所為転換手術2
「俺のせいだ…」
球場から外に出るための、人気のない階段の一角に座り込んで、洋介は頭を抱えた。先ほど行われていた、県大会予選。九回裏ツーアウトまで漕ぎ着けた洋介たちは、後一つで次の戦いへとコマを進めるはずだった。はずだったのだが…。
「くそっ…なんで取れなかったんだよ俺…!」
洋介ははめていたグローブを壁に投げつけ叫んだ。グローブはそのまま階段を転がっていき、角を曲がって見えなくなってしまった。だが洋介にはもう、自分のグローブを負う気力も無かった。気がつくと洋介は、涙ながらに嗚咽を漏らしていた。罪悪感と胸の痛みで、しばらく動けそうにない。まるで身体の中から、見えないナイフが飛び出して内側から全身を突き刺しているかのようだった。
九回裏ツーアウト。
敵のバッターから洋介の守る位置に放たれたのは、平凡なセカンドフライ。
誰もがゲームセットだと思ったはずだ。洋介にとってもまた、これまで何度も練習を重ねてきた簡単な処理…のはずだった。
「ああああ…」
洋介は先ほどのことを思い出して、もう一度頭を抱えた。出来ることならば、このまま何処かに消え去ってしまいたい。あの後チームメイトは、洋介を責めなかった。だが洋介自身が、一番痛感していた。負けたのは、自分のせいだ、と。
「あの…落としましたよ?」
「うわあ…っ!?」
洋介が塞ぎこんでいると、突然下の踊り場から声をかけられた。すぐ下まで人が来ていることに気づかず、洋介は思わず飛び上がった。
目の前にいたのは、見知らぬ顔だった。
他校の生徒だろうか。恐らく応援のために来ているのだろう、青のジャージ姿に背中には楽器を入れる大きな黒いケースを背負っている。その子は白い肌にか細い華奢な身体、サラサラとした光に透けた長髪で、中性的な顔立ちをしていた。一目見ただけでは、洋介にはその子が男なのか女なのか、判断できなかった。
「これ、あなたのですか?」
「………!」
その子は持っていたグローブを差し出し、首を傾げた。洋介は慌てて顔を拭った。泣いているところを見られただけでも恥ずかしいのに、あろうことか泣きすぎてまともに声が出ない。ましてや物に当たって自分のグローブを投げ捨てていたなんて、惨め過ぎて救いようがなかった。
「…違う」
だから、その子にそう尋ねられた時、洋介は思わずそう答えてしまったのだ。
「あれ、違うの?…君、大丈夫?」
「………っ」
ジャージの生徒は、ゆっくりと階段を上り洋介に近づいてきた。キラキラと輝く大きな目に見つめられ、洋介は思わずギクリと身体を強張らせた。もうバレバレなのかもしれないが、自分が泣いていることを他人に見られたくはなかった。
「違うっていってんだろ!」
洋介の叫び声に、その子は一瞬立ち止まった。洋介はぎゅっと唇を噛んでうな垂れた。
…最悪だ。自分のせいだってのに、見ず知らずの他人に怒鳴り散らして八つ当たりするなんて。 でも、どうしようもないんだ。どう頑張ったって、このイライラは止められそうにもないんだ…。
「ほら」
洋介が塞いでいると、突然、その子が近づいてきて、彼の頭にそっと右手を乗せた。
「痛いの痛いの、飛んでいけ~!」
「………は?」
「ね?」
まるで子供をあやすかのような声に、洋介は思わず顔を上げた。目の前に、にっこり笑顔を浮かべるその子の顔があって、洋介は驚いて後ずさった。
「なんだよ…っ!?」
「なにが?」
「何のつもりだ…同情してんなら、うざってえから、止めろ!」
「別に、僕正直野球に興味ないもん…でも」
その子は、左手に持っていたグローブを洋介に差し出した。
「たった一回失敗したくらいで、大切なものまで投げ捨てて傷ついちゃったら、可哀想だろ?」
だから、僕が治しといた。そう言ってその子は笑った。長い沈黙の後、洋介は黙ってグローブを受け取った。洋介がそのままうな垂れていると、その子がそっと隣に座る音が聞こえた。
「………」
「………」
「………」
「………」
「……俺の」
「うん」
「………っ」
「………」
「……俺のせいなんだ」
「うん」
「…俺のせいで、試合に負けたんだ」
「うん」
「簡単なフライだったんだよ。誰でも取れるような…」
「うん」
「でも俺は、それすら取れなかった…」
「うん」
「もう、取り返しがつかない。どうしようもないんだ…俺のせいだ…」
「うん…だから」
その子がもう一度、洋介の頭に触れた。
「次からは、僕のせいにもさせてよ。きっと応援してるから」
洋介は顔を上げた。隣で会ったばかりの見知らぬ顔が、洋介の頭を撫で優しく微笑んでいた。
「それ、貸せよ。下まで持つから。重いだろ?」
「え?いいよ、悪いよ…」
洋介は遠慮するその子を無視して、背中から黒いケースを取り上げた。見た目よりも重量のある楽器のケースに、洋介は思わずよろめいた。
「お前、こんなん此処まで背負ってきたのかよ!?重かっただろ…」
「でも今は軽いよ、君が持ってるし」
「なんだそりゃ」
洋介はケースを背負い、先立って階段を降り始めた。そろそろ戻らなくては、バスの時間になってしまう。そういえば後ろから着いてくるこの子は、何処の生徒なんだろうか。
まだ名前も聞いていないし、何よりお礼の一言も言ってない。
洋介は出来るだけ目を合わせないように先頭を歩き、わざとらしく咳払いをした。
「あの…ありがとな」
「え?なにが?」
「別に…嗚呼もう、俺ってホームラン級の馬鹿だよなあ、って、何か痛感したわ…」
「いやあ、君のはまだまだ凡フライ級だろう」
「お前…!」
出来たばかりの傷口を抉られたりしながら、洋介は出来たばかりの見知った顔と、夕焼けに染まる街へ戻っていくのだった。




