全年齢版と十八禁版
女将?「昨日はお楽しみでしたね」
俺「うるせぇよ!」
これ、「全年齢版」だ!「十八禁」じゃないんだ!出来事そのものは起きるが、何をしたのかは覚えられない!
つまり、「気持ちよかったな」という気分は残るが、「何をしたのか・どのようにしたのか」を忘れてしまうのだ。
朝起きたら、隣に服を着た......服を着たカエデが寝ていたのを見て、「あ!俺、この子と寝たね。でも何をしたんか、全然わからない」と気付いた時、どれだけショックだったか!
俺「NPCのお前に分かるか!この俺の苦労が!俺の辛さが!」
女将?「仰る通りでございます。一従業員であるあたしでは、お客様の苦労が分かりかねます」
あれ?女将?
俺「若い女の子に代わってる!?」
???「お初にお目にかかります。あたしはヤマチカ ヒイラギ、この旅館の看板娘で~す」
俺「あ!いやいや!言わな...あぁ~」
名前を聞いちゃった。「ユニークNPC」と知り合いになった。
よりによって、役立たずの一人目に続き、二人目も「宿屋の受付」という役に立たなさそうな奴だ。
ヒイラギ「お客様、ヒイラギはまだ若いですけれど、もう立派に成人していますよ。受付もできるし、こう見えて、家出したこともあります。近くの商店街の人気者で、かつて王族の人に『息子と婚約してくれ』と頼まれた事すらあります」
俺「そっすか」
嘘に決まってる。宿屋の娘がそんなロマンチックなエピソードを持ってる訳がない。
ヒイラギ「それでは、ご注文をお伺います。今日の一押しメニューは採れたて卵の目玉焼きをトッピングしたクロックムッシュと本店独自のミックスフルーツジュースですが、いかがなさいます?」
俺「お好み焼き!今、無性にお好み焼きが食べたい!」
カエデ「あ、朝に...おこのみゃき?」
あ、カエデが噛んだ。
俺「え?なんだって?」
カエデ「ぐぅ~...」
顔真っ赤になった。
俺は他人のミスを絶対に見逃さない・聞き逃さないしっかりした人間でよかったな!
ヒイラギ「『おこのみゃき』ですね!かしこまりましゅた!こちらのお客しゃまは?」
カエデ「うぐ...」
人語を忘れたカエデが小声でなんか言った。
ヒイラギ「すいません、お客しゃま。よく聞き取れましぇん。もうしゅこし大きな声でお願いできましゅか?」
カエデ「うぅ...」
初対面なのに責めるね。ドSか?
カエデ「アマクモ様...」
泣き声で俺に助けを求めるカエデ。ココロガオドル!
俺「あぁ...ヤマチカ ヒイラギ?」
ヒイラギ「はい!何でしょうか?アマクモしゃま?」
飛び火がこっちに!?
俺「...さっき言ってた『おすすめ』?」
ヒイラギ「『一押しメニュー』ですか?」
俺「あぁ、そうそう!それ。それをお願い」
ヒイラギ「では、『おこのみゃき』一人前と『一押しメニュー』で御座いますね。『おこのみゃき』のお客様は飲み物、どう致しましょうか?」
俺「そのネタもいいよ。飲み物は適当に...コーヒーにしよ!」
カエデ「コーヒー!?」
俺「噛めよ!空気読めない奴だな!」
カエデ「ぐっ...」
カエデが小さくなった。
ヒイラギ「では、ご注文を繰り返します。おこのみ...」
俺「あ~ベラベラベラベラベラベラベラベラ...」
カエデ「?」
繰り返さなくていいから、早く行け!
...とか言えないから、茶化した。
ヒイラギ「クスッ、お客様面白~い」
俺「あれ?怒らない?」
ヒイラギ「そんな!お客様に怒りを抱くなんて、店の看板娘であるこのヤマチカ ヒイラギがする訳ないじゃありませんか。お客様は神様。神様は讃えられる者。失礼な態度など致しませんよ!」
そう言っている割には初対面の俺にフレンドリーに喋ってるね。これは「失礼」じゃないのか?
