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6話 カブ...恐れ知らずの子ライオン

 奴隷商って、馬車で移動するとランダムにはぐれ奴隷と出会うらしい。


 俺「年端も行かない女の子を拾っちまった」


 女の子の周りには大量の野菜とお肉が置かれていたが、怪しい魔法陣を描いているかのような置き方だった。中心にいる女の子は重い手枷と鉄球付きな足枷を付けられてて、動けないようだった。


 カエデ「ごはん、食べれるのでしょうか?」

 俺「生肉はともかく、野菜は食うだろう」


 試しに果物一つ拾って女の子の口に近づけたら、女の子はゆっくり口を開いて果物を噛んだ。

 その後、女の子は暫く果物を噛みついた状態で、流れた果汁を啜り続けた。


 俺「噛む力が足りない」

 カエデ「何日もご飯食べてないでしょうか?可哀そうに」

 俺「やせ細っているけど、元からだろう。こんな炎天下で何日も持たない」

 リリー「恐らく、悪魔を呼び出す儀式でしょう。中立地帯では偶にあります」

 俺「悪魔?出会った事あんの?」

 リリー「いいえ、迷信です」


 エルフも獣人族も居なさそうなこの世界で、悪魔はお呼びじゃない。

 重そうな手枷を触ってみた。


 俺「自分では持ち上げられない重さ、伝熱性のいい金属製、鍵穴らしき部分が見当たらない...使い捨てだ」

 カエデ「酷い...」

 俺「へー、どうして酷い?」

 カエデ「こんな、死なせるようなコト...」

 俺「さすがカエデだ」


 奴隷制に反対しないが、人の死に反対する、微妙にズレてる心優しい少女だ。


 俺「これじゃ、お風呂も入れられないねー。つか、動かせない」

 カエデ「その前に、まず日陰を...あっ!」


 女の子奴隷が果物に噛みついたまま、目を閉じた。


 カエデ「大変!この子が死んじゃう」

 リリー「いかがいたしましょうか、我が(しゅ)?このままだと、すぐに消えてしまいます」

 俺「それがこの子の運命かも」

 カエデ「だ、ダメです!なんとかして助けてあげましょう、アマクモ様。お願いします!」

 俺「なら、言い出しっぺのお前が衰弱した人用のご飯を作れ。薬師だろう、お前は?」

 カエデ「...はいっ!」


 カエデが走って、どこかへ行った。


 俺「リリーは周りの食材を片付けて、使えなさそうな物は捨てといて」

 リリー「仰せのままに」


 リリーはテキパキに地面に置かれてる野菜とお肉を片付け始めた。土が付いているが、野菜を多く残した。果物は傷んでいる分全部捨てられた。肉は殆ど捨てられた。

 その容赦ない捨てっぷりからして、彼女も貧乏とは縁のない生活を送ってきたのが分かる。


 俺「ヒイラギちゃん、お願いがあるんだけど。女の子の側にいてくれない?日差しで死んでしまわないように、色々気を付けてあげて」

 ヒイラギ「あ...」


 何故か「トオル君」しか言わなくなったヒイラギだが、それなりに普通の人のように動けるようになった。脳に破損がある訳じゃないから、まだ治ってるとは言えないか。

 三人に指示をした後、俺は馬車を操る奴隷に手伝ってもらい、野営の準備を始めた。



 +×+×+×+×+×+×+×+×+×+×+×+×+×+×


 臨時野営地。

 自力では動けない女の子を俺とカエデの二人でテントの中に運んで、何とか横たわれるようにした。食材を細かく砕いてお粥にしたら、それを少しずつ飲み込めるようになった。


 カエデ「口を開けて、あー」

 俺「まずは冷ましておけ」

 カエデ「あ、はい!」


 甲斐甲斐しく女の子の世話をしているカエデだが、動きがぎこちない。人の世話に慣れてないのが分かる。


 俺「おい、小娘、喋れるか?」

 生贄ちゃん「......」


 喋れる力が戻っていないのか、女の子はまだ一言も発していない。これだと回復するのに何日も掛かるが、長旅もダメっぽい。


 リリー「ここから一番近い村でも半日は掛かります。アマクモ様、この子を連れて行くのは難しいと思います」

 俺「ここを中心に俺達の活動範囲を制限するか、この女の子を見捨てるか」

 カエデ「まさか、見捨てないわよね?アマクモ様」

 俺「いざという時の選択肢だ」

 カエデ「......リリーさん、この子を治せる魔法とか、ありますか?」

