8話 アノイ...感情、それともエゴ
ヒナゲシ「ひくっ、うぅぅぅ」
カエデ「もう大丈夫よ。もう大丈夫だから」
ぼろ泣きさせてしまった。
俺「お前の手枷を掴んで離さなかった、それだけだよな。な、カエデ?」
カエデ「そう、だけど...楽しみにしてた祭りの日、午前丸ごと潰されたのなら、こうなるのも仕方がありません」
俺「俺を責めてる?」
カエデ「ご主人様を責めるなんてとんでもありません。わたくしはアナタ様の奴隷で、メイドです。いつでもお肩をお揉みします」
カエデがキレてる。ヒナゲシが俺にイジメられて、自分も俺の肩揉みさせられたから、それで怒り心頭のようだ。
...マッサージも規制対象なんだ。俺に厳しい世界だ。
俺「ヒナゲシ」
ヒナゲシ「ひっ!」
手を伸ばしたら、ヒナゲシは素早く手枷を俺から遠ざけた。だけど、新しく着けられた首輪によって、俺から逃げられなかった。
ただ、涙を拭いてあげたいだけなのに...
俺「俺から逃げられないって分かってんのに!午後も外出禁止にしてやろうか、あん?」
ヒナゲシ「や!いや!放して!やだ!」
公共の場になると一層わがままになるヒナゲシ、「親」の弱点をよく分かってる。
俺「ああもう!」
ヒナゲシ「ぐえっ」
リードを引っ張って、ヒナゲシを無理矢理歩かせた。こうしてみると、まるで散歩嫌がるイヌみたいだ。
カエデ「アマクモ様、やはりやめませんか、首輪?奴隷とはいえ、ヒナゲシはまだ幼いのです」
俺「手枷のせいで手を引っ張れない。けど、この小さな猛獣を野放しにしたら、祭りで一瞬で迷子になる。お前はそれでもいいなら、外そう。育児放棄だ」
カエデ「アマクモ様なら、ヒナゲシをずっと見てられるでしょう?」
俺「俺に祭りを楽しむなっと?」
カエデ「そうではなく、アマクモ様ならヒナゲシを見ながら祭りを楽しめて、本当に逸れたら捕まえるのでは、と思うのです」
俺「祭りの人込みを舐めるな。それと、ヒナゲシは多分隙あらば俺から逃げ出そうと思う。逸れたら二度と会えない」
カエデ「でも、ヒナゲシに首輪は...」
俺「奴隷制度が嫌いになった?」
カエデ「...よくないって思いました」
俺「その制度を世の中から無くしたい?」
カエデ「わたくし一人の力では。それに、アマクモ様のような奴隷商はそれで食いつないでいるし、労働力も欠けているし、今すぐ無くすわけには...」
ヒナゲシを可愛がっていても、カエデはまだ奴隷制に肯定寄り。根付いた思想はなかなか変えられない。
俺「リード、やろうか?」
カエデ「わたくしに?いいえいいえ、アマクモ様が握っててください。ヒナゲシはわたくしの言う事を聞きません。手綱はアマクモ様にしか...」
俺「首輪はオーケーだな?」
カエデ「ヒナゲシが可哀そうだが、逃げられたらもっと可哀そうな目に遭わせてしまいます。それは嫌です。奴隷ですし」
ヒナゲシの一番可哀そうな出来事は俺とカエデに拾われた事なんじゃなかろうか?
リリー「主」
俺「ん?まさか、今起きた?」
リリー「いいえ、ヒイラギ達と祭りの出店を回りました。午後のパレードが始まる前に、先に主と会合しようと思いました」
ヒナゲシ「パレード...?行く!」
俺「あ、こら!」
リードを引いて、駆け出すヒナゲシを手繰り寄せた。
ヒナゲシ「うへぇ、はなしてよ!ひぃ~」
俺「足枷、重いのに役に立たない」
リリー「主...」
俺「自分の首を指さすな」
リリー「私、主に逆らうかもしれません」
俺「逆らっていいよ!是非、逆らってくださいよ!」
リリーめんどくさっ!頭おかしく自分から首輪を求めてくるリリーめんどくさっ!
