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― 黄泉夜譚 外伝 ―  作者: 朝里 樹
朱雀門の月
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朱雀門の月 (一)

今回は本編一四話に登場した朱雀門の鬼の話となります。


※都合上、実在の歴史上の人物であっても、伝えられる歴史とは異なる時代に生きていることとしている場合がございます。ご了承ください。



風さそふ 花のゆくへは 知らねども 惜しむ心は 身にとまりけり


― 風が誘って散らす花の行方は知らないけれども、その花を惜しむ心の行方は知っている。それは我が身に帰って来て、ずっと留まっているのだ ―


『山家集』より 西行法師



 平安京、その大内裏の南面。そこには朱雀門と呼ばれる巨大な門がある。

 その楼にて、一人の鬼は自らの杯に酒を満たし、そして口に運ぶ。それをじっくりと味わうように呑み下し、夜に包まれる平安京を眺むる。

「この都も、変わり行くか」

 月の光の下、鬼はそう一人呟いた。


外伝 朱雀門(すざくもん)の月


 茨木は後ろに鬼童丸(きどうまる)を連れ、羅城門に辿り着いた。結局鞍馬山では新たに(あやかし)を従えることはできなかった。

 平安京における妖たちの争いは、それに関わらなかった多くの妖たちにも知れ渡っている。その中で多くの強大な力を持つ妖が死んで行った。力を持たぬ妖は、それを知るが故に死を恐れ、争いに巻き込まれることを恐れている。

 そもそも、もう人や妖によって荒らされた都を欲しいと思う妖も少ないのかもしれぬ。

 茨木自身は、平安京など元から欲しいとは思わなかった。酒呑童子がここを目指した理由も、ただ人と妖が多く集まるというものだけ。主がいない今となってはもうここに留まる意味もない。廃れるなら廃れる、栄えるなら栄えれば良いと思っている。

