Ep-4 Side-W 種蒔き
気が付いた頃には、また彼女に抱きかかえられていた。いい加減、名前を聞かないと…
「落ち着いた?」
そう言われて頷く。
どうやら私は半狂乱状態だったらしく、また手間をかけさせてしまったらしい。落ち着きを取り戻してここが冒険者さんの宿泊地であること、そして何より彼女がいることがあの悪夢が現実だったことの証明になる。
「何から何までお世話になってしまってすみません…」
落ち着いてきたといっても混乱していることには変わりない。いまだに信じたくはない。
「あのっ、私、トキ・ウェーバーっいいます。もしよろしければ、お名前を教えていただけないでしょうかっ!」
「ああ、名乗ってなかったっけか。」
彼女は少し考えるそぶりをする。
「そうだな、アヤって呼んでくれればいいかな。」
自身の名前を伝える際に一呼吸置いたことに対して少なからずと疑問を持つ。アヤ。確か、英雄譚にあった英雄の名前。昔から、英雄や偉人の名前をとってつける人は少なからずいる。
「いい名前ですね!本当に英雄みたいで…」
左利きの魔法剣士。風と雷を操り、剣術、魔術共に一級品。うん。ぴったりだ。
持ち上げられたことが少しばかり気恥ずかしかったのか、軽く目をそらされた。
「まぁ、名前のことはどうだっていいんだ。それよりも、次のことを考えないと。」
次のこと。ごもっともだ。本当の所、なぜ私だけ助けたのかとか色々聞きたいことはある。
状況を整理すれば、職無し、金無し、住む所無し。生活すらままならないのは明らかだ。となると、「11でも受けられる仕事」「居場所」が必要。無理難題だ。
「あぁ、どうしよう…」
がっくり肩を落とすも、そうしている暇はない。何か方法は…
考え込んでいる中、唐突にドアが開く。
「お仕事終了〜。たーだいまっと!」
「騒ぐなアホ、って起きてたんだ。」
前髪のうち、二箇所が特徴的にはねている赤髪の獣人…かな?と後ろからこれまた特徴的な前髪を持った左目の隠れている女性。正面からだと気付き辛いが、ミディアムショートくらいのねずみ色をした髪から二箇所だけが膝くらいまで伸びている。なんか見たことあるかも…
「綾、奴さん東の方へ離れていったよ。」
「なら一先ず安心出来る…か。」
安堵こそしているが、歯切れが悪い。それはいいとして、あの二人は…?
「あぁ、私はノゾミ。よろしく。」
「そして私が暁!よろしくねっ!」
しっかし不思議だな。なんでみんなファミリーネームについて触れないんだろう?多分事情があるんだろうし、触れないでおくのが正解だろう。
「さて、一応私達も今後のことについて考えてはきた。少し心苦しいが、あんまり長居できる訳でもないしね。」
暁さんに促されて、重苦しそうに口を開く。そっと覚悟したかのように。
「綾、私達は六日後にここを出発しよう。ここ『フェネクス』が引き上げるのに合わせれば、多少は安全なはずだ。それでなんだが―」
「あの!私も連れて行ってもらえないでしょうかっ!」
遮るように。それくらいしか望みがない。何もわからないまま一人になるよりは、頼りにできる人がいた方が幾分か気楽だ。
「…本当にいいのか?海を越えるから、なかなか戻れなくなるというのに。」
「行き先は関係ないです。ここに残る理由もありません。」
正面から見据えて。
「そうか…ならあっちでの仕事探しとかは手伝おう。」
「あと、良ければなんですが…」
「ん?」
「私に戦い方を教えて下さい!」
踏み切った。この人達なら、私の願いを受け止めてくれるかもしれないと期待した。ゼロからなら失うものもない。なら…
「何が得意?」
少しの沈黙の中から口を開いたのはアヤさんだった。得意な事。役に立つものだったら…
「風属性なら少しコントロールできます。」
「少しじゃ実戦で使えたりしない。」
バッサリと。まぁ、事実である以上、仕方のないことだ。
「まっ、綾が適任かもねー。私はそもそも戦い方が根本的に違うし、ノゾミに至ってはマインドが使えない真人間だから。どっからあんな身体能力引き出してんのかわかんないけど。」
「うるさい。二割はアンタのせいだろ。」
「八割自力じゃないか。とにかく、教えるも教えないも私は綾任せかな。」
「んな適当な…ってか私に教わっても冒険者にはなれないぞ?冒険者教導ライセンス持ってないし。」
続いたのはノゾミさんの放った衝撃の一言。
「そもそも綾は冒険者ですらないからな…」
え?どういうことだろう…?そもそも冒険者じゃない…?
考えられる理由は二つ。冒険者養成課程を修了していないか、あるいは何らかの事情によって冒険者権限を剥奪されたか。
この実力で課程を修了していないとは考え辛い。じゃあ後者だろうか?否、そういった行為を行う人ではないだろう。じゃあ何だろう?単純に会員登録を行ってないだけ…?
「教えることは構わない。一夜漬けレベルでも簡単な援護くらいはできるでしょ。問題は出力がどんなもんか、だね。」
やった…!
「いいのか?本当に。あ、そうだ。一応トキさんの分の宿代はミッションの報酬で立て替えとくけど、戻ったら成功報酬と一緒に払ってもらうからな。」
「うへぁ…わかってるけど、ちょっと痛いかも…」
色々あったけど、まだ手元に平和という安心感は残っていたのかもしれない。