シエル「そこで何をしてる!?」
シエルとスイレンがタイミング悪く現れた。
俺「いや、これは...」
シエル「イズルさん、見損なった。奴隷を俺達と同じ人間として扱い、奴隷制を嫌う人だと聞いてたのに、どうして人の首に首輪をつける?」
俺「この子が逃げるから...」
シエル「逃げる?その少女に何か酷い事をしたのか?どうして満面の涙?」
俺「酷い事なんてしてないぞ。躾のせいでちょっと泣かせちゃっただけで、酷い事は...」
シエル「あんなに泣いているのに、酷い事をしてないというのか?」
俺「子供ってよく泣く生き物でしょう?俺は別に...」
ヒナゲシ「助けて!」
俺「こら!」
ヒナゲシ「助けてください!助けて!」
自分を甘やかしてくれそうな人を見つけたから、さっそく同情を誘おうとした。ほんと、「親」の弱点をよく分かってる。
シエル「どうしてその子が助けを呼んでる?」
俺「いや、この子の嘘だから。甘えてるんだよ」
ヒナゲシ「助けて!ひくっ」
シエル「こんな小さい子が泣きながら嘘をいう訳がない!もうその子を放せ!」
俺「いや、本当だから!俺はこの子に滅茶苦茶甘いぞ!躾らしい事だって、まだ二回しかしてない」
シエル「子供が他の大人に助けを求めてしまう程の事が貴方の言う『躾』?普段、その子にどれだけの虐待をしてきた?」
俺「してないけど...シエルさん、俺の話を聞く気あんの?」
シエル「お前のような奴の言葉など、聞く気にならん!」
...ウゼッ。
何も知らない奴に、何で俺が悪く言われなきゃならない?
俺「これは俺達の内の事、他人は口に出すな」
シエル「なんだと!?」
スイレン「あなた、自分がしてる事が恥ずかしくないの?」
俺「聞く気ないだろう?何を言っても無駄じゃん!」
スイレン「マリア様!どうしてこんな男と一緒にいるのですか?どうして何もしないのですか?」
リリー「この方が我が主ですから。その行い全てに従うのは僕の務めです」
スイレン「マリア様...?」
俺「だいぶ誤解されるような言い方だけど、もう弁明する気ない。それでいい」
シエル「貴様...カエデさん、どういうことだ?説明してくれる?」
カエデ「えっと...」
シエル「こいつのどこがいいんだ!」
カエデ「わ、たくし...」
俺「カエデに当たるな。他人のお前が口出すな」
シエル「俺は今、カエデさんと話してんだ!お前こそ口出すな!」
俺「大声出すな!宿屋の人に迷惑だろう」
カエデ「アマクモ様!お願い、わたくしに話させて」
俺「できるのか?」
カエデ「その...あの...」
俺「できないならしゃしゃり出るな。お前は俺の何?」
カエデ「わたくしは...アマクモ様の奴隷です」
奴隷かぃ!誤解が深まっていくばかりだ。
もうその誤解を解く気ねぇけどな!
