Ep-2 Side-W 私の手の中から
幼心に英雄に憧れ、私は魔術師を目指す。いつも遊んでくれていたジン兄さんやコダマとは、誰が一番魔法をうまく使えるか競い合ったっけ。それをやると、だいたいジン兄さんが負けるんだ。そんな平和が私の手からこぼれ落ちるのは、ほんの一瞬だったんだ。
巨大なバケモノ。その特徴、大きな翼、鋭い鉤爪、一見トカゲやヘビなどを彷彿とさせるような頭部に硬いウロコ。所謂、ドラゴンという奴だ。それが今、木々をなぎ倒して私達の帰る場所をことごとく壊して行く。
声なんて出るわけもなく、固形状に固まった空気が喉を詰まらせ息を止める。
「ドラゴンだー!」
「やっちまえ!俺達の居場所を守るんだ!」
「住民の避難を優先しろ!」
「弩弓部隊、放てェ!」
ドドドドドッ!
森の集落にいる全戦力が集結し反撃を試みるも、その効果は認められない。
「グルァァァァアアアアアア!!!」
鋭い鉤爪が空を裂く様に振り下ろされ、やがてその凶刃は一人のエルフを殺す。
「ヒデが!」
私には戦う力がない。その場を離れる他無かったのがたまらなく悔しかった。
やがて離れたところから火が上がり、上空に黒い影が現れる。必死で逃れようとするが、無論向こうのほうが速い。無我夢中で走っていた為、一人になっていた私に狙いが定められ、その巨体が真っ直ぐに降りて来る。
―潰された。そう思った。
「あぁもう、コイツみたいに硬いのは得意じゃないってのに…ッ!」
生きてる…体が動く。
「ねぇ、生きてる?」
声に反応するように顔を上げると水色がかった銀髪の少女が。
「顕現せよ、万難を排す我が烈風。」
ドラゴンとサシで対峙していた。バラバラと砕けたウロコが地に落ちる。その様子を見るに魔法で勢いをつけた蹴りやらの打撃をモロに食らったらしい。
「生み出されし魔弾は、盟友を守る力なり!」
彼女は四肢の全てに魔法陣を宿していた。左手に握られた短めの剣でドラゴンの向けてきた首を打ち払い、首元に何発もの魔弾を撃ち込んで吹き飛ばす。
―綺麗。
言葉が出ない。あまりに突然で。いや違う、それは言い訳だ。本当は見惚れていたんだ。まるで…英雄譚に出てくる英雄のようで。強くて、格好良くて、救世主のように。男だったら確実に惚れていただろう。
「さっさとここを離れるよ。トキ。」
「えっ、えっ?うぇ!?」
なんで名前を…?彼女は私を担ぐと先程までそうしていたように足の魔法陣で姿勢制御をして空を舞う。さも当然かのように。
深呼吸をしようとして、それがマズイことだと気付くくらいには落ち着き、軽く彼女を小突く。すると高度とスピードを下げてくれた。
「落ち着いた?」
「は、はいっ!ありがとうございましたっ!」
「じゃあそろそろ降りようか。森からはだいぶ離れた。けど、後ろは見ない方がいい。」
身体を地につけて、考える。考えてしまった。言葉の意味を、理解してしまった。容易に想像できたことだ。振り返ってしまう。
「あっ…あぁ…森が…集落が…みんな…死ぬ…?」
視界が歪む。わかっていた、わかっていたのに。あの時ドラゴンの弾いた矢が、自分の心には真っ直ぐに突き刺さってしまうという事実。私にはその悲しみをはねのける事が出来なかった。だから。
「なんでッ!」
摑みかかる。理不尽に。
「なんで殺してくれなかったのッ!」
どちらの意味だったんだろう。死にたかったのか、守って欲しかったのか。
彼女は。名前すら聞いていない彼女は真っ赤に染まった森を見据え、こう答える。
「…ごめん。」
ただ一言。わかってる。あの得物ではドラゴンは普通、殺せない。あれでは魔物を構成する『マイナーマインド』を分断しきれないし、消耗させきるのも難しい。けど何処か、英雄の様な彼女に期待している面はあった。
はじめは困惑しながらも、彼女は泣き噦る私を抱きとめてくれた。暫くしてから彼女が呟く。
「もう、行かなきゃ。」
彼女が私を担いで移動を再開する。その頃既に、私の意識は夢中へ消えていた。