第十五話 Girl's past
「どうだ、私の勝ちだ!」
倒した、その時はそう思い込んでいたが。
甘かった。
倒れた筈のフタメが立ち上がり、私の右足に左拳を叩きつけたのだ。
「くッ・・・・・・」
右足を傷付けられ、立ち上がれなくなり、私は地面にしゃがんだ。
「はあ、はあ・・・・・・」
ゴーグルを外したフタメが、私を見る。
それだけで、辛さが増す。その瞳は私と六週間を共にした友人の物なのだから。
その瞳の持ち主が、口を開く。
「もう死んでくれ。私の前から消えてくれ。
頼む」
「嫌だよ! 私は君と帰りたい!
フタメさんと一緒にいたい! だから過去を乗り越えて、一緒に帰ろうよ!」
私が叫んでから、フタメは最後にこう言った。
「なら、君は私の過去を完全に知ってもそう言えるのか?
私の過去を知り、絶望するがいい。これが、私から全てを奪った絶望の過去だ!」
フタメの右手の龍が、青く光り。
動けない私を。
容赦なく、齧りついた。
◇◇◇
ここは、どこ?
目覚めると、私は白い空間に一人でいた。
フタメも、フタメと戦ったあの空間もここには無い。
その白い空間は、いつの間にか消え去り。
私は謎の村らしき場所に現れた。
その村は。村にしては大きく、城もあるが。国というにはあまりにも小さい。
所々、荒らされている畑や民家も存在しており。
辺りを見回しても、人が外に出ている様子は無い。
その村の、ある建物から。
一つの産声が聞こえた。
「おぎゃああああああ!」
その民家に駆け足で近付く。
そこにいるのは。お腹を膨らませ、ベッドに横たわりながら荒い呼吸をする女性と、その女性が産んだと思われる赤子を抱く男――即ち赤子の父と思われる者と、女性――赤子の母親の出産を手伝ったと思われる初老の女医。
赤子を産んだ女の声が聞こえる。
「はあ、はあ。あなた、名前は何が良いと思う?」
男は赤子を抱きながら口を開く。
「俺達は、この戦争でどれくらい生きられるか分からない。
もしかしたら明日にも、俺達は死ぬかも知れない。
だけど、この子だけは無事に生き残って欲しい。
強そうな名前を付けよう。
虎と龍は、異国で強い動物として有名だ。異国語で虎はコ、龍はリュウと読むらしい。
だから俺は、強くなって欲しいという願いを込めてこの子に、コリューメと名付ける」
あの赤子が、コリューメ・・・・・・。
これは、コリューメの記憶なのか?
そこでまた白い空間になり、一瞬でまた同じ村に移動した。
だが今度は先よりも崩壊が進んでいる。
過去のコリューメの様子を、私が駆け足で見に行くと。
コリューメを抱えて逃げる父親と、母親の姿があり。
家の側に近付くと、その家に向かって一筋の黒い固体が衝突し。
刹那、家は内部から爆発によって崩壊した。
上空を見ると、敵国の飛行船らしき物体がある。
そこから更にシーンは飛んだ。
新居に引っ越したコリューメの一家。コリューメは六歳にまで成長しており、料理をする母親の近くにあるテーブルで本を読んでいた。この頃から、顔は私に似始めている。
その家に近付こうとする男が二人。
軍服を着ているが、敵兵では無さそうだ。彼らはコリューメの家のドアをノックする。すぐに母親が扉を開け、男達を見る。
男から書状らしき物を受け取ったその時。
母親らしき人物は涙を流してその場に崩れた。
それを見ていたコリューメが、読んでいた絵本をテーブルに置いて、駆け寄り。
男に聞く。
「何しにきたの?」
何も言わずに書状を母に渡した男が、遂に口を開いた。
「実は、その・・・・・・。
君のお父上の話を」
明るい笑みで、少女は訊く。
「お父さんが、どうしたの?」
首を傾げながら、それでも無邪気な顔で質問する少女にこんな事が言えるのだろうか、と考え込むような顔を一瞬してから、兵士らしき男が答える。
「君のお父上、ペテロ殿は、ご友人のリョウヤ殿と共に戦場で死んでいた」
その言葉を理解出来なかったのか、少女は目を丸くして再び問う。
「え? なんで?
