Ep-9 Side-R その目に映るもの
…さて、どうするか。改めて考えるとかなり無機質な人間だな、オレ。勧められた通りに防具を探すか、それとも何か他のことで時間を費やすか。
防具屋、行ってみるか。ついでに明日以降をどうするか、考えるか。町の中ぶらぶらしながら。
オレはバレットさんから地図を借りて、防具屋『命綱』へと歩を進める。
…ふと気になる。『友の手』に居た女。オレを見てからずっと考え込むような仕草をしていた。多分、名前も知らないくらいには初対面の人間なんだろうが、オレに対して何か思うところでもあったんだろうか。
『友の手』を素通り。交差点を左に曲がって直進。書店を目印に右へ。少し入り組んだ所に『命綱』はあった。…へぇ、二階は別の武器屋が入ってるのか。実質武具店だな。
「いらっしゃーい。」
は?どういう事だ?
「お客さん、今日はどんな物をご所望で?」
目を疑う。違いないんだ。アイツと。
「…お客さん?」
透き通った緑の髪も。横に大きく飛び出た耳も。一部分だけ飛び出てる髪も。その、眼も。
「…あの。あんまりマジマジと見られても…」
「うぇ?あぁ、悪い。ちょっと昔の知り合いを思い出してさ。適当に見ていくから、気にしないでくれ。」
「はぁ…」
アレは九割九分、トキ・ウェーバーで間違いない。だが何故だ?フェネクス内部でもあれだけ生存者が居ないと言われていたのに?じゃあ、オレみたいな生き残り方をしたっていうのか?違う、それはないと考えていいはずだ。アイツは戦い方を知らない。じゃあなんたッ…なんなんだッ!
「チッ…気味が悪い…」
…一度落ち着け。むしろ考える事が増えてよかったと思え。時間は有り余ってるんだ。今は自分のための防具を探そう。比較的動きやすいやつ。
見てみれば革製も金属製も、比較的いいものが揃っている。流石三百年前の戦争でイルミストに対抗し得た勢力。武具製作の技術もしっかりと伝承されているみたいだな。
冒険者として活動する以上は、革だけでは少し心もとない。出来れば防御力も一応ある…これだな。ブリガンダイン。
見てくれは革製のベストに近い。だが裏には金属片が打ち付けられており、装甲として機能する。防具としては軽い上、メンテナンスも簡単な方。元々当たる気もないし、一発分耐えてくれれば御の字って気持ちでいいか。うん…丁度いい。
「ありがとうございましたー!」
オレはついでに上階の武器屋で手頃なナイフも入手。この時期よく売れるからか少し安めなのは助かった。明日からは手頃なバイトを探して潰すか。多分あそこなら人数の足りない場所の一つや二つ、抑えてるだろうしな。
店を出てしばらく進む。本屋か…アイツ、本好きだったよな。特に英雄の話。何回聞かされたかわかんないけど、あの希望に満ちた目はオレじゃ止められなかった。あんだけ聞かされまくった話も、もうアイツの口からは聞けない。…そう。アイツはいないんだ。考えるだけ無駄。むしろ頭の中がグチャグチャになって、頭の中をかき乱す。
足が勝手に早くなり。
あれだけ似ていたって他人の空似でしかない。
進む先はバレットさんの下。
考えるな。アイツは死んだ。
逃げ場を探して、そこを選ぶ。
その日のオレはどこかおかしかった。許可を取り、場所を借りて、一人で頭が真っ白になるまでトレーニングに励む。
「はッ…はッ…」
息が切れてもそれを無視して続ける。体に負荷をかけて。一つ一つの動作に精密さなんてない。意味のあることかすらわからない。考えていない。ただ本能のまま、体の動くがままに。一息すら入れずにただ続ける。
「これ、そろそろやめにしとけ。」
「はッ…はぁッ…なん…ですか…ッ!」
「だいぶ固まっちゃいるが、まだ粗い。体任せにするのはしばらくやめとけ。無闇にやってもいい結果は残せない。お前だってわかってるはずだ。」
「はッ…は…ふゥ…」
返す言葉もない。動きを止めて、体勢を変えて座る。
「とりあえず時間もそこそこだし、ここら辺で上がりな。」
「…すいません。ありがとうございます。」
「あいよ。お疲れさん。」
完全に見抜かれていた。お陰で落ち着いてしまった。結局、その日は眠れこそしたが最悪な夜だったな。考える時間こそあるが、否定し続ける時間は苦痛以外の何でも無かった。