青い騎士 スージー 看板娘 サンチュ
活気はあるが穏やかで平穏な町ノーステラ。そこにあいつは風を連れてきた。強くて新しい青い風を。
サンチュは昼間は人の来ないギルド連合の管理・依頼書類の事務処理など、夜はマスターの指導の下で酒場の給仕をしている。
「ビール3つ!」
注文の声が聞こえれば元気よく返事して届けに行く。たとえ、相手が変態だろうとも…。
「サンチュちゃん、今日もきれいだね。」
ビールを置いた席の隣から伸びてきた手を持っていたお盆でガードする。結構痛かったのか、お盆にぶつかった手をフーフーと冷やす騎士がいた。
「あらスージーさん。飲み物がなくなりそうですよ。ご注文はいかがですか?」
スージーはつい1週間ほど前からこの店に来ている。初日からわけのわからないアピールと胸や尻めがけて伸びてくる手のおかげですぐに顔と名前を覚えてしまった。
「サンチュちゃん、今日も冷たいね。じゃあ、ビールもらおうかな。」
少し涙目になりながらも、笑顔を絶やさないあたり、スージーはすごい人なのではないかとサンチュは思っている。変態の印象が強いけど…。
酒場では他人の事情は聞かないことがマナーであるが、たいていの人は勝手に自分のことを話すものだ。しかし、スージーは出身もここに訪れた理由も今どこに住んでいるのかさえも聞いたことがない。
サンチュからしてみれば変態・変人・よくわからない人と認識しており、一線を引くのに余りある理由を持っていた。まぁ、マスターの経営理念が金を払うならみな平等にがであるので、無下に接しているわけではない。ただ、めんどくさいのであまり関わりたくないのだ。
「注文お願いしまーす!」
入口のほうから注文の声が入ったのでサンチュは返事をして、呼ばれたテーブルに向かった。
「はい!ご注文は何になさいますか?……っ!」
注文を取りにテーブルについたとき、後ろから羽交い絞めにされた。
「この店の有り金全部いただこうかな。」
サンチュを捕らえた男がサーベルナイフをサンチュに突き付け、マスターに届くように大きな声で言った。同じ席に座っていたほか2人の男もサーベルナイフを抜き、ほかの客を脅して下がらせる。周囲の客が状況を理解できぬまま、しかし危険を察して数歩離れた。
「サンチュ!!」
マスターが白い顔をしてあわてる。急いでカウンターに行き、お金を出そうとする。しかし、
「待ちな、マスター。こんな奴らに金渡す必要なんてないよ。」
スージーが立ち上がり、カウンターに手をついて言った。マスターも周囲の客もスージーに不審な目を向ける。スージーは気にせず、サンチュを捕まえている男たちに言葉をかける。
「全部で3人、看板娘を盾に金を請求。実に一般的な手口だ。しかし、君たちの目的は別にある。」
サンチュは何を言っているんだろうと思った。金を出せと言ったのに目的は別にあるとはどういうことだろう。しかし、男たちは少し怯えた顔をして、スージーに刃を向けた。
「金じゃなかったら、何が目的だというんだ。」
男たちに向かて歩き出し、鼻で笑うようにスージーは言葉を続けた。
「ここは小さいがギルドの店だ。ここが襲われれば復旧のために周囲のギルドが人を派遣するだろう。当然、ここから西の町オキシデンスからも人が来るだろう。今、そこにはこの国の一級犯罪者ゴルバドスが囚われている。」
ここまで話すと男たちの顔色がみるみる白くなっていく。
「ゴルバドスの有能な右腕がノーステラに逃げ込んだという噂をを聞いて探していたんだよ。やつを逃がすために策を練りそうなお前を。」
スージーの言葉が終わる前に男たちは出口に向かおうとする。しかし、驚くような速さでスージーが出口前に立ち、退路を塞いだ。
「君たちが仕掛けたであろう爆弾はもう解体してあるから、急いで逃げなくてもいいよ。」
爆弾という一言にサンチュは男たちの顔を見上げる。悔しそうな顔をしているので爆弾があったのは本当のようだ。いったいいつ仕掛けて、いつ解体されたのだろう。
「くそ!こうなったらここにいる全員皆殺しだ!やるぞ、お前ら!」
ゴルバドスの右腕だという男はほか2人に指示を出す。スージーは落ち着いて剣を抜き、構えた。
「おっと。こっちには人質がいるんだぜ。青い騎士さん、おとなしく剣を捨てな。」
忘れてたことを思い出したようにサンチュを捕らえた腕に力が加わる。サンチュは苦しさに顔をゆがめてしまった。
シュッ
しかし、風を切るような音と共に男の力が緩む。
「そういうことは自分の力量を知ってから言ったほうがいいよ。」
スージーの言葉が言い終わると同時に男はドサッと倒れてしまった。ほか2人は情けない声を上げて出口から出て行ってしまう。サンチュも力が抜けてその場に座り込んでしまった。
「わっ、サンチュ、大丈夫かい?」
心配したスージーが近くに来て手を差し伸べてくれる。
「あの2人外に行っちゃったけどいいの?」
何とか絞り出した声で出てきた言葉がそれだった。しかし、その答えはあっさり外から解決する。
「スージーさん、ご協力ありがとうございました!」
若い警察官がスージーに敬礼をしてサンチュの後ろに倒れている男を回収していく。また、そのすぐ後に少しごつい威厳のある警察官がスージーに声をかけてきた。
「スージー、今回はとても助かったよ。このお礼はまたの機会でいいかな?いつまでこっちにいるんだい?」
どうやら、この町の警察署長だったようだ。スージーは丁寧に返答をしていた。
「署長さん、こちらこそ急な要請に対応していただきありがとうございます。お礼の話はいつでもいいですよ。」
その言葉に一度うなずき、警察署長は外へ出て行った。
すぐに店内はいつものにぎやかさに戻る。サンチュに大丈夫だったかと声をかけるもの、スージーの武勇をたたえるものでいつも以上のにぎやかさだったかもしれない。マスターに関してはうれし泣きで仕事になっていなかった。
少し落ち着いた頃、サンチュはお礼もかねてスージーに声をかけに行った。
「スージーさん、今回はこの店を救ってくれてありがとう。でも、爆弾とかあの男たちの狙いとかよくわかったわね。」
サンチュの言葉にスージーは肩をすくめながら答えた。
「実はギルド連合から依頼が来てたんだよ。ゴルバトロスの裁判が終わるまで、彼の一味が邪魔しないように排除してくれって。今回この町に来たのもその依頼があったからなんだ。」
それでも助けてくれたことに変わりはない。もう一度お礼を伝えたうえで、依頼が終わった以上この町を出て行ってしまうのかと聞いた。
「まぁ、確かに依頼は達成したからね~。なに?惚れちゃった?」
もしかしたらとても寂しそうな顔をしてしまったのかもしれない。スージーは茶化すように笑いながら言ってきた。だから、サンチュはこう返した。
「うん。惚れちゃったかも。」
この時はスージーだけでなくその場にいたすべての客が驚いた。しかし、もっと驚いたのはこの後の言葉だった。
「えっ、うーん、同性同士の結婚って認めてもらえるのかな~。」
「えっ…。同性?」
店が壊れるのではないかと思うくらいの声が酒場からあふれ出していた。
その後、スージーはギルド連合から依頼達成書と新たな指示書を読んだあと、この町が気に入ったからとまだ酒場に通い詰めている。