16話 ボスとアリサ
ギィー、ギィー
一体私は何をしているんだろう?
槍を砥石で研いで耐久値を回復させているのだ。
どうして?
―――目の前にボスがいるからだ。
今、私の前方には『宝玉をボスに渡しますか?YES/NO』という一文が見えている。
これは渡すのが挑戦になるのか渡さないと襲われるのか。
どっちでもいいじゃん。どうしてそんなこと考えるの?
今、私の中に二人の『私』がいた。一人は、ただ純粋にこのボスを倒そうとしている私。もう一人はゲームの限界に絶望し、さっさとログアウトしてしまおうと考えてる私。
よく分かんないよ。頭がゴチャゴチャする。
「とりあえず。お前は邪魔」
耐久値がマックスになり、立ち上がる。『NO』を選択した。
グゥウウウウウアアアアアアアア!
咆哮。
襲ってくるのが正解だったみたいだね。
宝玉はいつの間にかストレージに入っている。
おそらくだけど私が負けたらなくなっているのだろう。
【オオヅチリザード】Lv15
大分レベル差がある。
しかも私はステータスを全然振ってない上に武器以外初期装備だ。
どう考えてもボス戦を一人でする格好じゃないね。
一応保険にAgiに10P程振った。攻撃は躱せばいい。躱すのは得意だ。
荒谷理沙はあらゆる選手の動きを予測し、反射で最善の回避策を実行する。そんな選手だった。
オオヅチ・・・大トカゲが突進してくる。
分かりやすい。
私は垂直にジャンプしてそれから逃れる。
巨体よりさらに上空、5メートルくらい跳んだ。
―――すごい。リアルじゃこんなに高く跳べないよ。
(え?)
「《ロングスピア》」
アーツが、隙だらけの背中に突き刺さる。
ダメージは・・・1%くらい?
アーツでこのレベルなのか・・・。
(今の・・・なに?)
攻撃の前、ちょっと変な考えが頭に浮かんだ。
―――凄い。リアルじゃこんなに早く振れないよ
(あ・・・れ?)
それは、今日、ゲームを始めた時最初に抱いた感情。また走れるという喜びよりも先に抱いた興奮。
大トカゲが前足を振ってくるのをしゃがみながら走って避ける。
さすがに、高さが3メートルはある巨体を選手に見立てることはなかった。
ガッ
「っ」
刃が皮膚に通らない。
一応ダメージ自体は入ってはいるみたいだけど微々たる量だった。
巨体が迫ってくる。いったん距離を取ろうと下がると大きく開いた口が見えた。
食べられる。
私のHPはそれで0になるだろう。
これで終わっ――――――――負けたくないっ
それを思ったのはどっちの私だろう? 荒谷理沙? それとも・・・『アリサ』?
気付いた時には私の体は遥か上へと上がっていた。
大トカゲの口の端に槍を突き刺して棒高跳びの要領で跳びあがったのだ。
こんな動き―――――――荒谷理沙はしない。
だってルールがあるから。やっちゃいけない動きがあって、やってしまうと審判に注意される。
(ルール?)
変だな。どうしてだろう。そう感じるのは。
『それ』でいいの?『私』は―――『荒谷理沙』はっ
―――ルールはいらない。
「こっちの方が・・・リアルより凄いことができる。リアルより速く動けるっ」
グルァッ
また大トカゲが襲ってくる。だけどそれを私は躱して、再度斬りつけ、微々たるダメージを与える。
所詮はゲーム? いいじゃん別にそれで。
始まりはただのやってみたいって思い。ただそれだけだった。
そしてそれは、ラクロスを始めたきっかけと同じ。
―――ねえ、私は誰? 私は今、何をしてるの?
「アハッ、あははははははははっ!!」
単純だった。こんなに簡単なことだったんだ。
私が今しているのはゲームだ。【Generation on-line】っていうVRMMO。そして私は自分の作成したキャラクターの『アリサ』。
ラクロスは関係ない。荒谷理沙も関係ない。リアルも関係ない。
そういうの全部捨て去って、ただそこにいるのは、このゲームを楽しむ『アリサ』という少女のアバターと。
負けず嫌いな『私』だけっ!