 リリー「色々あるが...」

 カエデ「何でもいいです!この子を助けられる魔法があるなら、教えてください!」

 リリー「一時的に身体能力を強化する代わりに、体の老化を速める。つまり、寿命と引き換えに健康になる呪いなら...」

 カエデ「この子に害になる事のない魔法はありませんか?」

 リリー「我が教義は一得一失。なにかを欲するのなら、何かを捧げなければなりません。今のこの女の子が捧げられるのは自分自身の未来だけ、仕方のないことです」

 俺「祟り神を祭ってる聖女候補だった?」

 リリー「自分の目的の為に、他者を犠牲にしてはならないのも教えの一つです。他者を犠牲して目的を達成する行為は私は反対します。従って、自分を犠牲して他人を癒す聖女を私は目指していません」

 俺「遠回しの自分大好き発言だな」

 リリー「...主の子を身籠るも、私は他人に頼りませんでした」

 俺「ぐっ...悪い」


 偶に夜にリリーが隣にいる時、急に記憶がなくなる事がある、俺は何度もリリーと一緒の夜を過ごした証拠だ。覚えられないのに避けなかったのは、「した」という事実に少しの征服欲が満たせるからだ、俺はリリーという名の綺麗な女性と関係を持っていると、心の中で勝ち誇った。

 従って、俺は「無罪」ではない。


 俺「??」


 いつの間にか、外が真っ黒になった。

 外に出て様子を確認したら、空に積乱雲が流れてきた。


 リリー「主、見捨てる事を進言します」

 俺「まだ決めてないぞ」

 リリー「いいえ、決めてください。早く、私達は逃げましょう...」


 リリーが怯えている?珍しい!


 リリー「あの子は生贄です!悪魔のではなく、雷神の生贄です!」

 俺「おっ、おう!分かった、落ち着け。何、雷神の生贄?」

 リリー「私が間違ってました。助けるべきではなかった。早くここから離れないと、雷神様が...っ!」


 突然、遥か遠くに巨大の光の塊が発生した。その光の塊は上の雷雲と見えない地平線を繋げ、ピリピリした火花を飛ばした。


 リリー「雷神様!」

 カエデ「何あれ、太陽?」

 俺「うわ、デッカ!」


 球電(ボールライトニング)だ。

 この世界、天と地を繋げる球電が出せる世界だった。


 俺「美しい...」

 カエデ「アマクモ様、何ですかアレ!?アマクモ様はご存じですか?」

 俺「これは、ははっ...俺達の命はアレの気まぐれで消えるな」

 リリー「雷神様、お怒りをお鎮めください!雷神様、お怒りをお鎮めください!雷神様、お怒りをお鎮めください!」

 カエデ「アマクモ様、どうしましょう?わたくし達は早く逃げましょう!早く、どこかへ隠れましょう!」

 俺「いや、無理。あの大きさだと逃げても無駄だろう。アレがこっちに来ないなら、俺達は生き延びられる。来るなら、一秒で俺達が終わる」

 カエデ「!!...雷神様、お怒りをお鎮めください」


 球電は自然現象だから祈っても無駄だけど...恐怖から逃れる為に、何もしないよりはいい。

 身に付けてる物は武器は金属、防具は布系...関係ないか。こんなで死んだら、恨みとかないだろうな、恨める相手がいないから。


 俺「中に入ろ、カエデ、リリー。ここにいても出来る事はない」

 リリー「雷神様、お怒りをお鎮めください」

 カエデ「お鎮めください」


 俺はカエデとリリーの手を掴んで、テントの中に入った。



 +×+×+×+×+×+×+×+×+×+×+×+×+×+×


 俺「雷神様の三度参り...他の教でこの現象をどう呼ぶか、気になるな」

 リリー「審判の日、天国への扉...色々あります」

 俺「リアル天罰だ」


 幸いな事に、球電は俺達に近づかずに消えた。そして、外の雷雨が終わると、すぐに空が明るくなり、さっきのような光景が目で見た幻だと思えた。


 リリー「主がここに居たから、雷神様はいらっしゃらなかったのでしょうか?」

 俺「関係ない。アレは俺の言う事なんて聞かない」

 リリー「主にとっては手のかかる子でしょうか?」

 俺「もうそれでいい」


 旅の途中で何度もリリーと議論を交わしたが、彼女は頑として俺が自分達の神だと言い張って譲らない。なので、俺はもう諦めた。何度も俺と体を重ねてきた彼女だから、本当の事を受け入れたくないだろう。