シエル「お前、カエデさんに嘘を言わせたのか?」
俺「あーはいはい、全部俺が悪い、それでいい?」
シエル「ホントのお前はこんな小さい子をも奴隷にする極悪人なのか?」
俺「文句があるなら、ここを治める国に文句を言ったら?奴隷制は悪だ!廃止すべきだ!と」
シエル「まさか、お前が言う『仲間』は...?」
俺「はぁ...あのさ、俺は奴隷商だ。奴隷商が奴隷に何したって、『奴隷制度』に許されてんだよ!合法だよ!」
奴隷制に反対するいい奴だと思ったけど、独り善がり野郎だった。誰の言葉を信用するか、その人の外見で決めつけてるバカだ。バカの相手をしても、いつまでも話が噛合わない。同じレベルじゃないと、喧嘩も発生できない。
相手するのを疲れたので、俺はヒナゲシのリードを引いて、外を出る。
シエル「いくらだ?」
突然、後ろから沢山の物が床とぶつけた音がした。
振り返ってみると、目の前に金貨が山のように積んでいた。
シエル「いくらなら、その子を売ってくれる?」
スイレン「あたし達がその子を育てる」
シエルとスイレンに人を殺せそうな目で見られた。
これだけの金貨なら、きっと奴隷を何十人も買えるだろう。それをヒナゲシ一人の為に、俺にくれる?
シエル「言い値でいい!いくらだ?」
この人達は気づいているのかな?奴隷制を反対なのに、奴隷を買うという矛盾に。
俺「売らねぇよ、バーカ!」
勝手にヒナゲシに値を付けるな!
バカ共をほっといて、俺達は午後の祭りに参加した。
+×+×+×+×+×+×+×+×+×+×+×+×+×+×
俺「あのさ、みんな。何で俺がヒナゲシに舐めた態度を取られると思う?」
伸ばしてきた小さな両手に、俺は出店で買った大きいクッキーを乗せた。
そのクッキーを貰ったヒナゲシは「ありがとう」も言わず、しかし楽しそうに喰いついた。
俺「俺はお前らと違って、『きゃあ!』とか、言った事がないぞ」
カエデ「今正に、その原因をわたくし達が目撃しました」
俺「...クッキーを渡したから?」
リリー「主。恐らくヒナゲシが本能的に主の優しさに気づいたからだと思います。初日に何も言わずにヒナゲシにざ、敷布団を作ってあげて、一晩寝ずにヒナゲシの看病をしていて...」
俺「それで舐められた?」
リリー「懐かれたのです。今朝、主の頭に座ったのも親愛の現れでしょう」
俺「悪戯の域を超えてっぞ、アレは。俺の事をビビってんのに、舐めてる」
ヒナゲシ「ん!」
手の中のクッキーを食い終わったヒナゲシはまたもその小さな両手(手枷付き)を俺に伸ばした。俺はそこに綿飴の棒を乗せた。
カエデ「ダダ甘ですね」
俺「成長期だから...」
自分を甘やかしてくれる人だと気づかれたのなら、隠しても無駄だ。同時に躾も出来る人だと分らせて、ヒナゲシがわがまま子にならない抑制力になろう。
ヒイラギ「あ」
俺「い」
ヒイラギ「ん?」
俺「え」
カエデ「アマクモ様、ヒイラギさんで遊ばないでください」
俺「ずっと『カオル君』しか言わないから。新しい言葉を教えて、ヒナゲシのように身に付けて欲しいと思う親心だ」
カエデ「ヒイラギさんの事情を知ってるのに、そうやって彼女で遊ぶのは人が悪すぎます」
俺「遊ばれたくないなら、俺に怒れ。泣き喚け。そうしてくれれば、俺もちゃんと謝罪する」
ヒイラギ「あっ!」
ヒイラギが俺の肩を叩く。
俺「暴力で訴えてきた。ちゃんと言葉にして。そうすれば聞いてあげる」
ヒイラギ「ああ、ぁあ!」
俺「いい、ぃい!」
ヒイラギ「あああ!」
ヒイラギが俺の肩を叩きながら、路地裏を指さす。
俺「...?」
リリー「主っ、ヒナゲシが!」
カエデ「あ、アマクモ様のバカ!」
カエデが路地裏に駆け込んだ。そして、俺はこの時にようやく自分の手にあるリードの先に何もない事に気づいた。
俺「あのガキっ...さっきまで綿飴に喰らいついてるのに!」
いくら人込みでも、鉄球が地面に叩く音を聞き逃すのは俺らしくない。となると、これは何かのイベントって事だ。あの奴隷っ子、このシミュレーションルームの出身か?
