第六話 Truth and tears
『ゲーム終了。一時間後にログアウトします』
「終わった!! これで帰れる!!」
「生き残ったぞ!!」
私とフタメ以外の全員が、歓声を上げる。
どうやら最後の《裏切り者》は松田だったようだ。
フタメは十体の龍を出現させて、松田を倒したが、彼女自身はそれを覚えていないらしい。
多くの犠牲は出てしまったが、これでゲームは終わった。フタメと会話でもしようとした――その時だ。
部屋の照明が赤く染まり、謎の警告音が流れる。
宙には《WARNING》の文字。
「なんだ!? 何が起きた!!」
「怖いよー!!」
参加者達は混乱している。
その警告音から、すぐの事。
二進数のノイズを纏った人影が、神の如く目の前に舞い降りた。
人影が近未来的な床に着地すると、警告表示とアラートが消え、部屋の照明も元に戻った。
人影を覆っていた二進数のノイズが消えるとそこには。
見覚えのある、金髪。見覚えのある、ダークスーツめいた黒いブレザー姿。見覚えのある、青い瞳の神秘的な美貌。
彼は、前のデスゲームで死んだ筈だったのに。
「上杉、お前どうして!!」
「確かに私は、あの事件で貴方の目の前で、あの少年と共に死にました。
ですが死ぬ前に、私のデータをネット上にコピーしました。
私は、多数あるコピーの一つです。
このデスゲームは、私がVRゲームクリエイターを洗脳して行わせたものです」
「ふざけるな!! これ以上お前の好きにはさせない!!」
「私と戦うのは構いませんが、その前にフタメさんに話さなければならないことがあるので待って下さい」
「わ、私にか?」
「虎龍双女さん。貴方は自分が何者か分かりますか?」
その質問に、迷うような顔をしながらフタメは答える。
「私は、ただの女子高生だ」
「『今の貴方』はそうですね。しかし、『現実の貴方』は違います。
虎龍双女さん――いえ、コリューメさん。貴方の本当の姿を、お教えしましょう」
そう言ってから、上杉は指を鳴らす。
仮想のスクリーンに、映像が映し出された。
◇◇◇
中国からおよそ半年と二ヶ月をかけて、韓国まで移動した。あと五ヶ月くらいで、日本に行けるらしい。
フィナード達の国《タイガード共和国》からの出発時は三十人いた仲間は、フィナード含めて十六人にまで減っていた。
キーガは暗殺に失敗し、命を落とした。
――次は俺が、あの女を斬る。
フィナードはドアを開けずに、剣でコリューメがいる部屋のドアを破壊した。
「コリューメ、俺と勝負してもらおう」
今度は着替え中でないことを確認し、剣を下げた。
頭巾とゴーグルで顔と髪を隠した女性のリーダーを見た瞬間、ドアを壊す前――いや一年と二ヶ月に妹を敵軍に殺された事に、微塵も心を動かしてくれなかった時以上の殺意が湧いてくる。
今ならまだ、何もしなければ現状より良い状況になることもないが、悪い状況になることもないと脳のどこかがフィナードに言った気がした。
だが彼の答えは単純だ。
『こいつに任せれば、自分含め十五人が亡命前に命を落とし、その度に、死んだ人間はこの女に無慈悲に切り捨てられる。そんなのはもう終わらせたい。どんな結果になろうと知ったことか』と。
「私に、挑むのか?」
「これ以上、お前の為に命を捨てることを誰が望むものか! リーダーなのに、仲間を守ろうともせず、仲間が死んでもそれだけで片付ける。
そんな無慈悲な貴様に、リーダーたる資格は無い!」
「言いたいことは、それだけか?」
韓国に来るまでに、十四人を犠牲にしたリーダーの言葉が重くフィナードの耳に響く。
「どうした? 言いたいことは、それだけかと聞いているんだ私は」
そう言われて、フィナードが思いもせず口が出したのは、笑い声だった。
「――はっ・・・・・・あはは。ははははははははははははははッ!!」
コリューメも、急に笑い出したフィナードを見て動揺している。
何故自分が笑っているのか、フィナード自身にも原因は分からなかった。
笑い終えてから、フィナードは彼女に自分が一番嫌いな、そしてコリューメの口から何度も聞いた、感情の篭もっていない声で低く言う。
「お前には、感情はないのか?」
コリューメは後ずさった。それが仲間十四人を使い潰した人間の行動かと思うと、心底笑えてくる。
――自分達を無慈悲に突き放した機械の心を持つ女が、実はこんなビビリだったのかと。
「・・・・・・・・・・・・、してよ」
後ずさったコリューメが、小さな声で言う。
「なんだと?」
「言って、分からないのなら、こうするよ」
震え声でそう言ってから、コリューメは自分の頭巾とゴーグルに手をかけてから、素早く外した。
頭巾とゴーグルが外れ、素顔が露わになったコリューメの顔は、噂通りの美少女だ。
ボーイッシュなツンツンした金髪に、サファイヤのような二重瞼の青い瞳は今にも泣き出しそうに濡れていて、口も何かを我慢しているように歪んでいる。
その顔のどこにも、顔と髪を隠していた『機械のような心を持つ』コリューメの面影は無い。そこにあるのは、十六、七の年相応の少女の泣き顔だ。
そしていつの間にか、一歳年下の少女に胸ぐらを掴まれ、壁に叩きつけられていた。一年前、フィナードがそうしたように。
「感情が、ないなんて言わないでよ。私だって、好きでリーダーになったわけじゃない。
だから『覚悟のある人だけ付いてきて』って言ったんだ。
その言葉の意図も読めず、半端者ばかり付いてきて、私に勝手について来た人のせいで私が咎められて。
それでも、私に期待する人がいるから、リーダー扱いされている私は無闇に人前で泣けなくて。
陰で一人、涙を流し、胸を痛める者の気持ちが、君に分かるのか!?」
この少女の涙や言葉は、演技ではなく本物だとフィナードは確信した。
コリューメは元々三十人いたフィナード達の中で、恐らく誰よりも心が弱かった。でも彼女自身は、他の者の為に誰よりも強い存在でいようと自分自身を律した。
確かにコリューメ自身が誰かの助太刀をしようとしたのは希だ。だが、あの森で皆が諦めていた事をコリューメは自ら進んでやろうとした。その結果、多くの犠牲は出てしまったが、日本まであと一歩の所まで来られた。
そして根の優しいコリューメは、仲間が死ぬ度に勝手に付いてきた者に対して涙を流していたのだろう。
それを知らず、いや知ろうともせず、己を律する努力をしていたコリューメを無慈悲と突き放したのは紛れも無い――。
フィナード自身だ。
「すまん・・・・・・コリューメ」
そんな一言程度では、慰める事も出来ないと分かっていたが、それ以上の言葉を言うことは出来なかった。
「許す。だがその代わり頼みがある。
君の剣の力を借りたい。私も積極的に皆の壁となり戦う」
「御意」