~事件~
それから一ヶ月が経過した。
セファーナは密かに下町を調べつつ騎士としての仕事に勤しんでいた。
ふと思い出す、今日は下町に差し押さえがある日だと。
「あの、すみません。」
セファーナはリリーシェに問いかける。
「今日は下町の差し押さえの日でしたよね。」
それにリリーシェが答える。
「ああ、ただ抵抗があるのは確実だろう、何もないといいのだが。」
リリーシェは何も起こらないようにと願っていた。
だがセファーナはどこか胸騒ぎがしていた。
今頃下町では国の行政による差し押さえが行われている時間だからだ。
軍舎の窓から外を見るセファーナ。
すると外から怒号が聞こえてきた。
これはあくまでも財務と法務の人間の仕事、騎士の出番はない。
だがセファーナは胸騒ぎが止まらなかった。
「あの、少し見に行ってもいいですか?」
そうリリーシェに質問する。
「行くのは構わんが近くまでは行くな、あくまでも少し距離を取れ、いいな?」
リリーシェはそう言った、それの意味はすぐに理解した。
その上でセファーナは怒号の聞こえた城門の方へと向かう。
城門の前では下町の人間が暴動を起こしていた。
だが税金を納めず好き勝手していたのは自分達だ。
言わば自業自得なのである、それなのに下町の人間は権利を主張する。
「おい!俺達から生活まで奪うってのか!ふざけんな!」
先頭に立っていたのはあの青年だった。
それに煽動されるように下町の住民も怒号を発する。
だが下町の住民の全てではない。
中にはきちんと税金を納める人もいる。
その人達は関わりたくないのか他人のふりをしつつ冷ややかに見ていた。
「責任者を出せ!奪ったものを返しやがれ!」
だが今回差し押さえの対象になったのはあくまでも税金の未納者だけだ。
きちんと納めていた人の家には当然手はつけられていない。
そこに国の法務局の人間が現れる。
彼は民達に事情をきちんと説明するがそれに対しさらに声を荒げる民達。
セファーナはその異常な光景を前に心の中に怒りが込み上げる。
だが出て行っては負けだ、そう言い聞かせ拳を握りしめる。
セファーナは気づかれないように近くの人間に話を聞く。
その人は下町から貴族の家に移住した人だった。
ちなみにその人の事情では夫を失い、沈んでいた時に子供と知り合ったのがきっかけだという。
当然その子と子供の母親は下町からは裏切り者と呼ばれ冷ややかにされたという。
セファーナはそれを知りやはり何かがおかしいと考える。
まるで何者かに洗脳され下町がモンスターの集まりになったような。
だが相変わらず怒号は収まる気配を見せない。
近くには今週巡回をする防衛部隊の騎士達も隠れて待機していた。
その異様な光景にセファーナは恐怖すら感じた。
法務の人間が説明しても住民は納得するどころかさらに怒りを強める。
「そんなんで納得するかよ!国民を蔑ろにしてんじゃねぇぞ!」
そんな時だった。
法務の人間がその場に倒れ込む、腹部からは真っ赤な血が溢れていた。
下町の人間が刺したのだ。
その瞬間騎士達が即座にその人間を確保する。
その刺した男は必死に抵抗を試みるも騎士に勝てるはずもなかった。
そのまま確保され拘束される、この事態に騎士達がついに武器を取る。
「なっ!?国民を傷付けるつもりかよ!」
だが騎士達も穏やかではない、そのまま騎士達が叫ぶ。
「この騒動が収まらないのであればこの場で応戦する!」
それを聞いた下町の人間は歪んだ表情で逃走を図る。
だが逃走先にはすでに騎士達が包囲網を敷いていた。
そのまま確保される民達。
刺された法務の人は医務室に運ばれる事となった。
幸い国には治癒術の使えるヒーラーも医師もいる。
傷がよほど深くなければ死ぬまでには至らないだろう。
セファーナは事態の収束を見届け軍舎へと引き上げる。
軍舎に戻ったセファーナは暗い顔をしていた。
それにリリーシェが声をかける。
「酷いものを見てしまったか?」
セファーナは小さな声で返事を返す。
「だがあれだけの事をやったのだ、ここで裁けなければ国の問題になる。」
リリーシェはそう答えた。
だが下町に今まで甘くしてきた上の事も気になっていた。
セファーナは法がきちんと彼らを裁いてくれると願っていた。
その日は夜の街は驚くくらい静かだった。
あの暴動なのだ、街に出るのは躊躇われるだろう。
国の上層部も即座に重要な会議を徹夜でする事となる。
セファーナは決定を待ちつつ騎士として職務を全うし続けた。
だが事態は思わぬ方向へと進んでいく。
セファーナの胸には確実に何かが芽生え始めていた。
歯車はもう狂い始めているのだ、これから待ち受ける運命は非情なものとなる。
狂った歯車は二度と戻る事はないと…。
セファーナの運命は大きく動き出す、それはもう少し先の事である。