俺「リリー、ヒイラギ、夜の部が始まる手前にまたここで集合しよう。それまで手分けてヒナゲシを探す。俺がカエデの後を追う。いい?」
ヒイラギ「ん」
リリー「主、考えがあります」
俺「今!?」
ヒイラギが駆け出したのに、リリーがこんな時に俺に「考え」を述べようとする。時と場合を考えろ!
リリー「焦る気持ちは分かります。しかし、ヒナゲシは子供、しかも拘束具付きの。いくらあの子でも、短時間で遠くへ行けないと思います」
俺「この問答をしてる今も刻一刻と離れて行っているぞ。」
リリー「ですが、意図的に逃げて、どこかに隠れていることもありえます!」
俺「...迷子ではなく?」
面白い事を言うじゃないか。
リリー「あの子の恰好を見て怪しまない人はいません。闇雲に探すより、人目に付きにくく、子供しか通れない場所を重点的に探した方がいいと思います。ヒナゲシは時々身の毛がよだつ程、賢い瞬間があります」
俺「...ヒナゲシに気にかけてくれて、ありがとう」
リリー「恐れ入ります」
戦闘面だけじゃなく、他の面も優秀だなんて、リリー、完璧すぎ!これで、バカげた理由で俺にエッチな事を要求して来なければ本当の意味で完璧なんだよ。
俺「お前の方針で探そう。運よくカエデとヒイラギに出会ったら、二人に伝えよう」
リリー「はい。では、行ってきます」
俺「いつもお前に助けられて悪い」
リリー「ぁ、主からお褒めの言葉...カエデ様に一歩リードした気分ですね。ふふ」
リリーが人気の少ない場所を重点的に探しに行った。
悪いな、リリー。お前の考えは正しいと思うが、俺にとって無駄なアドバイスだ。俺はイベントポイントを見つければいいだけだから。
+×+×+×+×+×+×+×+×+×+×+×+×+×+×
とある路地裏にイベントポイントを見つけた。けど、ヒナゲシとは関係ないイベントのようだ。
俺「モザイクゥ...」
ヒナゲシのイベントだったら、俺はヒナゲシとお別れする。あの子の歳でモザイク掛けられるようなイベントはあってはならない。
オギのイベントだ...オギが俺の思ってたキャラクターではないようだ。
俺「オギちゃん、なにしてるの?」
オギ「っ!」
オギは慌てて服を着た。
オギ「違う、弟なんだ!」
俺「本当だったら、尚悪質だぞ」
オギと抱き合っていた男の子が服を着てから、地面にばら撒かれたお金を拾って逃げた。
俺「家族を養うと聞いたから、お前と報酬金を半々したけど、そのお金で遊んでた?」
オギ「貧しい男の子に恵んでた...この村に男の子が多いんだ!生活に苦しんでた子にお金を渡して何が悪い?」
俺「渡すだけだったら、な」
オギ「わ、私も少し良い目に逢いたい。命掛けってから...」
俺「これからは頭割でいいんだな?まだ図々しく半分とか、言わないよな?」
オギ「私を見逃すのか?」
俺「今の俺は男だから、女に甘い」
オギ「へー...」
オギがちゃんと着れてない上着を少しは開けた。
オギ「女に甘いなら、少し遊ぶ?これでも男の子達の間で『姉御』と親しまれて...」
俺「間に合ってる」
オギ「クソジジィ...」
吐き捨てるように言い、オギは路地裏の奥に消えた。
あの反応、やっぱこの世界でも性嗜好は他のと同じようだ。カエデだけが異常だと思う。
+×+×+×+×+×+×+×+×+×+×+×+×+×+×
夜になっても、ヒナゲシを見つけられなかった。
カエデ「ヒナゲシ、どこ...?」
カエデがめそめそしてる。実の子でもないのに、ヒナゲシを自分の子のように大事に思っている、実に「心優しい少女」らしい。