また大トカゲの攻撃をかわした。
躱して躱して、また躱す。そうしてできた隙をついて、少しずつダメージを与えていく。
そうして与えたダメージは5%
「いや、厳しすぎるでしょ」
あと何百回攻撃すればいいのそれ?
テロン♪『称号を取得しました』
ん?称号?
そういえばステータスにそんなのあったっけ。
私は走りながらそれを確認する。
とりあえず説明を読んでる暇はないので効果だけ。
称号:【スピードスター】
効果:HP半減 Agi20上昇 アーツ:《ソニックバッシュ》が使用できる
は?
なにそれ?
Agi20?それって今のほぼ倍速になるってことなんですが?
それに。
アーツ
《ソニックバッシュ》:音速を越えた一撃を放つ。攻撃終了まで自身のダメージを無効にする。消費MP20
うっわー。
やばいもん引き当てた。
とりあえず取得っと。
ぶわっ
あ、これ本当にヤバイ。
体が軽いとかそういう次元じゃないよこれ。体重を感じないって・・・、絶対おかしいよね。
でも―――ぴったりだ。と思った。
これでいこう。
私は速くなる。誰よりも速く、どこまでも速く! このゲームで最速を目指す!
―――【スピードスター】速度バカに送られる称号。取得条件:ボス戦時近接職で一定以上の間隔を空けずにダメージを与えながら15分以上攻撃をヒットされない。
グ、グルッ?
大トカゲが突然早くなった私をとらえられず、視線をキョロキョロさせる。
私はその間にも攻撃を続け、少しずつダメージ量を増やしていく。
といっても上がったのは速度だから、与えられるダメージはやっぱり微々たるものなんだけど。
しかも明らかに現実離れし過ぎた速度なため、制御がしにくい。
そう言えば掲示板にもそんなことが書いてあった気がするなぁ。
(でも―――)
このくらいなら、すぐ慣れるっ。
無駄に高い動体視力が、体の制御に一役買っているみたいだ。
少しずつだけど脳が体に追いついてくる。
目を切りつけた――
ギィィイイイイイイ!
へー、弱点なんてあったんだね。
通常攻撃だったがHPが1%くらい削れていた。
そうと分かれば狙うだけだ。
と、顔面に向かって走ると、去り際に大トカゲの口に茶色い粉が見えた。
(え、まさかっ)
ガバッ
大口を開けた奥から放たれたのは砂のブレスだった。
視界が茶色に埋め尽くされる。―――瞬間
「――《ソニックバッシュ》!」
それは賭けだった。
ダメージ無効。それがタイミングよく決まらなければそこで終了。
また、それがただ槍をぶん回すだけとかだったら私の体は攻撃が終わった後ブレスに飲まれて終わっていただろう。
ドスッ
それは―――突進系のアーツだった。
構えた先に向かって、音速を越えた突き技を放つ。
体も一緒に引っ張られる。
しかも。
ギィアアアアアアア
目。赤いエフェクト。
弱点へのアーツによるクリティカルヒット。
1割ものHPが消し飛んだ。
ザシュ
その小さくないダメージに怯んだ隙を逃すほど、アリサは甘くない。
(ほらほらほらっ)
隙だらけの眼球を何度も切り付け、HPをゴリゴリ削っていく。
耐え切れずに大トカゲは目をつぶった。
「《ロングスピア》!」
その瞑った目の隙間に槍のアーツが突き刺さる。
大トカゲは唸って、顔面を振り回した。
おそらくもう、片目は見えていないだろう。ボスに与えた傷は残るみたいだ。
私はいったん距離を取る。
そこに、前足の振り払いが来る。それをしゃがんでかわすと、尻尾が落ちてくる。
「わっ」
私はそれを真横に跳んで回転しながら回避する。
攻撃パターンが変わった? ダメージが増えたから?