ヒイラギ「しかし、お客様。今更ですけど、もう一度お聞きします。このオーダー、本気?」
俺「オーダーって、お好み焼きの事?」
ヒイラギ「お好み焼きとコーヒーがセットで朝食として注文した事です。あのね、朝食というのはエッグ・ハム・パン・コーヒーの四つセットが鉄板です。エッグは何でも合うし、少し塩気のあるハムとの相性が最高と言ってもいいでしょう。でも、相性が良すぎてがっつり食べ過ぎてしまうことは多々ある為、良すぎる相性を中和する為に、腹持ちの良いパンが挙げられました。喉を潤う為のコーヒーはパンとの相性もまたよくて...その結果、エッグ・ハム・パン・コーヒー。コーヒーをご注文するなら、あたしはそれをお勧めします」
俺「はぁ...いや、俺はお好み焼きを食べたい」
ヒイラギ「良いんですか?後で後悔することになりますが、本当に良いんですか?エッグとハム、いいぞ!コーヒーにパン、最高!一押しメニューのクロックムッシュがお勧めですよ。目玉焼き、目玉焼き」
俺「お好み焼きに載せればいいだろうか!そういう種類のお好み焼きもあるよね」
ヒイラギ「でも、朝食ですよ?お好み焼き、朝食、重くありません?頭大丈夫?」
俺「......」
さりげなく俺を罵った?
俺「...ただ、俺が、注文したものを、黙って、出して、くれない?」
ヒイラギ「かしこまりました!それでは、少々お待ちくださいね」
ヒイラギが楽しそうに去っていた。何だ?あいつは?
しかし一秒後、ヒイラギはもう料理を持ってこっちにきた。
ヒイラギ「お好み焼きとコーヒー、そしてこちらのお客様は『一押しメニュー』のクロックムッシュとミックスフルーツジュース。どうぞ、召し上がってください」
俺「......おう」
この速さは何だ?物理的に出来るのか?
時計を見たら、予想以上に時間が過ぎた事に気がついた。
つまり、「イベントのない時間帯」は省略されるのか?そうなのか?
俺「まあいいか。亜夢」
ヒイラギ「...(にこにこ)」
俺「無若無若」
ヒイラギ「...(にっこり)」
なぜだ?なぜ、ヒイラギは俺の隣の席に座ってニコニコしてる?
料理を持ってきたら帰っていいのに...なのに、ここに残ってる。しかも、俺の隣に座ってる。
ここはキャバクラ?
俺「あの、見つめられると食べ辛いんだけど...」
ヒイラギ「それも、ウチの売りの一つなのです」
俺「何の売り!?」
ヒイラギ「食事する姿を観察されて、あたかも牢獄に住む囚人のような気分を味わえる幸せ」
俺「そんな幸せなんてない!囚人だって、食事まで監視されないよ!」
獄卒だって、余程な変質者でもない限り、鉄格子の向こうにいる囚人がパン一枚に喰らいつく姿を酒のおかずにしないだろう。
ヒイラギ「もしやご経験がおありですか?そうなると、店の従業員として、お客様とのお付き合いについて改めて検討する必要がありますかもしれます」
俺「ンな経験あるわけないだろう!」
疲れた...イジルのは好きだが、イジラレルのは嫌いだ。
さっさと食事を済ませて、この場所から逃げ出そう。
...ノリでお好み焼きを注文したが、いざ食うとなると「重いな」と思う。朝にお好み焼きはないわ、絶対にない。
吐きそう...
ヒイラギ「あの、お客様。お連れ様は先ほどから何も喋っておりませんが、ご病気でしょうか?」
俺「お前はすげぇ失礼な奴だな、本当に。お前の所為でカエデが黙り込んじゃったというのに、『ご病気』って。ただでさえ影の薄いキャラなんだ、影の濃いお前が彼女の存在感を消したんだよ」
カエデ「影が薄い!?」
ヒイラギ「これは失礼致しました。お客様が悩んでいることに気づけず、このヒイラギ一生の恥で御座います!お客様は神様。神様はカエデ様!」
カエデ「い、いいえ。『様』付けは...」
ヒイラギ「何を遠慮することがありましょうか!どうかこのヒイラギめに何なりとお申し付けください。今すぐに!」
カエデ「そ、そう言われても...」
ヒイラギ「さあ!さあ!!さあ!!!」
俺「ごちそう様!じゃ!」
殆ど食べてないカエデの手を引っ張って、俺は席から立ち上がった。
さっさと宿屋を出よう。これ以上ここにいると、あの小娘が「旅のお仲間にしてください」とか言い出しかねない。
ヒイラギ「あ、待ってください!ヒイラギの話はまだ終わってません!」
無視して外に出た。
外の空気がおいしい!うるさいのがいなくて最高!