カエデ「アマクモ様、ヒナゲシを見つけてください!必ず、見つけてください!」
俺「俺も同じ思いだが、見つけられない事も覚悟した方がいい。失踪した子供の発見率なんて...」
カエデ「そんな事を言わないでください!必ず見つけてくれるって、約束してください!」
俺「約束だけなら、できるよ。守れないかもしれないか」
カエデ「必ず、見つけてください。アマクモ様なら、それができるでしょう?」
俺「はぁ...」
見つけたくないわけじゃないが、ヒナゲシが自分から隠れようとしているのなら、見つけるのは至難じゃん!なのに、俺に無理強いするのか?俺の個人パラメーターなんて、「通常より少し上」までだ、特別に優れている訳じゃない。
俺「リリー、ヒイラギ。悪いが、俺は先にカエデを宿に連れて帰る。お前達も祭りが終わったら、宿に戻って休んでくれ。今日中に見つけられなかったとしても、俺達は暫くヒナゲシの捜索に専念しよう」
ヒイラギ「ん」
リリー「わかりま...」
カエデ「ダメです。アマクモ様が探してください」
俺「もちろん、俺も探す。でも、お前はもう今日は休め。今のお前も心配だから」
カエデ「ダメです、アマクモ様が探してください!」
俺「だから、探すって」
カエデ「アマクモ様、お願いですから、ヒナゲシを見つけてください!見つけてくれたら、わたくしはどんな事でもします」
俺「そんな約束をしなくても...」
カエデ「お願いします」
カエデが俺に土下座した。しかも、俺の靴にキスをした。
俺「ちょっと!」
すぐにカエデを立たせたが、カエデは泣きながら暴れた。
カエデ「お願いです、アマクモ様!ヒナゲシを見つけてください!」
俺「探すと言ったろ?お前がこんな事をしなくても」
カエデ「わたくしはもう、これ以上アマクモ様に捧げられるものが見つかりません!それでも、アマクモ様にお願いしているのです!何でもしますから、お願いですから、ヒナゲシを見つけてください!お願いします!」
俺「ああもう!なんてそこまで...俺も全力で探すから、労力を惜しまないから」
カエデ「違います!『全力で探す』とか、『労力を惜しまない』とかじゃなく、見つけてください!」
俺「...別に違わないか?」
カエデ「違います。アマクモ様なら、必ずヒナゲシを見つけてくれます。アマクモ様なら、それができるでしょう?」
......
そういう事か。
この女...
俺「カエデ、それは行き過ぎた願いだぞ」
カエデ「お願いします。何でもしますから」
俺「お前のツバサに全てバラしてもいいのか?」
カエデ「......」
俺「お前がいいというのなら...」
カエデ「ヒナゲシを見つけてください」
俺「知り合って何日?半月経ったっけ?どうしてそこまであの子に入れ込む?」
カエデ「お願いします、ヒナゲシを見つけてください。その後なら、なんでも答えします」
カエデのシナリオに触れるイベントとなったか。まだ彼女の過去を聞きたいほど、彼女に入れ込んでいないけどな。
俺「分かった。ヒナゲシを連れて行くから、宿で待ってろ」
カエデ「本当ですか!?」
リリー「主、それは確定しているのですか?」
俺「カエデ、あまり俺を便利道具扱いするな」
カエデ「すみません。ありがとうございます。すみません」
カエデ達を見送った。
+×+×+×+×+×+×+×+×+×+×+×+×+×+×
ヒナゲシは村の地下迷宮にいた。臆病者之村に地下迷宮が存在していた。
入口は路地裏が交差する場所で、絶妙に見つけにくかった。地面が木製に変わった事に気づけなかったら、普通は気づけないのだろう。