父さんは、絶対に死なない。
何かの間違い。そうだよ。間違いに決まってる。
全て貴方達のジョークなんだよね?」
「残念だけど、戦争終了後に向かった兵士が撮った写真もある。
それに、この遺骨も。彼のものだ」
坪に収まった遺骨に見せられながら、それでも少女は言う。
「こんなものが私のお父さんなわけがないッ!
もしそれが本当だとしたら、なんでお父さんの代わりに死んでくれなかったの!?」
あまりに無礼極まり無い態度に、男は堪忍袋の緒が切れたのか、男は剣を取り出す。もう一人がそれを止めようと、男の体にしがみつく。
母親は少女を庇う。少女は瞳孔を開かせながら、同時に口も小さく開けながら男を見る。
「あいつらは、お前達を守る為必死に戦った・・・・・・。
あいつらが死ぬ覚悟で戦ってくれなかったら、お前達が死んでいたんだぞ。
お前はたった一人なんかの為に、他の兵の命を軽んじて見ている。
そんな無礼者に対し、何で剣を振り下ろすことを許してくれないッ!」
剣を振り上げながら、硬直する男が言った。
次いでしがみつく男も口を開く。
「ここでこの少女を殺しても、意味などありませぬ!
どうかお止めになって下さい!」
しがみつく男が言い終えると、剣を振り上げていた男が脱力する。
そして、剣を収納した。
男二人は、そのまま逆方向に歩いて行く。
私は思った。この極限状況で、あの二人のどちらが正しいかなんて、答えはきっと出ないと。
親を心の支えにしていた少女にとっては、父親が死ぬということは己の命が消えるに等しいものであり。
国を思い戦ってくれた兵の命を何故父の為に使わなかったと駄々をこねる少女は、兵士全員の恨みを背負って、剣を抜いた。
どちらが正しいのかなんて、私に分かる筈もない。
そこで、再び白い空間。
その次に現れたのは、何かの学校の近く。
白い頭巾で頭と口を覆い、ゴーグルで目を隠す七歳くらいの少女が一人、鞄を提げながら扉を開ける。
机に座ると、一旦ゴーグルと頭巾のマスクを外してから息を吐き、再び装着した。
その時のコリューメの瞳は、父親を失ったばかりだからなのか、コリューメが松田や私との戦いで見せていたあの暗く青い瞳に似ている。
コリューメ以外の少年少女が十人くらい教室に入ってから、教師らしき男性が扉を開けた。
そこで子供達は、何かに気付いたのか辺りを見回し、教師の顔を見る。
「昨日まで起きていたマグニの侵略で、エルマとアリシス、そしてクライバとジョニーが死んだ。皆はいつも通り、学校生活を送るように」
騒がず泣かず、ただただその事実を受け入れる子供達をよそに下を向き、ゴーグルの下にある瞳から涙を流すコリューメ。
その涙を無理矢理止め、すぐに上を向き、平静を装った。
この国では、人が死ぬのが当たり前になってしまっている。だがコリューメだけは、人が死ぬ度に涙を流していた。彼女は、国で一番精神が弱かったんだ。
それからもコリューメの悲しい思い出は続き。
遂に母親の下を去り、生き延びなければならなくなった時。
彼女は、感情を偽らず叫びながら拳を握り、敵兵に向かって叫んだ。
「お母さんに、近付くなァァァッ!!」
彼女は両拳で敵を圧倒しながら、国の外に向かって走り出している。
コリューメの母親は、敵国の兵士に撃ち殺されていた。
そこでまた白い空間。
次に現れたのは、森の中。タイガードの生き残り、コリューメを含めた三十人。
一番精神が弱いはずのコリューメが、彼らの前に立ち言う。
「覚悟がある者だけ、ついてこい」
その日から、彼女はリーダーになった。その言葉は震えていて、自分が率いる自信が無いようにも読み取れた。
だが誰も、その時は彼女に不満は持たず、自然にその少女がリーダーとして行くことになり。
途中から、彼女に対しての不満を持つ者が現れたが、その者は自分がリーダーになろうとは考えていなかった。
やがてコリューメの活躍もあり、安全な洞窟に身を隠す三十名。
コリューメに頼まれた男が、一人洞窟を出る。
その青年の容姿は、昔アサミが見たことある顔だ。私が初めて巻き込まれたデスゲームで、犠牲者を出してでもクリアすることを目指していたあの青年。
髪の色と服を除けば、完全にあの青年だった。
青年が三十人に接近してくる敵兵の姿を見つけた時、コリューメに声を掛け、彼は妹らしき人物に話しかけた。その妹も、あの青年の妹にそっくりだ。
妹らしき人物は走って白髪の青年を追いかけたが、途中転び、敵兵に脳を撃たれて絶命し。
それを知った白髪の青年は、コリューメに報告し。
コリューメの態度を見た白髪の青年は、胸ぐらを掴み挙げて叫んだ。
「いいか!? 人が死んだんだ! なのに何故お前は平気そうなんだ!」
コリューメの心の声が、私に聞こえた気がした。
――人が死んでも、涙一筋すら流さない態度を取っていたのは君達なのに、なんで君だけは私に反応を求めるの? と。
コリューメは調子を変えずに、答える。
「人が死んだのを泣いたり、喚いたり、怒ったりして、それに何の意味があるの?
