1話 転生
16歳の誕生日の翌日、俺は病室で今まさに息絶えようとしていた。
靄がかかったようにおぼろげになっている思考は自分の人生を振り返っていた。
我ながら、悪い人生ではなかったはずだ。
……ただ一つ、一度も外に出ること後できなかったこと以外は。
生まれつき体が弱かった俺は、軽く熱を出しただけで死にかけてしまうので外に出ることはもちろんベッドから起きることさえあまりさせてはもらえなかった。
まあ、外の世界のことは興味があったので貪欲に知識は得たし、そこそこ成績も優秀だったから、登校できないにもかかわらず学校に入学することもできた。
病室に遊びに来てくれる友人も結構いたので、それなりに楽しく過ごせたな。
もう、五感のほとんどは働いてないのでわからないが、きっと俺のベッドの周りでは両親や友人だちが泣いてるんだろう。
まだ音が聞こえていた時に、まだ死ぬには早いと、生きてくれと言ってくれた人たちに申し訳ないと思った。
俺も生きれるならもちろんもっと生きたいが、これ以上命をつなぐのは、無理であるとなぜかわかった。
12歳まで生きることができないと言われた俺が、さらに四年も多く生きることができ、趣味で始めたプログラミングで作ったOSで、一財産つくり、家族に残すことまでできた。死んだ後の家族の心配まで解消できたのだ、外に一度も出ることができなかったとはいえ、俺は不幸だというのは贅沢になるのかな?
でも、次生まれ変わった時は…………
『外』の世界を見て見たい
そう思ったところで、思考の靄がどんどん濃ゆくなって行く。
あぁ、死ぬのか……。
先ほどまでは、全く意識していなかったのに、死に対する恐怖と、後悔や未練が湧き上がってくる。
もっと生きたかった、みんなと話したかった。そとを走り回りたかった……。
弱々しく揺れている炎がフッと消えた光景を幻視したと同時に、俺の意識は闇に消えた。
音が聞こえる。二日ほど前から音も聞こえなくなっていたので疑問に思う。途切れてはずの意識は、先ほどよりもはっきりしていた。
目を開けてみると、飛び込んできた光に思わず目を閉じてしまう。いつぶりの光だろうか? もう、目が見えなくなって、数ヶ月の時を闇の中で過ごしてきた俺は、なんとも言えない感動を覚えた。が、恐る恐る目を開け、飛び込んできた光景は、そんな感動などすべて押し流してしまうほどの衝撃だった。
明らかに先ほどまで自分が寝ていた病室ではなく、西洋風のホテル、と言った感じの内装だった。
まず目に飛び込んできた温もりすら感じるほど優しく照らしている光は蛍光灯ではなくランプのようだ。ゆらゆらと揺れている炎を見ると何と無く落ち着く。そこでやっと周りを見渡す余裕ができ、人影がいるのに気づいた。
( 誰だ? )
俺の周りを囲んでいたのは、家族ではなく見たこともない西洋風の人達だった。
美しい金髪の女性が、覗き込んでくる。日本で見る染めた不自然な金髪ではなく、落ち着いた、気品のある色合いに思わず見とれてしまう
「ーー・・・ーーーーーーーー・・!」
何か言われているが、理解することがてきない。
何を言ってるのだろうか?
「・・・ーーー・・……」
また話しかけられるが、その響きは聞いたことがない。
というか、日本語なのか?
とりあえず、日本語が通じるか確かめてみるか。
「あぅーあーー……ぇあ?」
ここは病院ではないのですか? そう聞こうとした 俺の口からもれたのは何の意味も持たない音だった。
まさか声帯の機能がなくなりかけてるのか? そんな疑問が脳裏をかすめた。
あり得ない話ではない、言葉を話すことすらできなくなってから、1ヶ月以上は経っているのだ、もう必要のない機能として生命維持を優先するために切り捨てられたのだろうか。
だか、女性は俺のそんな声に少しだけ驚いたように目を見開いた後、愛おしそうに目を細め、手を伸ばしてくる。
「ーーー・・・ーーーー」
俺の右手を取り、優しく話しかけながら撫でてくれる。
まるで母さんみたいだな。
説明できない圧倒的な安全感は、母のようだった。
しかしそんなことを思ったのもつかの間、俺は女性に優しく包まれている自分の手をみた。
(…………っ!?)
視界に入った右手が、俺を一番混乱させた。
(なんでこんな手になってんだ!?)
俺の手は、とても小さくて、ぷっくりとしていた。そう、まるで赤ん坊の手のように。
どうなってる? 死が近づいてついに頭まで狂ったか!?
いや、幻想だな。幻覚でも見ているのか、ならば……!
そう思って、空いている左手で自分の頬をつねろうとしてみるが、思った通りに体が動かず、できない。
大量の疑問符が俺の頭を埋め尽くし、状況を把握することなど到底できなかった。
俺が状況を把握して、現実を受け入れるには、2週間もかかった。
俺は現実を受け入れざるをならなかった。
自分がいわゆる転生とかいうやつをしたのだと。
まだ自分で動くことが出来ないので、はっきりと確認できたわけじゃないが、ここにな文明の利器がほとんどない。
まあ、ヨーロッパ当たりせの何処かだと思うが、相当な田舎なんだろう。なんせ、照明にランプや紙が質の悪い羊皮紙を使うくらいだ。変なこだわりのあるやつじゃなければ、田舎以外にありえない。……そんな趣味のある両親じゃなければいいけど。
他にも、幾つかわかったことがある。
まず、この家は裕福ではあるようだ。なんせ、一人とはいえ、あのメイドさんがいるくらいだ。……まあ、まだ見てないだけで他にもいるのかもしれないが。
家の中の内装も結構贅沢だし、両親の仕草にも何処か高貴な感じが漂っている。
あとは、両親とメイドさん、そして俺の名前だ。まだまだこの世界の言語は理解できないが、名前だけはお互いを呼び合っているのを、聞くだけで覚えれるし、自分のはなんども呼びかけられるから簡単に覚えることができた。
母親はリーニャ、父はアルデルト、メイドさんはユリ、そして俺がリオだ。
わからないことだらけだし、今の家族や、自分の名前に対する違和感は全然抜けないし、家族や友人たちと会えないことが寂しいけれど、元の家族にはある程度大きくなった時に会いに行けばいい。
だから、早く会うために頑張ろう。そう思った。