割れた窓ガラス
私が良の家に通うようになってから、次の週の月曜日、私は糸成と廊下で声をかけられた。
「菜乃花、良のところに通っているんだって?もしかして、僕が良と関係を断つと言った件で?」
「だって、糸成、良のこと避けてるでしょ。もともと教室で2人は話す関係じゃないし、クラスの人は気づかないかもだけど2人とも出席番号近くて席近いんだし私にはバレバレだよ。」
「へえ、本当に通ってるんだ。下らないことしてるね。」
「下らないことって...。」
「下らないことだよ。良が謝ってくるとは限らないじゃないか。それより、クラスの誰かが菜乃花が良の家に行ってるの見たみたいで噂になってるよ?」
「それこそ下らないよ。」
異性の幼馴染というのは恋人だとなんだのと囃し立てられることが何かとあるが、私たちはそういう関係ではなく、そういう噂は極力スルーしている。
「まあ良は誰よりも菜乃花のいうことは聞くから、分からないけどね。」
「え?」
「あー、良って昔からなのちゃんに逆らわないよねー!」
私達の会話に突然入り込んできたのはおみそだった。私は慌てて問う。
「ちょっと!もしかして、今の話聞いてた?」
「え、良がなのちゃんのいうことを聞くって...。」
「それだけなら、いいんだけど。」
良の万引きの件はおみそに言わない方がいいような気がした。おみそが言いふらすとは思わないけど母のことで悩んでいるらしいのに心配事は増やしたくなかった。
良が教室で部活動の友達と騒いでる声が聞こえた。何か口論してるようだ。
「荒れてるみたいだね。」
糸成が苦笑して言った。
その日の放課後も私は良の家へと向かった。しかし、良がなかなか口を割らないので詰問し続けるのもなんだし、雑談してり、一緒にゲームをするようになってしまってる。
「良、今日友達と喧嘩してた?」
「別に喧嘩じゃない。ちょっと言い合いになっただけ。」
ピコピコと私と良は対戦ゲームをしながら会話する。こうして遊んでいると小学生の頃を思い出す。
「それ喧嘩じゃない?」
「細かいことはいいんだよ。」
「ふーん。そろそろ白状する気になった?コンビニでのこと。」
「お前も諦めないよな。」
良が顔を歪めながら言った。だって私は諦めたくないのだ。私達の関係を。
事件が起こったのはその次の日のお昼休みだった。
良が昨日口論していた相手と教室でとうとう殴り合いの喧嘩を始めたのだった。
「やめなよ!」
私は慌てて止めようとしたが、良に突き飛ばされてしまう。そして後ろにいたおみそにぶつかってしまった。
がシャーン!
その音がおみそが寄りかかった窓ガラスの割れる音だと気づくのに数秒かかった。おみそは小柄だが、窓ガラスはもともと少し古くなっていたのだろう。教室内が静まり返る。
「おみそ、ごめん!大丈夫?」
幸いにもおみそに怪我はないようだったが、瞳に涙固まっていく。
「大丈夫?怖かったよね?」
私が聞くと、泣きじゃくりながらおみそは囁くように言った。
「良、ここ数日、変だ。なんかずっとピリピリしてる。」
その言葉を聞いた良が驚いた顔をしている。きっとここ数日というのは良が万引きしてからのことだろう。事情を知らないはずのおみそも何かを察していたらしく、良はそのことに驚いたのだ。
しばらくして、クラスメイトの誰かが呼んだのか担任の先生が来て、私たちは事情を聞かれた。幸い怪我人もいなかったし、良と良の友人の喧嘩もそれほど深刻な内容ではなかったらしいのでお咎めはないらしい。ただし、家に連絡は行くかもしれないということだった。
神妙にしている良の横顔を見て、私は何となく良は万引きのことも含めて反省しているのではないかと思った。
その日の夕方、私が良の家に行こうか迷っていると糸成から電話が来た。
「八雲糸成ですが、菜乃花さんいらっしゃるでしょうか?」
「いや、菜乃花ですけど。」
「ああ。良が万引きの件で今日謝って来たし、コンビニにも品物返して来たっていうからその報告。」
「え、本当?」
「コンビニの店長さんも一応許してくれたみたいで、家に連絡はしないってさ。散々怒鳴られたしいけどね。」
「そっか…。」
「今回の件で嫌な思いはしたけど、噂になったのもあの1日だけだったみたいだし、水に流すことにしたよ。」
「学校側に言ったりはしないのかな、良。」
「その必要はあまりないんじゃない?僕も知らない子だったって言っちゃったし。今のタイミングで良がそんなこと言い始めたら、ややこしくなっちゃうでしょ。」
「そっか...。」
私はそう言いながら、良と糸成が仲直りしたらしいことにホッとしていた。