「ここが平安京か。思ったより華やかじゃないな」

 鬼童丸は羅城門の向こうに見える景色を見て、つまらなさそうに呟いた。

「栄えたものもいつか滅びるものだ。何にも例外はない」

「あんたの住んでた大江山もそうだったんだろ。何であんただけ生き残ったんだよ」

 恨みがましい声で鬼童丸は問う。茨木は彼の方を見ずに、答える。

「俺には生きねばならぬ理由があった。お前には分かるまい」

「分かりたくもない」

 吐き捨てるように鬼童丸は言った。この半鬼半人の童は大江山に連れ去られた女が身籠った子供だ。それ故に大江山の鬼たちを憎んでいる。

 茨木童子は門の楼へと登ると、鬼童丸も付いて来た。薄暗い楼の中に入ると、さらにその闇を濃くしたような暗い影が壁際に立っている。

「来ていたのか、清」

「……ええ」

 清姫は茨木を一瞥し、そして鬼童丸に目を向けた。

「それで、その子はなに?」

「酒呑童子様の忘れ形見だ」

 それを聞いた清姫は一度頷いた(のち)、興味を失くしたように楼の外へと視線を移した。だが、逆に反応したのは鬼童丸だった。

「お前も、酒呑童子の配下の妖か!」

 鬼童丸は太刀を逆手に抜き、清姫へと飛び掛かる。だが、清姫は逃げることもせず、ただ左の腕を鬼童丸に向かって腕を上げた。

 その腕の白い肌は赤みを帯びた蛇の鱗に覆われ、また指からは鋭い爪が伸びる。そして瞬く間に巨大化したその掌に鬼童丸の頭を掴み、床に叩き付けた。

「騒がしいのは、好きではないの」

 淡々とした調子で言い、清姫は妖に変化(へんげ)した腕を鬼童丸から放した。鬼童丸は悔しそうに妖化しかけたために牙となった歯の間から息を漏らす。

 清姫もいつの間にか魔京とさえ呼ばれるようになった、妖たちの入り乱れたここ数十年の平安京を生き抜いた女だ。まだ年端も行かぬ鬼の子に殺されるような妖ではない。

 清姫は相変わらず関心もなさそうに外を眺めている。そこに見えるのは都の中心に敷かれた朱雀大路だろう。

 かつては夜になれば百鬼夜行が徘徊していたこの大路も、今では静かなものだ。六つの妖の勢力の争いが、都から他の妖たちを遠ざけた。しかしそれもまた過去のこと。

 茨木が床に寝転がったまま口惜しがっている鬼童丸を眺めながらそんなことを考えていた時、清姫が闇に消え入るような声を出した。

「茨木……、またあの鬼が来るわ」

 その言葉に茨木も楼から朱雀大路を見る。そこに見えるのは齢四十程の男の姿。見た目だけであれば人の形をしているが、それが鬼であることは彼が纏った妖気で分かる。

「朱雀門か」

 茨木は呟くように言った。

 朱雀門とは元来、この朱雀大路の端に位置する、大内裏の南門となる巨大な門だ。そしてもう一方の大路の端となるのが、この羅城門だった。

 あの鬼が朱雀門と呼ばれる理由、それは彼が朱雀門の楼を住処(すみか)としているためだった。酒呑童子とともに茨木が都に辿り着いた頃には既にそこにいたようだ。

 彼の名前が何であるのかは茨木も知らぬことだった。鬼はただ、「朱雀門の鬼」と呼ばれていた。

 そんな朱雀門の鬼がわざわざ朱雀大路を歩き、都の端にあるこの羅城門へとやって来る理由は、茨木も知っている。

「感じた妖気は羅城門の鬼、貴様だったか」

 楼へと登って来た朱雀門の鬼は茨木を一瞥し、そう言った。

「久しいな、朱雀門」

「ああ、ここに来るのは十年振りだ」

 朱雀門の鬼は鬼童丸や清姫をちらと見て、それから楼の隅に積まれた人の亡骸たちの側に腰を下ろした。羅城門にはよく人の死骸が運び込まれる。

 人は死ねば邪魔となるもの。人の形をしたそれは時を経れば腐り、そして病を撒き散らす。そのため、平安京に住むものたちは死体が出れば埋めるか、さもなくば鴨川に流したり、この都の境界である羅城門まで運び、楼に捨てるなどのことを行った。それでも全ての亡骸がそうやって処理されたわけではなく、茨木は町の中に無造作に放置され、虫の集った腐った肉を幾つも見たことがある。

 そして、朱雀門の鬼の目的はこの亡骸の山だった。

「大江山のことは聞いているぞ」

 朱雀門の鬼はまだ腐っていない死体を選び、ひとつひとつ丹念に調べつつ、茨木にそう言った。茨木は頷き、短く息を吐き出して言う。

「お前がいれば、あの戦もどうにかなったかもしれんな」

「過ぎたことは、誰にも分からぬことだ」

 茨木の言葉に、朱雀門は淡々とした調子で答えた。だが、この鬼は他の鬼が持たぬ特殊な力を持っていることは、茨木も知っていた。

 茨木が朱雀門の鬼と出会ったのは、まだ酒呑童子が生きていた頃、酒呑童子と茨木が妖たちを率い、大江山に居を構えて間もない頃だった。




「いつ見ても立派な都じゃのう」

 羅城門の屋根の上に立ち、改めて酒呑童子は言った。彼の目下には夕焼けに染まる平安京が広がっている。そして酒呑童子の横には茨木がいた。

 朱雀大路を挟んで右京と左京に別れた巨大な都。鬼たちはこの羅城門を拠点に夜になれば暴虐と略奪を繰り返し、人々や妖たちに恐れられていた。

 だが、今はまだ鬼が出るには早い。今日ここにやって来たのは、酒呑童子が都を見ながら酒が飲みたいと言い出したからだった。それに深い理由などない。己の生きたいままに自由に生きる、それが酒呑童子だ。

 茨木はその護衛として着いて来ただけだった。酒呑童子の強さは誰よりも認めている。しかし、やはりどんな人や妖がいるかも分からぬ平安京へ(あるじ)一人で行かせるのは気が引けた。

「さて、今宵も美味い酒が飲めそうじゃ」

 そう豪快に笑い、酒呑童子は羅城門の楼へと入って行った。茨木もそれに続く。酒呑童子は早速徳利を取り出すと、それを口に運んだ。

 茨木は酔えば前後不覚になるからと酒呑童子の誘いを断り、そして都を眺めていた。人や妖が近付けばすぐに気付けねばならない。

 やがて陽は地の向こうに沈み、宵となる。既に酒呑童子は三尺はある巨大な徳利の三つ目に手を掛けており、茨木も何杯か飲まされ、腹が酒に満たされるという、あまり好きではない状態になっていた頃のこと。茨木は朱雀大路を歩いて来る男の姿を見た。

 この刻限に外を出歩く人はあまりいない。なればあれは妖か。男が近付くにつれて妖気が匂い、茨木はそれを確信した。

「酒呑童子様、妖がひとりこちらに近付いて来ます」

「都の内よりひとりでやって来るとは、おかしな妖もいるもんじゃのう」

 酒呑童子は僅かに眉を動かし、そう言った。確かに妙だ。宵は妖が動き出す刻限とは言え、ここは人の作った人の都。たったひとりで歩いていれば人に狩られることも十分に考えられる。