カエデ「あの、ありがとうございました」
俺「え!何で?」
いきなり感謝された!俺は何かしたか?
カエデ「困っているわたくしを助けて下さって、とても嬉しいです。わたくし、ああいう人が...ちょっと苦手です」
俺「そう?まあ、俺も好きじゃない」
カエデ「アマクモ様もそうですか?」
俺「ああ」
さあて、今日は何しよう?
金策もレベル上げも飽きたので、そろそろ次の町に行こう。
カエデ「アマクモ様と同じ...わたくし、アマクモ様と仲良しになれますね!」
俺「ああ」
食料、テント、水...後地図とかも揃った方がいいかも。
贅沢に言えば「紙」タイプじゃなくて「ナビゲーター」的なものが良いなぁ。この世界の「時代」から考えればありえない話だが...
カエデ「そんなはっきりと肯定されると、その、ちょっと困ります!」
俺「ああ」
周りの人の中に、一人「小僧」がいる。きっとあの小僧が情報屋だな!
俺は見た目に騙されない賢い男だ。
カエデ「アマクモ様...話、聞いております?何だか集中していないように見えますが...」
俺「おい、ガキ!」
小僧「んぁ?」
俺「幾らだ?」
小僧「え?」
俺「『幾ら』と聞いてんだ」
小僧「え?それって!?お、オレは売り物じゃねえぞ!幾ら払っても駄目だぞ!」
俺「誰がお前みたいなクソガキ買うか!かまととぶってないで秘密な情報を出せ」
小僧「情報?何の事?」
俺「なんか隠してたろ?吐けや」
小僧「な、何も隠して...」
俺「あん?」
小僧「き、昨日、おねしょ、した...」
俺「そんなことどうでもいい。次の町に一瞬で着く秘密のルートを教えろ」
小僧「え?そんなこと...くぅ」
俺「泣くフリもしなくていいから、早く言え。時価八割引きで買ってやる」
小僧「時価なんて知らないよ!うぅわぁぁぁ!」
マジ泣きした!
チッ、どうやらこの小僧、情報屋じゃなくただの小僧らしい。
カエデ「アマクモ様!一体何をしているのですか?」
俺「子供を泣かしてた」
カエデ「なんでそんなことするのですか?ああもう!ごめんね、もう泣かないで」
小僧「ぅぅ、お姉ちゃん...」
カエデ「ごめんね。ほら、涙を拭いて」
カエデがポケットからハンカチを取り出して、小僧の涙を拭きとった。
彼女はいつハンカチを買ったんだ?
カエデ「ほら、これでお菓子とかを買って。もう泣かないでね、男の子なんだから」
小僧「ぅ...うん。ありがとう、優しいお姉ちゃん。サヨナラ」
カエデ「さよなら」
小僧が走っていた。
ほほう、こいつは良い。飴と鞭、北風と太陽、良い警官悪い警官...
カエデ「見損ないました。アマクモ様が子供をいじめるような人だと思いませんでした。どうしてこんな事をしたのですか?」
俺「あぁ。地図を買おうと思ってな」
カエデ「地図?それは普通に本屋で売ってるようなあの『地図』ですか?」
俺「そうだ。それ以外にも色々買いたい」
カエデ「それを、どうしてまだ幼い少年から買おうとしたのです?おかしいではありませんか?しかもあの言い方...とても本当の事を言っているとは思いません。本当にあの子から『地図』を買おうとしたのですか?」
俺「実はと言うと、俺はあのガキが秘密の情報屋なんじゃないかと疑っているんだ」
カエデ「じょうほうや...?情報屋!何でそんなありえない想像したのですか?どこからどう見ても普通の子供じゃありません?」
俺「それこそがあのガキの狙いだと思えないのか?無邪気な子供を装い、極秘情報を集めてたに違いない」
カエデ「本気でそんなことだと思っているのですか?」
俺「可能性はある、極めて低いかな」
カエデ「アマクモ様...素直に自分が悪いと認めたらいかがでしょうか?」
俺「その通りだと思うが、今更だろう?あのガキはもうとっくにどこかに行ってる。謝罪する相手もいないのに、認めてもしょうがないだろう?」
カエデ「そんなことありません!謝るべき時に謝れるかどうかはとても重要なことです!」
俺「あぁ、はいはい。ゴメンナサイ。これでいい?」
カエデ「そんな誠意の籠ってない謝罪はダメです!相手がいなくても、ちゃんと誠意のある『ごめん』を言えるようにならないとダメです!」
俺「籠ってるように見せればいいのか?そっちの方が誠意を籠ってないじゃないのか?」
カエデ「そういうことを言ってるじゃありません!どうしてそのように捻くれているのですか?」
カエデをイジルのが楽しい。ユニークNPCとなるとここまで面白いのか?