 リリー「今思えば、あれは街に見立てたの配置でした。真ん中に人を置いて、周りに物を置いて、雷神様にそこが村だと思い込んで欲しいでの配置でした。私は主を欺いた」

 俺「あー、そうだな」

 リリー「主、どうか私に罰をください」

 俺「何されたい?」

 リリー「鞭打ちでも、息止めでも、なんでもいいのです」

 俺「なら、何もされない罰を与える」

 リリー「何もされない?」

 俺「求めたから得られると思うな。罰しないという罰をやる」

 リリー「...あり難き、しあわせ」


 戦いの時は頼りになるが、普段のリリーはめんどい。

 そのうち、また球電が来るのか?この世界の自然現象はまだ分からない。早めに安全な場所に移りたいが...


 俺「奴隷っ子どうしよう?」

 リリー「連れて行くのですか?」

 俺「まだ余裕はあるから、助けてみたい。弱者救助で悦に入りたい」

 リリー「我が主は情が深いお方です」

 俺「では、俺は外を軽く見回ってくる。みんなはその子を綺麗にしてあげろ。汚れたままだと病気になるから、助けが無駄になるかもしれん」

 カエデ「アマクモ様は一緒にしないのですか?」

 俺「ガキの世話をしたくない」


 女の子だから、記憶が飛ぶかもしれない。


 俺「リリー、弓を借りる」

 リリー「構いませんか。我が主、何用ですか?」

 俺「私用。じゃ」

 カエデ「あっ、いってらっしゃい!」


 獲物を求めて、俺はテントを出た。



 +×+×+×+×+×+×+×+×+×+×+×+×+×+×


 奇跡だ!奇跡が起きた!


 俺「俺が、シカを一矢で!」


 クソエイムの俺が、まさか一撃で鹿を射止めるとは、奇跡だ!

 生贄のあの子の足枷、寝る時に絶対邪魔だ。その為に適度に柔い敷布団が必要だが、合う形のものがない。それで作る事にしたのだが、動物の皮が手っ取り早いと思い、狩りをする事にした。

 シューティング系は苦手なのに、よく当たった!奇跡としか言いようがない。

 これから小さめの敷布団を作るけど、必要なのは皮だけ、他は全部いらない。一つの命を奪ったから、使える分を使った方がその命の為にもなる...なんて、人を殺しに殺した俺が言うなって。

