Ep-6 Side-N 帰還
僕が協会立冒険者アカデミー・イルミスト校を出てから2年くらい経つ。今の所、ハント・セイヴァー(サブ・メインでクラスは表記される)として活動して来た中で固定のパーティーは持っていない。まあ第二級冒険者が高望みしちゃいけないなぁ、と期待こそしてはいないが。
「結局帰って来て一年くらい経つけど、こんなもんかぁ。」
イルミストでの生活を終えて、故郷のカルティア自治都市領内『クリサンセマム』に帰っての一人暮らしは悪いものじゃない。冒険者は第二級冒険者向け依頼をこなすだけでも十分な生活が出来る職業ではある。それ以下になると他との兼業や、冒険者活動というよりバイトを主収入にすることもあるみたいだが。幸い実技面で学年トップクラスの成績を残した僕にはあまり縁のない話だった。
ふらふらと体を動かして、向かう先は便利屋『友の手』。
「らっしゃい。ん、」
「エミリオかぁ…」「ノエルかぁ…」
うわぁ…被った。しかもエミリオが店番してるって事は姉さんいないんだ…どうしよ。
「あのさ、姉さんにガントレットの修理頼んでたんだけど…」
「ん、多分まだ終わってないんじゃないかな。イレギュラーがあったっぽいし。」
「イレギュラー?」
「本来だったら三日前には帰って来る予定だったんだけど、まだ帰って来てないんだ。」
ふと扉の開く音がする。姉さんかな?
「おいすー。」
「らっしゃい。姉貴はいないぞー、バレットの兄貴。」
「ん、居ないのか?エスゴニアから戻って来たから、せっかくだし顔くらい合わせとこうと思ったんだが…」
バレットとやらは、どうも『フェネクス』所属の傭兵らしい。腕の立つ奴だってのは間違いないか。
「ふーん、まぁそれは置いといてだ。いいこと教えてやるよ。兄貴。」
「なんだ。」
「姉貴はアイナムの南にあるペルシカに行ってたはずだ。」
「なん…だと…?俺のいた場所じゃねぇか…」
エミリオはなんか楽しそうにニヤつきながら話している。取り敢えず横の方にいこう。邪魔にならない様にした方がいいだろうし。
「本当だったら三日くらい前には戻ってたはずだが、イレギュラーがあったかまだ戻ってないぞ。あー、兄貴が居合わせてれば手助けできてたのかもしれないのになー。(棒)」
「すまん…俺もう行くわ…」
なんかテンション落ちてるなー。とぼとぼと彼は店から出て行く。
「今度は仕事の一つくらい寄越せよー。」
テンション落とした張本人が言う言葉なんだろうかそれ。少し彼の態度に関して気になったので、聞いてみることにした。
「今のは?」
「んー、仕事で来た時に宿探しの手伝いしたらしくてさ。そん時の顧客。半年くらい前からここに住み始めたんだけと、どうにも姉貴を気に入ったらしくてね。遊び相手にはちょうど良かったかな。」
とかなんとか。いいのかそれ…
少しの間、他愛の無い雑談をしていた僕達。また扉が開く。
「ただいま。あ、ノエル君もいるのか。ちょっと待っててくれ。」
姉さんと綾さん。あと見たことない子が一人、店の中に入って来る。
姉さんは店の奥へ。階段を上る音が聞こえ、
〈エミリオ、ジョージさんからなんか受け取ってない?〉
「ん、あれか?あれが修理頼まれてた奴?」
〈そう。〉
「すまん、ちょっと待ってろ。すぐ取って来る。」
しばらくしてエミリオが木箱を持って来て、
「これであってるか?」
と確認を取って来た。うん、間違いない。僕のガントレットだ。
「うん。大丈夫。」
「そうか、じゃあまずはこの修理具合で満足できるか、確認してくれ。」
左手にガントレットを装着、感触を確かめる。動きも申し分ないし、壊れてた装甲部分もバッチリだ。消耗してた革も新しいものに変わってる。
「大丈夫なら金額の確認だ。材料費で250アーチ、修理費で170アーチ。あと仲介料で150アーチ。計570アーチだ。いいな?」
「うん、わかった。これで頼むよ。」
600アーチで払い、30アーチ返ってくる。
「今度はジョージさんとこ、直接頼みに行ったらどうだ?多分喜んで見てくれるさ。」
「じゃあ、今度場所を教えてよ。」
「そんくらいならやったる。そんなに距離もないし、付いて行ってやらんこともないぞ。」
ん…?なんか後ろから気配が…?
「な・に・ふ・た・り・で・い・ちゃ・つ・い・て・る・の・か・ナァ〜?」
あー、この人のこと完全に忘れてた。背後から防具を外した綾さんが抱きしめて来る。正直この人の場合避ける方法が思いつかないんだよなぁ…何回やっても避けきれないし…無駄に抵抗はしないことにした。
「うんうん、素直な子はおねーさん大好きだよー!」
「うわぁ…相変わらずだなぁ、ホント。」
「えっ、えっ?あの?お二人ってそういう!?」
あーもう、面倒だなぁ…
「んっ…違いますよ!綾さっ、離してくださいっ、なんか変な勘違いされるっ…!」
それと、あたってるから。いくら小さいとはいえ、ちょっとは気になるんだよそれ…
「はいはい、暴れんなら外でやってくれないか…」
「ぐぇ、ぢょ、や゛め゛で゛、ぞ゛ご゛…」
いつのまにか戻って来てた姉さんが、ストールを首の後ろで掴み、倒す。
「はぁ…」
僕はため息一つつき、名も知らない少女に挨拶をする事にした。
「僕はノエル・クラウド。よろしくね。」
「あ、よろしくです…じゃなくて!えと、トキ・ウェーバーですっ!こちらこそ、よろしくお願いします。」
ようやく息が落ち着いたのか、綾さんが口を開く。
「うーん。やっぱりアレをすると此処にいるって感じだね〜。」
「少しは自重してくださいっ…!」
多少は怒りを込めたが本気でないことは伝わっている筈だ。
さて、また誰かが入ってくる。
「たーだいまっと、トキ、話はつけて来たよ。なんとかなりそう。」
「本当ですか!よかった…」
入って来たのは暁さん。
「なんとかなるって…一体何やったらなんとかなるんだそれ…?」
姉さん、納得しない。なんの話だろ?
「一番わかってるのは綾じゃないかな?あの出力はそうそう出せやしない。それだけで価値があるってもんさ。」
「あー、そういう方向で話つけたのか…」
この後、トキって子がカルティアの魔法研究会『ティルディヌア』に所属することになるって聞いて驚いたのは、言うまでもない。相当大きな組織だったからね。
出力、か。彼女が今後ウィザードとして活動するなら、一緒に戦ってみたいものだね。