...一つ悪い事を思いついた。
俺「そこまで言うなら俺の代わりに地図を買って来てくれる?」
カエデ「わたくしが代わりに...?ど、どうしてそういう事になったのですか?」
俺「俺があのガキから地図を買おうとしたからお前に怒られたじゃない?だったら、お前が代わりに地図を買って来てくれれば...全て収まるじゃないか?」
カエデ「わたくしが怒ってる理由はそれではなく...」
俺「でも、俺がお前を怒らせた事をした根本的な原因はそれだ。お前が積極的に前に出ないから、俺が服を買い、宿を取った。お前は何もしていない。何もしていないのに俺に怒るの?烏滸がましくない?」
カエデ「え?えぇ?えぇえええ?」
俺「さ、今度はカエデの番だ。知らない人に地図をもらって来い」
カエデ「今からですか?」
俺「今せずしていつする?さ、早く行け!」
カエデは「なんてわたくしが...」とか、「わたくしが悪いの?」とかぶつぶつ言って、近くの露店の売店に向かった。俺は遮蔽物を見つけ、覗き見ることにした。
彼女は一歩進んだ。振り向いて俺を見つめて、暫くしてまた一歩進んだ。まるで初めて月に着陸したかのように慎重に前に進む。
しかし、どれだけゆっくり進んでも、売店は逃げていかないので、彼女は遂に店先に着いた。
カエデ「ぁ、あ...」
店員「......」
男性店員が本を読んでてカエデに気付いていない。
カエデ「ぅ、ぅぅぅぅ...」
店員「ん?」
ようやくカエデの存在に気付いたのか。
店員「うわっ!い、いらっしゃい!」
カエデ「あ、あ、あの...」
店員「何か欲しいものがあるのか?何でも言ってくれ!無かったら次まで入庫しとくんで、遠慮なく!」
カエデ「あ、ち、ちず...」
店員「え?なに?」
カエデ「ひっ!」
カエデが固まった。
店員「どした?調子悪い?中で休んとく?アイス一本なら奢るよ」
カエデ「ぇ、え...っ」
店員「もしかして熱中症?」
店員がカエデに触ろうとした。それが引金となり、カエデはその場から逃げ出して、俺の後ろに隠れた。
店員「えぇ!?」
今度は店員が固まった。その後、真っ白いになって倒れて、椅子に座った。本も読まなくなった。
可哀想に...
俺「お前の所為で一人の青年がいきなり彼女に振られた時の気持ちを味わってしまった」
カエデ「お、思い出すの...あの時の事」
レイプされた時の事?なるほど、合点がいった。
「人見知り」だけの問題じゃないようだ。
ヒイラギ「お、お困りの様ね!はぁはぁ」
後ろから声がして振り向いたら、ヒイラギが息を荒くして現れた。
俺「別に困ってないよ」
ヒイラギ「いいえ!困ってますね。丁度あたしも困っているので、助け合いましょう!」
俺「間に合ってる」
ヒイラギ「そんなことありません!寧ろ、今すぐにあたしと隠れてくれないと、間に合わなくなってしまう!」
俺「何の話?」
ヒイラギ「後できちんと説明しますから、今はあたしと一緒に隠れよう!」
ヒイラギが俺の手を引いて歩き出すが、俺は立ち止まって動かなかった。一緒に行く理由もないし、一緒に行きたくなかったから。
ヒイラギ「『お逆様』?」
俺「ん?なんだ?」
ヒイラギ「どうして動いてくれないの?」
俺「どうして動かないといけないの?」
ヒイラギ「あたし、お客様に『一緒に隠れよう』と頼みましたね?」
俺「俺は『いいよ』とは言ってないよ」
ヒイラギ「ここは普通に一緒に隠れる場面でしょう?とにかくあたしと一緒に来て、理由は後で説明するから」
俺「理由があるなら今説明して」
ヒイラギ「急いでるの!説明する時間がないの!」
俺「時間がないなら早く説明して。時間がないでしょう?」
ヒイラギ「だから説明するから!後で説明しるから、お願いします!」
???「あ!見つけた!」
見知らぬ通行人が現れた。
ヒイラギがその通行人を見て、「見つかれた」と呟いてため息をついた。
