恋に落ちる瞬間
それはクッキー会をやった日の次の月曜日のこと。
私が登校していると糸成が前を歩いているのが見えた。私が声をかけようとしていると、糸成は考え事でもしていたのか赤信号なのに道路を渡ろうとした。糸成が車に轢かれそうになってしまう。
「危ない!」
私は慌てて駆け寄ろうとしたけど、間に合わない。
その時、糸成の近くを歩いていた女子が糸成を歩道側に引き戻した。追いついてみるとそれは先日、糸成が気になると言っていた花野アゲハさんだった。
「ありがとう、アゲハさん。ほら、糸成もお礼言って...。」
私が言っても糸成はただ、ただアゲハさんを見つめている。熱に浮かされたように。そんな糸成を見て、こう思った。人が恋に落ちる瞬間を見てしまった、と。
「いいよ、いいよ。危なかったから、止めただけだから、気にしないで。八雲くんも気をつけてね。」
花野さんは糸成の様子に気付かず、笑っていた。
いや、恋に落ちる瞬間というのは少し、違うかなと学校に着いた私は思った。朝の会が終わった後、今日も遅刻ギリギリだったおみそに今朝あったことを話すとおみそは
「それ男女逆じゃない?」
とだけ言って首を傾げた。
そういえばホームルーム後に糸成を見かけなかったなぁどこに行ったんだろうと思いながら、席に着き、一時間目の授業を終えた。すると良が珍しく声をかけてきた。
「糸成の様子がおかしい。ホームルームが終わった後、隣のクラスの前に行って、廊下から花野アゲハを見つめてた。っていうか今も行ってるらしい。」
糸成はその日休み時間になる度に花野さんを見つめに行っていた。
「糸成、やめなよ。」
私は花野さんを一心に見つめる糸成に声を掛けた。
「なんで。」
「なんでって花野さん困らだろうし。みんな不気味がってるよ。」
「...それでも見つめてたいんだ。」
そう言った糸成に私はなんと返せばいいかわからなかった。
花野アゲハ 菜乃花たちの隣のクラス。美人で人気者。