手を手に入れると最初から決めているんだ」

「わたくしは…」

「それに、二人とも自分にはないものを持っている相手を選んだ。私はリンデルの無垢な輝きを、君はエリックの清廉さを欲した」


なんとなく的を射ていると思ったが、認めるのはどうだろうと口をとがらせてしまった。

だって、願っているだけでは、欲しいものは手に入らないのだ。

わたくしがここまでしたのは、この王子が邪魔をしたからなのだが。

それをわかっているのかいないのか、微笑みを湛える王子を、わたくしは恨めしく見つめた。


「…わたくしには、清廉さがないと?」

「わかっているだろう。私達は平気で人を陥れることができるんだぞ」

「陥れるとは言い過ぎでは…」

「何も知らないリンデルを私の生贄にしたのに?」

「…それは…」

「責めているのではない。私はこれでも君を大事な友人だと思っている」

「まぁ…」

「君はおそらく私の一番の理解者だ。そばにいてくれて、感謝している」

「殿下…」


驚きの告白だ。まさかこの王子がそんなことを思っていたとは。

さすがのわたくしも、目を瞠って驚いてしまった。

青色の瞳が、きらきらと輝いてわたくしを見ている。


「明日、君はやっと私から解放される。そして、一番欲しいものを手に入れるんだろう?それを想像して微笑む君は、今までで一番美しいよ。アデル」

「嫌な言い方しますわね…」

「君が明日、エリックを首尾よく捕まえるのを祈っているよ」

「…えぇ、わたくしも殿下がリンデル嬢を逃がさないよう祈っておりますわ」


微笑みあったわたくし達は、はた目から見れば仲睦まじい婚約者同士に見えただろう。


そうして、卒業パーティーの終わり。


その衆目の中で、わたくし達は婚約破棄を実行した。



本編終了までもう少し!修正しながらなので一話ずつになるかもです。

エリックの見せ場はこれからです。

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