いや。違うね。
私はすぐにその考えを捨てた。
大トカゲは戦い方を変えた。目を守りながら戦うやり方に。
それはつまり、ボスの方もこっちの攻撃パターンを分析して対策しているということ。
それは運営の嫌味。意地の悪さだった。
そう簡単にボスを倒されないため、ボスモンスターには普通のモブよりも高度な学習型AIが付けられていた。
しかし、アリサにとってそれは逆の意味をなした。
(ボスも学習してる。私の動きを分析して、対策して来てくれる)
それは切っ掛けになった。
アリサが―――アリサだけでなく荒谷理沙が求めていた『それ』。
―――すべてを出し切れる駆け引きの相手
ずっと戻りたかった。だって、そこにはあったから。駆け引きが――策の打ち合いが。
互いに探り合い、頑張って相手を出し抜こうと知恵を絞る。そうして勝利を、勝筋を模索する。
それは試合だった。
(楽しい)
「もっと・・・・もっと続けようっ!」
腹は、背中よりも少し柔らかかった。爪の付け根を責めると少し怯む。けれどもう次の瞬間には足の裏で押しつぶす攻撃にパターンを変えて、その弱点は狙いにくくされる。
終いには痛がるそぶりを見せながら攻撃を続行してきた。
AIは学習する。そして学習したAIは生きているのと変わらない。
【オオヅチリザード】
それはもはや、ただのボスではなくなっているのかもしれない。
アリサには、その心が見えていた。
―――負けたくない
その眼には、そう映っていた。
「・・・・・。そいっ」
攻撃を潜り抜け、弱点の目を斬りつける。
グルッ
【オオヅチリザード】は両目を失った。
だが、それでも怯まなかった。目を斬られたら臭いでアリサの存在を認知すればいい。リザードにはそれを可能にするだけの十分な嗅覚があった。
渇望。
望むのは勝利。ただそれだけだ。
【オオヅチリザード】にとって、目の前にいる少女こそが全てだった。
この少女こそが最初の敵であり、初めて出会った人間。
「楽しいね」
グルゥ
ふと、目の前からそんなつぶやきが聞こえた。
少女は楽しそうだ。今、この瞬間も、自分との戦いを楽しんでいる。
HPは半分を切っていた。
少女は望む。戦いを。【オオヅチリザード】は戦いしかまだ知らない。何故ならこれが初戦なのだから。まだ負けたことはない。そして勝利したこともなかった。
ガァアアアアアアアア!
パリィイイイインッ
振り上げた腕の先から、そんな音が聞こえた。
きっとそれは終わりの音。自分の勝利を告げる音色だ。
「なめないでっ」
槍は、耐久値が0になって砕け散った。
でも戦いが終わった訳じゃない。
そこには【シルバーダガー】を持つアリサがいた。
攻防は続いた。
武器を変えて、戦法を変えて、アリサは勝利への道を模索する。
槍よりも戦いづらい。けれど気持ちは楽しいままだった。
切れそうになったMPを【マジックポーション】で補給する。
大トカゲのHPは、ついに3割を切った。
「《ソニックバッシュ》!」
突進によって大トカゲの背中に刃が突き刺さる。
いくよ。
「《スラッシュ》《スラッシュ》《スラッシュ》《スラッシュ》《スラッシュ》《スラッ―――」
それは昼にトメがやって見せた連続攻撃。さすがにあんなバグみたいな状態ではないが、アリサは消費の低いアーツでその真似をする。
そうして、2割、1割とHPが下がっていく。
もう一本の【マジックポーション】を開け、再びMPを補給する。
(あと少しっ)
バキンッ
ダガーが割れた。
アリサは振り落とされる。
―――まだだ
初期装備の短剣を掴みこむ。
目の前に、巨大なトカゲの顔が迫る。
ガアアアアアアアアアッ
「――《クロス・スラッシュ》!」
それはたった今、《短剣》のスキルレベルが10を超えたことで手に入れたアーツ。
十字の斬撃が黒い巨体を切り裂いた。
テロン♪『エリアボスの討伐に成功しました』
『ボーナスが送られます』
『レベルが上がりました』
『クエストを達成しました』
「ははっ。やっちゃった・・・」
ドサッ
ゲーム開始初日。南門前のエリアボスが討伐された。
討伐者は『アリサ』ソロによる単独撃破。
ここに、一つの伝説が生まれた。
「つかれたぁー」
そう言った彼女の顔は、とても満足そうだった。
1日目終了・・・初日なんですよねっ! まだ!
15話かけて1日分書いてると思うと色々思うところあったりします。
今回ちょっとアリサが情緒不安定ですが、正直気づいたらこうなってました。キャラが暴走することってあるんですねぇ。
今後もこういうことがあるかもしれませんがよろしくお願いします。
次話以降はシリアス成分薄めの予定です。