第八話 Beginning of a new battle, the fist of fire Again
自分の過去を捨てたい。逃げたい。
そんなことを思ったことはないだろうか。
絶望の過去は、時に現在の自分の足を止める。
――自分が死んだと気付かず、脱出の為修羅の道を行く少年も。
鞭打って逃げても、追いかけてくる。
――失恋の記憶を忘れようと、罠と気付かず洗脳される青年も。
どこまでも、どこまでも。
――過去を知って、一度立てなくなった。
だけどいつかは、それを受け入れ、立ち上がるしかない。
――でも二人は、他の皆を守る為、戦った。
それだけが、それだけが。
――二人とも、自分の過去を乗り越えた。
過去という鎖に縛られた人間が、過去を断ち切る為に出来る事。
――そして三人目の戦いが始まる。
――どんな人でも、過去との戦いからは逃れられない。
◇◇◇
「準備は出来た?」
「はい。陛下」
「じゃあ、始めるよ」
「御意」
皇帝の椅子に座り、ほぼ灰色一色で構成された部屋を見回す男は。
王や皇帝というにはまだ若い、だが国を治めるに足る覚悟と才覚を持つ少年。
マグニ帝国皇帝。シジン・マグニ。
彼は父・オリア・マグニの死後、若干十四歳にして皇帝に就任し、アジアの小国に過ぎなかったこの国を、四年で中国に次ぐ大国にした。
その少年は、ある資料を手に取り、読み始めた。
そこには、ツンツンした薄い金髪の少女の写真が写っている。この少女は、シジンが二年前に、滅ぼした《タイガード共和国》の残党を率いた少女であり、そして最後の生き残り。
《タイガード最終個体》――コリューメ。
だが彼女は現在、精神を凍結されており、簡単に言えば心を閉ざしている状態。そのコリューメを洗脳し、ある者と戦わせる。
その、ある者の詳細は次のページに載っていた。
コリューメに顔が似た、紫の髪の少女。
上杉がやらせていたデスゲームで、炎の拳を繰り、戦っていた日本人の少女。
彼女の戦闘能力と運動能力は、日本人の平均を超えている。
この日本人と、コリューメ、そしてマグニ帝国が誇る四天王を戦わせてみたい。シジンがあのデスゲームを見ていて思った事だ。
「さあ、楽しいショーを始まりだよ」
そう呟いてから、シジンは声を出さず笑う。
◇◇◇
眼が、覚めた。
最初に映ったのは、灰色の空。
周りの景色に、先まで私がいた近未来風の部屋を再現したVR空間の面影は存在せず、一本の道と灰色の城が見えた。
「こ、ここは?」
私がよく遊ぶ、ファンタジー系VRゲームを彷彿とさせる景色。
明らかに、私はデスゲーム会場とは別の空間にダイブしていることを物語っている。
私は倒れる前の事を、思い出してみた。
上杉はあの空間から消える前に、消えた。
その理由を彼は《奴等》の襲撃と言っていた。
となるとこの空間は、上杉の言う《奴等》が生成したVR空間なのだろうか。
そして、フタメは無事なのだろうか。
「フタメさん!! いたら返事して!!」
フタメの声は無い。例えどこかにいたとしても、今の彼女は心を閉ざしている。
誰かが、彼女の心を助けなければ、彼女は永遠に話すことも、動くことも出来ない。
どうすれば・・・・・・。
『ようやく、目覚めたみたいだね』
上杉とも、あの科学者とも違う、聞き覚えの無いソフトな声音。
「この世界に、私達を閉じ込めたのは君達か?」
『そうだよ。僕がコリューメ達の国《タイガード共和国》を滅ぼしたマグニ帝国の皇帝。シジンだよ、よろしくね』
皇帝を名乗る少年、シジンの口調はとても皇帝とは思えない。
「フタメさんはどうした?」
『安心してよ。殺してはいないよ。
というか、これから君がやってもらうゲームに、
彼女の存在は必要不可欠だ』
ゲーム?
『これから君には、あの城にいる四天王と戦ってもらうよ。
そして、全員を倒してコリューメを見つけ、助けることが出来れば、僕と戦うことが出来るよ。僕に勝てれば、君をコリューメと共に日本に帰してあげる。
でも、ここで死んだら、コリューメと一緒に現実の肉体も死ぬ。
分かった?』
コリューメを助けたい。
勿論。やるさ。
「いいよ。その勝負受けて立つ!!」
『じゃあ、健闘を祈るよ。頑張って、僕に倒されに来てよ』
倒されるつもりなどない。この最後の戦い、負けるわけにはいかない!
「うおおおおおおッ!!」
この世界でも使えるらしい、運悪く参加したゲームで二回、私の好きなゲームで何度も発動した《炎の双拳》を展開しながら、私は石畳を蹴った。