そんなことをしたって、君の妹は生き返らない。
私にそうして欲しいなら、そうするべき理由を説明して欲しい。
ともかく、明日敵が来るかも知れない。今日はもう休みなさい」
白髪の青年はそれを聞いて、コリューメを解放した。
コリューメは座り込んでから、眼を閉じ。そして再び開く。
彼女の心の声が聞こえる。
――悲しむ必要は無い。死んだのは、ストラノの覚悟不足に他ならない。私は最初から全員で亡命など不可能だと思っていたんだから。だけど何故だ? 何故胸が痛い? あの男に胸ぐらを掴まれたから? 違う。いや、考えるな。少なくとも、今は、自分は正しいと思い込め。泣くのは後でも良い。
一瞬の白い空間。そして再び別の日の別の部屋。
コリューメは一人、椅子に座り、また手帳のようなものにバツ印を付けてから。
机に両拳を叩きつけた。
心の声。
――何でこんなに苦しいの? 何で私はこんなに弱いの?
両拳を叩きつけるコリューメは、泣いていた。他の人間には、冷酷なリーダーを演じつつ、影で泣く。
そんな日々が続き。遂に彼女は、白髪の青年の前で泣き、感情をさらけ出した。
その青年は彼女が弱さを隠す為そんな態度をしていた事を知り、以後彼女のパートナーとして戦い、その内コリューメは青年に恋愛感情を抱き始めたが。
青年は日本亡命まであと一歩の所で絶命した。
その場面が終わり、もう見飽きた白い空間になってからは、もう移動はしなかった。
代わりに、コリューメの声。
――これで分かったでしょ? 私が失った物は大きい。故に何を言われたとしても、私は心を開くなんて無理なんだよ。この先にある未来が、これ以上私から何かを奪ったとしたら、そんなものに耐えられる筈がない。もう限界なんだよ。
――もう、やめてよ。私に何も言わないで。
違う。
フタメさん。確かに君は私が思っている以上に多くのものを奪われ、傷ついてきた。
だけど、この先にある未来が君から奪うかどうかなんて分からない。逆に君に多くのものを与えてくれる筈なんだ。
――でも。怖いんだ。
なら。私が。
不幸から守ってあげるから。君をこれ以上傷付けさせはしない。
――アサミ・・・・・・。
再び、あの空間に戻る。
気付けば、フタメは膝をついていた。
私は龍に食べられなかったらしく、頬の傷と足の傷以外の外傷は無い。
「アサミ・・・・・・」
明るい光に満ちた瞳で、フタメが私の名を言う。
「フタメさん・・・・・・」
私とフタメは、抱擁し合った。
だがそこに。
『感動の再会中、申し訳ないねえ。
まだこのゲームは終わってないんだよね』
空から、雷のようなものがこの部屋に降る。
出てきたのは、その声の主であろう少年――シジン・マグニ。
「さあ、アサミさん。
戦おうか」
少年は不敵に笑う。
私の顔は引き締まった。