???「ヒイラギちゃん、探したよ。どうしていきなり仕事を放り投げた?」
ヒイラギ「あんたに関係ない」
???「関係なくないよ。僕は貴女の幼馴染だから」
ヒイラギの幼馴染?この設定は重いね。斬っても切れない縁だ。
???「あの、すみませんがどちら様でしょうか?」
俺「ん?」
通行人がヒイラギに手を引かれてる俺を見て、隠しきれない敵意を抑えて俺を見つめる。
俺「知らない人だ。いきなり手を引かれてて困っている」
???「そうなんですか。すみません」
ヒイラギ「酷い!知らない人だなんてあんまりです!えっと...そ、そうだ!うちに一晩住んだじゃないの!否定してもダメだよ、事実だから!」
???「一晩!?どういうこと?」
通行人は隠しきれない殺意を抑えて俺を睨む。
俺「そうだな。一晩五百円、結構安かったんだな」
???「五百!?」
ヒイラギ「へ、へぇぇ、否定しないんだね。ふ、ふふ、そ、そうだよ。ウチは...安い」
ヒイラギの顔がリンゴのように赤くなっているが、強がって誤解を大きくした。性格は「負けず嫌い」?
???「ヒイラギちゃん!?」
ヒイラギ「な、なによ?あたし自身の事、あんたには関係ないでしょう!」
???「関係あるよ!僕は、ヒイラギちゃんを守らなきゃいけないんだ!」
ヒイラギ「誰もそんなこと頼んでいない!あたしの人生はあたしの物、あんたに守られなくても生きていけるの!」
???「でも、約束したじゃない!子供の頃に...」
ヒイラギ「子供の頃の話でしょう!っていうか、お客様逃げないでください」
二人が争っているうちに逃げ出そうとしたが、失敗した。
俺「忙しそうなので、邪魔をしたら悪いでしょう?」
???「お客様?」
通行人が俯いて思索して、その後パッと顔を上げた。
???「もしかして、昨日205号室に住んでいたアマクモさんですか?」
俺「...よくわかったな。誰、お前?」
聞いた次の瞬間に後悔した。ユニークNPCを自分から増やした事に気付いたからだ。
???「僕は昨晩の献立を用意した板前:ヤマチカ トオルと申します。一応、うち『夕焼亭』の花板ですが、いや、別に自慢したいんじゃないんです」
俺「あぁ。明らかに自慢しているけど、それでいいよ」
はないた?偉いのか?
トオル「すみません。昨日、一度お目に掛れたのにすぐに思い出せずに申し訳ありません」
俺「あぁ、うん、いいよ。俺も全然覚えれいないし、お互い様だ」
トオル「ありがとうございます。そして、すみませんでした。きっとヒイラギちゃんに無理に付き合わされて、迷惑でしたね。申し訳ありません」
ヒイラギ「無理じゃないもん!そもそも、あたし今度は本気だよ!」
トオル「いい加減にしてください、ヒイラギちゃん。これで何度目だ?」
ヒイラギ「『何度』もないよ!たぶん、二度目だよ!」
トオル「もう十三回目だよ。お客様に無理を言って仕事から逃げようとしてる事が...」
ヒイラギ「数えてたのかよ...だから顔立ちが良いのに、女の子にモテないんだよ」
トオル「そ、それとこれとは関係ないよ!それに、別にモテなくても...」
俺「あ~、俺、用事があるので、行っても...?」
ヒイラギはいまだに俺の手を放していない。茶番を見せつけられてる。
トオル「あ、すみません、引き止めてしまって。すぐにヒイラギちゃんを連れ戻します」
ヒイラギ「いや!あたし、帰りたくないの!嫌なの!」
トオル「言う事を聞いてくれ。女将がかなり怒ってたよ」
ヒイラギ「知らないもん!あたし、あのボロ宿屋を継がないもん!別の仕事を探すの!」
トオル「別の仕事って、他に何かやりたい事、あるのか?」
ヒイラギ「ある!」
ヒイラギはトオルの拘束を振り解き、俺の両手を掴んで自分の胸元まで引き寄せた。
ヒイラギ「お客様は冒険者でしょう?あたしを冒険に連れてってください!」
ほら、来た。お荷物はこれ以上要らないのに...