 この世界も、人が死んだら死体を残して欲しいものだ。人は命を奪う重さを思い知るべきだ。なのに、同じ生物なのに、人は死んだら消える...シカ、野営の近くで捌こう。

 中身は何しようか?狩猟スキルがないから、捌く時は手動かな?めんどいな。



 +×+×+×+×+×+×+×+×+×+×+×+×+×+×


 俺「たーまー」

 リリー「主、おかえりなさい」

 カエデ「あっ、おかえり。何してました?」

 俺「ちょっと、な」


 見るに堪えない俺の手作り敷布団を生贄ちゃんの太ももの下に入れた。

 うん、これは実用性重視の敷布団だ。観賞用ではない。


 カエデ「こんなのを作ってたのですか。何で出来てたのです?」

 俺「草...」

 カエデ「草?でも、硬い部分もありますか」

 俺「硬い草...」

 カエデ「湿ってる。ちょっと臭い」

 俺「文句多いな。俺は猟師じゃないぞ!リリー、弓をありがとう」

 リリー「狩りに出かけてたのですか?こんな短時間で、座布団を御作りしたのですか?」

 俺「敷布団...」

 リリー「失礼致しました。ですが、すごいです!半日でこんなものを御作りできたのですか。流石です」

 俺「...ありがとう」


 お世辞の誉めに心が少し安らいだ。


 俺「寝てる?」

 カエデ「ええ、先程です。何日もちゃんと寝ていなかったのでしょうか、ご飯の途中で」


 寝落ちしたのか。見た目からして、もう少し大人だと思ってたけど。

 手枷、横に置いているけど、邪魔そうだ。なので、その手枷を持ち上げて、生贄ちゃんの寝姿を正した。


 俺「そろそろ食事して寝よう。お子様は俺が見ておこう」

 カエデ「はい...」

 リリー「主、御戻りになったばかりなので、少し休めませんか?」

 俺「平気だ。俺はお前達と違うから」

 リリー「了解しました」


 その晩、俺は一晩寝ずに生贄ちゃんの手枷を上げていた。



 +×+×+×+×+×+×+×+×+×+×+×+×+×+×


 カエデ「おはよう、アマクモ様~。早いですね」

 リリー「主、おはようございます」

 俺「はよー。先に寝たのに、後で起きるのは子供の特権だよな」


 今もすうすう寝ている生贄ちゃんを見て、ため息をする。

 気持ちよく寝れたようで、よかった。


 カエデ「待って...アマクモ様、もしかして、寝てないのですか?」

 俺「あぁ、疲労状態だ」


 攻撃力と素早さが50%ダウン、微妙に嫌なバステだ。


 リリー「主は徹夜しても平気な体ですか?」

 俺「いや、普通の疲労状態だ。お前達と同じだと思う」

 カエデ「それは、全部この子の為?」

 俺「初日は一番危険だからな。死んだら、昨日の努力が全部パーだ」

 カエデ「わたくし、そんな事を知らなかった。知っていたら、アマクモ様を一人にしませんでした!どうして教えてくれなかった?」

 俺「シーッ!自分で起きるまで寝かせろ」

 カエデ「むっ!」

 俺「逆に聞くが、どうして俺がお前に教えなければいけない?自分が無知なのに、俺を責めるな」

 カエデ「......」

 リリー「主、私に何かできる事はありますか?」

 俺「見ろ、カエデ、これだよ。過去の事より、将来の事だよ」

 カエデ「はい...」

 俺「特に頼みたい事はないが、奴隷女とヒイラギの手伝いとかしたら?お前らよりよっぽと早く起きてるぞ」

 リリー「畏ましました。すぐに参ります」


 リリーはテントの外に出た。


 カエデ「奴隷と一緒にされても...」

 俺「カ・エ・デ」

 カエデ「いえ!すぐに行きます」

 俺「あっ、ぃゃ...この子が起きたら交代だ。お前が言い出しっぺだから、責任を取れ」

 カエデ「え?でも、アマクモ様が一番世話をしているのでは?」

 俺「子供は男より、女に懐くんだ。たぶん」

 カエデ「はい...では、外で薬を作ります。起きたら呼んでください」

 俺「偶に毒とか作らん?」

 カエデ「そんなひどいモノを作りません!」

 俺「薬師なのに?」

 カエデ「薬師でも!人を死なせるようなモノなんて」

 俺「俺の傷を癒す時に、痺れ薬とかは使ってない?」

 カエデ「...え?」

 俺「お前、マジか...俺以外のヤツだと染みで痛がって、治療を拒否するよ。ちゃんと薬師の職業を活かせ」

 カエデ「学んでおきます」


 カエデが項垂れて、外へ出た。


 俺「子供を、ひぃ、ふぃ、みぃ...四人を持ているみたい」


 いや、子供扱いしちゃうダメだ。もう、内の二人とは...