隠しダンジョンか、廃棄ステージか。敵一人と遭わずにヒナゲシを見つけた...手枷と足枷のないヒナゲシを。
俺「ヒナゲシ、戻るよ」
ヒナゲシ「ん?」
目を擦りながら体を起こすヒナゲシ、寝ぼけているのか、俺に両手を伸ばして抱っこ待ちした。
俺「いつもこんな可愛い姿を見せてくれれば、おしおきもないのに」
ヒナゲシを抱き上げた。彼女がこの場所で何をして、どうやって手枷と足枷を外したのか、俺には分からない。誰もいないこの場所は彼女の所縁の地のようだが、たぶん...もうシナリオが全部終わった場所だ。
俺「お前は何者だ?」
ヒナゲシの小さな背中を軽く叩き、俺は宿へ戻った。
+×+×+×+×+×+×+×+×+×+×+×+×+×+×
宿屋に戻った俺はヒナゲシを起こさないようにカエデ達の部屋のベッドに置いた。カエデに何度も礼を言われ、リリーに質問攻めされたが、全て無視した。
そして夜、俺の部屋へカエデが来た。
カエデ「アマクモ様、ヒナゲシを見つけてくれて、ありがとうございました」
俺「......」
カエデ「わたくし、どうすればアマクモ様にお礼を返せるのか、分かりません。わたくしには、アマクモ様に捧げられるものがありません。アマクモ様が教えてくれますか?わたくしは、何をすればいいのか」
俺「......」
カエデ「無視、しないでください、アマクモ様...」
俺「......」
カエデ「っ」
カエデは俺の近くにしゃがんで、自分の服を脱ぎ始めた。俺は彼女のその手を掴んだ。
俺「他の世界なら、男の俺が女のお前に求める事も多いだろうが、この世界にはそれがない」
カエデ「...わたくし、その価値がないのでしょうか?」
俺「......」
カエデ「っ...」
カエデは服を脱ぐのをやめた。そして、俺のベッドの横の床に座り込んだ。
俺は続けてカエデを無視した。しかし、彼女も諦めずに俺の部屋に残った。そのうち、またもめそめそと泣き始めた。
またも俺が折れるのを期待してる、誘ってる。自分にとって都合のいい事になるまで、駄々をこねる気だ。
俺「明日になったら、またいつものようになる。今日はもう帰れ」
カエデ「わたくし、どうすればアマクモ様に償えばいいのか、分からなくて...」
俺「明日になったら元に戻るっつったろうか!今日は諦めて、帰れ!」
カエデ「っ、ごめんなさい」
カエデは俺の部屋を出た。しかし、その後の足音からして、自分達の部屋に帰ってないのが分かった。
結局俺が先に折れたというのに...
俺は体を起こした。
+×+×+×+×+×+×+×+×+×+×+×+×+×+×
宿屋の裏の路地に膝を抱えて座るカエデを見つけた。啜り泣きしてるカエデを見つけた。
俺「お前な...」
カエデ「っ!あ、アマクモ様!?」
俺「お前は最っ低だ」
カエデ「ごめんなさい、アマクモ様。ごめんなさい」
カエデをお姫様抱っこした。
カエデ「きゃっ、あま、アマクモ様?」
俺「全てが自分の思い通りになるまで、お前はいつもこのように駄々をこねるか?一晩すら、我慢できないのか?」
カエデ「わたくしはアマクモ様に感謝して...でも、どうすればアマクモ様が機嫌よくなるのか、分からなくて」
俺「最初から俺にチートさせなければ、俺も怒らなかった。例え望まない結果が起きても、それが世の中の理、お前だけがズルするのはダメだ。この世界はお前だけに都合がいい世界じゃないって事、お前も分かってるだろう?」
カエデ「ごめんなさい。でも、わたくしがヒナゲシが心配で、酷い目に遭って欲しくなくて」
俺「ヒナゲシ以外の子供なら、別に構わないというのか?俺以外の人が迷子を探して見つからなかったら、別に構わないというのか?」