俺「冒険者じゃないよ」
ヒイラギ「嘘です!鎧を着ていないのに剣を装備している人は冒険者だけです。お客様は冒険者に違いないのです!」
俺「これは装飾品だ。武器じゃない」
ヒイラギ「職業は『戦士』じゃないですか!軍に所属していない『戦士』は冒険者だけです!」
俺「ぐんに所属している」
ヒイラギ「嘘です!鎧を着ていないじゃない!もう隠そうとしないでください!」
俺「チッ」
鎧は支給品かよ!「ぐん」という場所に所属すればよかった。
そしてヒイラギがうざい...どうしよう?
トオル「ヒイラギちゃん、もう止めよう?」
ヒイラギ「止めても無駄だよ。あたし、今日から冒険者になる」
トオル「でも...」
ヒイラギ「うるさい!『なる』と言ったらなるの!」
トオル「......」
ヒイラギの性格に「わがまま」もあるようだ。「人見知り」に次「我が儘」?嫌だよ!
...殺すか。
俺「そこまで言うなら、覚悟を見せてもらおうか?」
ヒイラギ「覚悟?はい!覚悟はある」
トオル「ヒイラギちゃん!?」
俺「よし、ならば...」
俺は剣を引き抜いて、剣先をヒイラギに向けた。
ヒイラギ「え?」
俺「俺に斬られて死ななかったら、冒険に連れていてもいい」
ヒイラギ「死ッ!」
俺「じゃ、いくよ」
ヒイラギ「ひっ!」
カエデ「ダメェェ!」
カエデが俺とヒイラギの間を遮った。
今まで無言だったのに、「勇気のある」という設定が彼女を動かしたね。
俺「退け、カエデ。一緒に斬られたいか?」
カエデ「アマクモ様、その剣で斬られたら彼女が死んでしまいます!意味もなく人の命を奪わないでください」
俺「人は死んだら消えるだけだ。最初からいなかった人だと思って気にするな」
カエデ「ダメ!人の命を軽視するのは絶対にダメ!それに、天山城の中で人を殺したら、すぐに衛兵に知らされて、アマクモ様が罪人になってしまいます!アラームが鳴り、死因とか、殺人手法とか全部城内に知れ渡ります!」
俺「あそ」
町内では殺人は犯罪、そして全てが録画されて、町中で放送されるようだ。
だから?
俺「ま、それは斬ってから考えよう」
カエデ「ダメです!」
カエデが俺の手を掴んで放さない。
カエデ「早く逃げて下さい!ヒイラギさん。彼は本気です!」
ヒイラギ「ほん、きぃ?」
カエデ「彼は今まで城外で多くの浮浪者を殺してきました。きっと貴女様も簡単に殺せます」
俺「放せカエデ!邪魔するな!」
カエデ「ダメです!放しません!」
ヒイラギ「本当に、あたしを斬るの?」
俺「冒険者になりたいでしょう?冒険者というのはいつどこで死んでもおかしくない人種だ。死を恐れずにソトを冒険し、財宝を手に入れる。しかし、一度でも失敗したら全てを失う。その覚悟はあるのか?」
ヒイラギ「『覚悟』...?」
俺「毎日遊んでて、母の宿屋を継ぐ覚悟もないお前に、いつ死んでも良いという覚悟はあるのか?もしないなら、すぐにここから去れ!甘えん坊め」
ヒイラギ「っ!」
ヒイラギが走って行った。
トオル「ヒイラギちゃん!」
トオルはすぐにヒイラギの後に続こうとしたが、一度足を止めて俺に向き合った。
トオル「あの、ヒイラギちゃんの事知りもしないで、適当なことを言わないでください!ヒイラギちゃんは『諦める』という言葉の知らない頑張り屋さんです!『夕焼亭』だって、いつか継ぐことになる運命だとわかってて、それでも諦めずに他の道を見つけようとしている立派な女の子です!」
トオルは敵意を隠せず俺を睨む。
トオル「失礼な態度をとってすみません。またのご宿泊を...よろしくお願いします」
その後、トオルは一礼をして、ようやくヒイラギを追いかけて行った。
ヤマチカ ヒイラギ:山近 柊
ヤマチカ トオル:山近 透