 生贄ちゃん「ふあ...」


 生贄ちゃんは口を大きく開けて、声を出さずに欠伸した。その後、目を開けた生贄ちゃんは何かを探すように周囲を見回した後、俺を見つめた。


 俺「起きた?」

 生贄ちゃん「......」


 生贄ちゃんは目をパチパチして、俺の質問をスルーした。


 俺「もう少し寝る?」

 生贄ちゃん「ふわー...」


 生贄ちゃんは再び声のない欠伸をし、目を閉じた。知らない人である俺の側でよく平気で寝れるな、この小娘は。

 仕方ない。俺は生贄ちゃんの二度寝に付き合い、彼女の手枷をそのまま持った。



 +×+×+×+×+×+×+×+×+×+×+×+×+×+×


 冒険に行きたい。

 でも、前衛は俺一人だから、後衛と無抵抗の女の子三人を置いていけない。生贄ちゃんはまだ馬車を乗るのは無理そうだ。


 カエデ「はい、口開けて、あーん」

 生贄ちゃん「あー...」

 リリー「あ、ここにも...まだ小さい擦り傷が多いわね。カエデ様、また後でお願いね」

 カエデ「うん」

 ヒイラギ「へへ...」


 カエデは生贄ちゃんにご飯を食べさせている。リリーは生贄ちゃんを弄っている。ヒイラギは生贄ちゃんの髪を整えている。

 一日して、生贄ちゃんは百合ハーレムを作った。

 ...デレデレしていないから、俺はまだ堕ちていない。


 俺「ちょっと出かけて来る」

 リリー「また狩りですか?」

 俺「いや、散歩」

 カエデ「でしたら、わたくしも一緒に行きます。リリーさん、後はお願い」

 リリー「かしこまりッ」


 何故かカエデが俺と一緒に散歩する事になった。


 俺「なぜ付いてきた?」

 カエデ「アマクモ様が少し寂しそうにしていたから」

 俺「その気遣い、彼氏さんに使えよ」


 俺には他人の彼女を侍らせる趣味はない。


 カエデ「あの子をこれからどうしましょうか?」

 俺「それは俺に聞く?」

 カエデ「わたくし達のリーターはアマクモ様ですから。今も、あの子に名前を付けていません」

 俺「犬猫じゃないから、俺達が付けちゃうダメだろう。まだ聞いてないのか?」

 カエデ「教えてくれなくて...何故か口数が少ないのです、あの子。生贄にされた事だけじゃなく、過去にも何かあったのかもしれません」

 俺「または、生贄にする為に産んだ子かもしれん」

 カエデ「そんな酷い事をする人はいるのですか!?」

 俺「どうだろう?頻度の多い生贄儀式だったら、あり得る事だと思う。後でリリーに聞いてみな」

 カエデ「...酷い話です」

 俺「そう思う?俺はそこまでじゃないと思う」

 カエデ「またそんな酷い事を言う。あの子が可哀そうじゃないの?」

 俺「十の為に一を捨てるのなら、それが赤ん坊でも儲けものと考える人はいる。俺は自分の味方する奴を選ぶがな」

 カエデ「アマクモ様はあの子の味方ですか?」

 俺「まだ分からん」

 カエデ「あの子が生贄になって良いというのですか?」

 俺「またも知り合って一日も経ってない子だぞ。虜になりすぎ」

 カエデ「でも、あんな小さい子が...」


 不機嫌なカエデは自分の唇を噛んだ。気持ちは分かる、小さい子は可愛いから。


 カエデ「あの子の名前、何にしましょう?」

 俺「ヤケクソになってんね~」

 カエデ「もう知らない。わたくし達の子にするもん!」

 俺「そうそう。そうやって立ち位置を自分で決めれば、後で後悔しない行動ができる。けど、『達』はやめろ、全員が自分と同じ考えと思うな」

 カエデ「アマクモ様はあの子が可愛くないのか!」

 俺「俺に当たるな。お前はママになりたいだろうけど、俺はパパになりたくない」

 カエデ「アマクモ様はいつも冷たく言う。けど、ベッドの上では...」

 俺「もう一度それを言ったら、マジで捨てるから」

 カエデ「優しいアマクモ様はそんなの出来ないでしょう?」

 俺「最近のお前は本当に俺を舐めてんな」


 けど、確かにカエデを退場させるには情が沸きすぎてて、できない。


 俺「いや、お前をあのツバサという名の男のところへ送り返せばいい」

 カエデ「!!まさか、そんな事をしないよね?」

 俺「お前の事を知っていそうなイバラちゃんから始めれば、いずれその男に辿り着けるだろう」

 カエデ「い、いくらアマクモ様でも、そんな簡単には...」

 俺「千里の道も一歩から」

 カエデ「...わたくしが悪かったです。ツバサには何も言わないでください」

 俺「分かればいい」

 カエデ「それで、あの子の名前は?」

 俺「まだその話を引っ張る?そんなに付けたいなら、お前が考えればいいじゃん」


 デフォルトネームでいい。自分で付けるのは苦手だ。


 カエデ「アマクモ様はあの子が可愛くないのか?」

 俺「いや、そういう話じゃ...」


 脅迫があまり役に立ってない?