カエデ「すみません、アマクモ様。アマクモ様なら何でもできるから。だけど、わたくしがそれに甘えていてはだめ、ですよね?」
俺「......お前は最低な女だ」
カエデのようなのが男を惑わす魔性の女だろうか。前から思ってたが、カエデはやはり悪女だ。そして、俺が恥ずかしい事に、その悪女に嵌ったバカな男だ。
俺「これから、お前に遠慮はやめた。完全に俺のモノ扱いする」
カエデ「アマクモ様...はい、アナタの奴隷です」
俺「忌々しい...」
カエデを抱きかかえて、自分の部屋へ戻った。
+×+×+×+×+×+×+×+×+×+×+×+×+×+×
遂に、ラスボス討伐の日が来た。残念ながら、俺達のレベルは30超えてちょっと。ラスボス討伐するには無理だった。
ラスボスはレベル200超えのシエルとその仲間達に任せる事となり、俺達はその周辺の雑魚掃除をする事となった。
悪魔の娘A「男は死ね」
悪魔の娘B「もげろ!」
雑魚もボスも全員「悪魔の娘」だが、怒りの矛先が微妙ズレてる気がする。
俺「四分の一になったからって、手を抜いてないよね?」
オギ「いい加減やめろ、ジジィ!」
オギの攻撃力は相変わらず心許ないが、それが彼女の全力だから、容認した。もう彼女を外の世界へ連れていく事を考えてない、あと少しのお付き合いで、おさらばだ。
リリー「祓え給い、清め給え、神ながら守り給い、幸え給え」
リリーは祝詞を唱えている。習得していないスキルを強制発動できる呪文みたいなものだ。
改めて思うが、何故彼女の名前は「マドンナリリー」だろう。
カエデ「焼夷弾!」
カエデは最近、「毒薬」に力を入れている。「爆薬」が「毒薬」のカテゴリに入るのかは疑問だが、敵にダメージを与える技を遂に習得した訳だ。
どうやら、俺の役に立ちたいらしい...殺人技を覚えた事を健気と思うべきか、殺人の罪を俺に擦り付けてると思うべきか、俺はとても悩んでいる。
......
全ての敵を倒した後、暫くしたら、ラスボスが倒された知らせが届いた。
オギ「クエスト達成。後はギルドで報酬を受け取るだけだな」
俺「これでパーティー解散だな。お前の秘密を守ったけど、この後の村での生活は平気か?」
オギ「今の私のレベルなら家族の誰も止められない。女に住みにくい村になるなら、いっそ旅に出よう。お前のような奴隷商になるのも良いね。男の子専門の奴隷、ふふふ」
俺「ぺらぺらと...」
この女と話するのは嫌になってきた。男の俺が女を贔屓したいのに、男のシエルと女のオギのどっちを味方にするかって選択が出たら、シエル側につくと思う。
カエデ「アマクモ様、わたくしの目がおかしかったのでしょうか、今、ヒナゲシが通ったような気がします」
俺「ヒイラギ達と一緒に宿屋にいるはずのヒナゲシ?このタイミングで?」
カエデ「やはり、おかしいですよね」
リリー「主、すみません。私も実は...」
嫌な予感がする。
俺「...ラスボスのところへ寄ろう」
オギ「勝利したと、知らせが来たばかりだか?」
俺「ちょっと見るだけ。嫌なら一緒に来なくて大丈夫」
オギ「いや、最後まで付き合おう」
俺「ありがとう」
なんやかんやで今日まで一緒にクエストを熟した仲だ、俺も名残惜しい気持ちはある。
カエデ「ヒナゲシに何も起こりませんよね?」
俺「......」
カエデには見えない筈だけど、俺の反応で察したようだ。けれど、俺はまだ決めつけたくない。
俺「キーパーソンであって欲しくなかった...」
多くの大きい背中と対峙する小さな女の子に向かって、俺は足を動かした。