 余程己の力量に自信があるのか、それともただの阿呆なのか、茨木は注意深く男の動きを観察した。

 羅城門の前まで来て、その男は不意に顔を上げた。茨木と目が合うが、男は特に反応を見せない。そして、そのまま楼へと上がって来た。

「おう、お前は何者じゃ?」

 酒呑童子は徳利を置き、唐突に現れた男に問うた。男は人の姿でも一丈近い(たけ)のある酒呑童子にも怯まず、その顔を見据えて「朱雀門の鬼」と一言だけ答えた。

「ほう、お前も鬼なのか」

「近頃都を荒らしている鬼は、お前たちか」

 朱雀門の鬼は酒呑童子の問いには答えることなく、逆に低く落ち着いた声で問うた。酒呑童子は凄むような笑みを見せ、言う。

「ならばどうする?」

 それは酒呑童子を見慣れている茨木でもぞっとするような、恐ろしい貌だった。だがそれでも朱雀門の鬼は眉ひとつ動かさず、淡々と返事をする。

「人と妖の諍い、高見の見物でもさせてもらおうかと思うてな」

 朱雀門の鬼は言いながら、羅城門に放置された死体の山の側に腰を下ろした。

「面白いやつじゃ。そうじゃ、お前は儂とともに来る気はないか?」

 酒呑童子は徳利を突き出し、そう朱雀門の鬼を誘った。だが朱雀門は酒呑童子を横目で見ただけで、首を横に振る。

「私は貴様らのやっていることに興味はない。この都の移り変わりを見られればそれで良い」

 言い、朱雀門の鬼は懐から竹筒を取り出し、それをいくつか選んだ死体に掛けた。するとその死体が急に痙攣を始め、糸で吊られたように不自然な動きで立ち上がった。

「亡骸を操るか。不可思議な力を持っておるのう。面白い」

 酒呑童子は酒を一口をあおる。朱雀門の鬼は数人の亡骸を立ち上がらせると、そのまま門から下ろした。

「では、失礼させてもらおう」

 朱雀門の鬼が言い、そして楼から姿を消した。茨木は一言も発することなくそれを見ているだけだった。今まで出会ったものたちは、妖も人も酒呑童子を見れば恐れ戦き、そして平常な心を保つものはいなかった。

 だからあの朱雀門の鬼と名乗った妖は、彼の目には奇異なものに見えたことを覚えている。




 あの頃はまだ妖と化してそれほど時も経っておらず、若かった。茨木は闇にくすんだ都を眺め、思う。あれから幾つもの妖と出会い、そして酒呑童子と真っ向からぶつかるものも見て来た。それに、自分自身も強くなった。

「またひとつ、時代が終わったのだな」

 朱雀門の鬼がそう言うのが聞こえた。茨木は彼に目を向ける。

「この平安京に集っていた妖たちも、こんな闇の中でさえ姿を見せぬ。このような大きな戦はもうしばらくは起きんだろう。また、妖の時代も次に進むということだ」

 亡骸を操る鬼。かつてその術を見た時には驚いたものだが、今ではそのからくりも分かる。

「お前の妖術で酒呑童子様を蘇らせることは、できんのだろうな」

「それは最も近くで酒呑童子を見ていたお前が一番分かるだろう」

 酒呑童子が死んだ時、朱雀門の鬼ならば彼を蘇らせることができるのではと考えることもあった。だが、それはできぬ。

 朱雀門の鬼の力は、あくまで亡骸を動かすだけ。そこには生前の記憶も意思もない。笑うことも、酒を飲むこともない。そんな新たな生を酒呑童子に与えることに、何の意味があるというのか。

「死した主のために生きることは否定しない。お前がまた、新たな鬼の時代を作れば良い」

 朱雀門の鬼は幾分か柔らかい声色でそう言った。取り出した竹筒から液体を掛けると、楼に捨てられた死体は瞬く間に液状化し、そして竹筒の中へと入って行った。

 朱雀門の鬼は竹筒を懐に仕舞い、そして茨木の左腕を見る。肩の下から切り落とされた左腕を。

「望むのならば、その左腕を再び動くようにもしてやる。貴様の左腕は未だ人の元にあると聞いた」

「俺の左腕が?」

 茨木が片眉を上げると、朱雀門の鬼は頷いた。

渡辺綱(わたなべのつな)、その名に覚えはあるだろう。そやつがお前の腕を持っている」

 その言葉を最後に、朱雀門の鬼は羅城門を去って行った。

 茨木はもう痛みさえ感じなくなってしまった左腕の付け根を見た。この腕が本当に治るのだろうか。それならば、また両の手で刀を振るえる。

 酒呑童子の元で戦った、あの頃のように。

「渡辺綱って誰だ?」

 鬼童丸がぼそりと言った。

「大江山に現れた武士(もののふ)の一人だ。お前にとっては、母親の恩人であるかもな」

「俺は、武士は嫌いだ」

 鬼童丸は言い、拗ねるように横になった。

「茨木童子、その人間は強いの?あなたの腕を切り飛ばすほどに」

 清姫が茨木の耳にやっと届くような声で尋ねる。

「ああ、強かった。まるで人ではないように、何人もの鬼を殺していた」

 大江山に現れたたった六人の武士、彼らは九尾や死神ら妖に混じりながら、鬼たちに一歩も退かずに戦っていた。清姫も元は人だったからこそ、人と妖の力の違いが分かるのだろう。人も覚悟を決めればあそこまで強くなることもできるのか。

 それでも己が妖であることは否定しない。人であることを捨てた今、妖として人に勝つまでだ。この左腕を取り戻せるのならば、それは何よりも強い力になる。主の仇を討つための力に。

 茨木童子はかつて主の亡骸とともに大江山に置いて来た己の腕を、再びその身の力とすることに決めた。



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