 馬車を走らせていたら、はぐれ奴隷と出会った。けど、本当は遭遇系イベントだった、という可能性もある。名前付きNPCにしたくないが、キーパーソンならどうしようもない。


 俺「名づけ親になりたくないから、お前達で何かいいのを付けてやれ」

 カエデ「本当にわたくし達が付けていいのですか?」

 俺「その子が嫌がるような名前はダメだぞ」

 カエデ「分かりました。アマクモ様の許可が出たので、あの子をわたくし達の子にしちゃおう」


 カエデが楽しそうな笑みを浮かべた。


 俺「...帰らないのか?」

 カエデ「アマクモ様の側にいます」


 ...ウゼッ。



 +×+×+×+×+×+×+×+×+×+×+×+×+×+×


 何日が過ぎた。スキップができず、実際に過ぎた。

 女の子はヒナゲシと名付けられて、あまりしゃべらないものの、とても元気になれた。

 元気すぎるのがちょっと問題になったか。


 ヒナゲシ「や!」

 カエデ「こらっ、ヒナゲシ!逃げるな!」


 自分では動けないと思ってたヒナゲシは邪魔な鉄球を無視して走り、その後ろにカエデが追っかけてる。

 リリー曰く、元々呪われた一族の生まれらしいと。だから、やせ細った子供なのに、大人も重いと思う手枷と足枷が動かせる。

 それでも、所詮まだ子供だ。


 ヒナゲシ「!!」

 俺「大人より弱い」


 俺はヒナゲシの手枷を掴んで、放さないでいた。


 カエデ「アマクモ様、ありがとうございます」

 俺「いや、そのまま見といて」

 カエデ「え?」

 俺「小娘、言う事はあるでしょう?」

 ヒナゲシ「ない!」


 ヒナゲシは反抗的な目つきで俺を睨んだ。元々の性格なのか、人見知りをしない生意気っ子だ。

 よく他人の俺にそんな舐めた態度が取れたな。


 ヒナゲシ「はなせ!」

 俺「謝ったら放す」

 ヒナゲシ「あやまらない!」

 俺「謝るような事があるんだな」


 カエデに目配せしたら、カエデが頷いた。


 俺「何があったのは知らないが、俺はお前よりカエデ優先だから、謝るまで放さないぞ」

 ヒナゲシ「や!バカ!」


 ヒナゲシが激しく動いて、俺から離れようとした。しかし、ステータス上では俺の方が上からか、俺の手を振り解けなかった。


 ヒナゲシ「ガブ」


 ヒナゲシは野生動物のように俺の手を噛んだ。

 けど、彼女にとって残念な事に、痛みレベルに達した攻撃だと、俺は何も感じなくなる。ので、俺はヒナゲシに微笑みを浮かべた。


 ヒナゲシ「ぅぅぅ...はなせ!」

 俺「や」

 ヒナゲシ「はなせはなせはなせ!」

 俺「いや」

 ヒナゲシ「ぅぅぅ...はなせ!はなせよー!はなせっ!」

 俺「謝罪は?」

 ヒナゲシ「や!」

 俺「なら放さん」

 ヒナゲシ「バカ!バカバカ!」


 もっと一所懸命に俺を振り解こうと、ヒナゲシは足を動かし、足枷の鉄球を使って俺を攻撃した。

 けど、俺はその鉄球の鎖をタイミングよく踏み、鉄球を止めた。


 カエデ「きゃ!ヒナゲシ、なんて事を...」

 俺「いいから、そこで見といて」


 俺に駆け寄ろうとしたカエデを止めた。


 ヒナゲシ「ぅ...ふん!」

 俺「二番煎じ」


 鉄球を止められたヒナゲシはもう一つの足を動かして、またも俺に鉄球攻撃を仕掛けた。が、俺は自分が止めた鉄球を蹴って、その攻撃を無効化した。


 俺「さ、続きをどうぞ」

 ヒナゲシ「うぅ...」


 余程拘束されるのが嫌なのか、ヒナゲシは諦めずに動き回った。

 暫くした。


 ヒナゲシ「ぅ、はなしてよ...」


 暴れ疲れたのか、ヒナゲシは泣き出した。


 カエデ「アマクモ様、もうそろそろ...」

 俺「いや、まだだ。甘やかすな」

 ヒナゲシ「ママ、たすけて」

 カエデ「ね、アマクモ様...」

 俺「だから舐められるんだ、カエデ。いいから、俺に任せろ」

 カエデ「はい」

 ヒナゲシ「ママ...」

 俺「無駄だ、ここでは俺が王様だ。俺に逆らったら、お前は自由になれない」

 ヒナゲシ「ぅ、うぅうぅうぅ!」


 ヤケクソに両手を動かすヒナゲシ、けど放さない。


 ヒナゲシ「ぅ、ごめなさい」

 俺「ん、なに?」

 ヒナゲシ「ごめなさい」

 俺「何に対して?」

 ヒナゲシ「さからって、ごめなさい」

 俺「反省するところが間違ってるな。放さない」

 ヒナゲシ「うぅうぅ...おとして、ごめなさい」

 俺「何を?」

 ヒナゲシ「おクスリ」

 俺「...カエデが怒るわけだ」

 ヒナゲシ「ごめなさい」

 俺「はいはい」

 ヒナゲシ「ごめなさいぃ!」

 俺「聞こえてるぞ」

 ヒナゲシ「あやまったのに!」

 俺「謝る相手が違うからよ」

 ヒナゲシ「ぅ...ママ、ごめなさい」

 カエデ「うん、いいのよ。許してあげる」

 ヒナゲシ「あやまった!」

 俺「もう一回」

 ヒナゲシ「なんで?あやまったのに!?」

 俺「もう一回」

 ヒナゲシ「ぅ、ごめんなさい!」

 俺「なんで『ごめんなさい』?」

 ヒナゲシ「おクスリ、おとしたから!」

 俺「まだ放さない」

 ヒナゲシ「なんえ!?」

 俺「自分の間違いを理解していない、適当に謝っているからだ」

 ヒナゲシ「あやまったのに!あやまったのに!」

 カエデ「ヒナゲシ、違うよ、落とした事で怒ってるじゃないの」

 ヒナゲシ「ふぇ?」

 カエデ「わたくしが怒っているのは、ヒナゲシが薬を飲まないからだよ。飲まないと、ヒナゲシは元気にならないからよ」

 ヒナゲシ「あらし、げんき」

 カエデ「体調はまだ完全に元気じゃない。苦いけど、まだ続けないといけないよ」

 ヒナゲシ「のめば、はなしてくれる?」

 俺「さぁ」

 ヒナゲシ「ふぇ...」

 カエデ「アマクモ様、意地悪しないであげて。ヒナゲシがお薬を飲んだら、アマクモ様が放してくれるわ」

 ヒナゲシ「ほんと?」

 カエデ「本当よ。ね、アマクモ様?」

 俺「なんで『ごめんなさい』か、分かる?」

 ヒナゲシ「おクスリ、飲まなかったから」

 俺「飲まなかったら、どうなる?」

 ヒナゲシ「あらしがげんきじゃなくなる?」

 俺「そ。それで怒られた。んで?」

 ヒナゲシ「ぅ、ママ、ごめなさい」

 俺「もう一回」

 ヒナゲシ「ごめんなさい」

 俺「よし、行っていいぞ」


 俺は手の力を緩めた。

 その瞬間を見計らったかのように、ヒナゲシは俺から逃げて、カエデに突っ込んだ。


 ヒナゲシ「きらい!」

 俺「はぁ...」


 生意気な奴だ。


 ヒナゲシ「ママ!パパきらい!」

 カエデ「はいはい、嫌だったね。パパ悪いよね、酷いよね」

 ヒナゲシ「きらい!きらいきらい!」

 カエデ「うんうん、良い子良い子」


 勝手に俺を「パパ」にすんな。

 俺はカエデ達を置いて、テント近くのリリーのところへ寄った。


 俺「三度参りというから、てっきりまた来ると思ってた」

 リリー「主...最後の一回だったのか、一度に全部来たのか。何はともあれ、雷神様のお怒りに触れずに済みました」


 リリーは自前の地図を見て、何かを考えていた。


 リリー「そろそろ食べ物が尽きます。主、どうしましょうか?」

 俺「俺もそれについて考えてた。とりま、一番近い街に行かない?聖都はまだ遠いよね?」

 リリー「はい。ヒナゲシも思ったほどより元気ですし、長旅は大丈夫かと」

 俺「呪いとかなんとか、あの子に関してまだ何も分からない。その街で何か手掛かりがあるといいんだが...」

 リリー「...荷物を纏めてきます」


 リリーがテントへ行った。

 辛そうな表情。もう別れを惜しんでいるのか?

 ......

 呪いで長生きができない、その前に成長で手枷と足枷で手足を失うかもしれない。何の病気を持っているのも分からない捨て犬や捨て猫と同じように、捨て奴隷も拾うべきじゃない。

ヒナゲシ:雛芥子

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