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― 黄泉夜譚 外伝 ―  作者: 朝里 樹
鬼の子の旅路
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鬼の子の旅路 (三)

「ほお、お前らの目的は滝夜叉姫なのか」

 焚火の明かりが乾いた岩壁を照らす洞窟の中、袴垂保輔はかまだれのやすすけは感心したようにそう酒臭い息を吐いた。火で暖められたためか洞窟の内部は存外に温かく、先程の保輔との戦いで帯びた熱が未だ引かぬ鬼童丸の体には、むしろ熱いぐらいだった。

「そうだよ。お前もあいつのこと知ってるのか?」

 鬼童丸は保輔の方に目を向けてそう問うた。人間にしては体格の良いその男の後ろには、彼が従える山賊だか盗賊だかが思い思いに座っている。どれも屈強な男たちで、妖である鬼童丸や桔梗を前にしてもひとつも恐れる様子を見せはしない。

「そりゃ知ってるさ。結構有名だったぜ。あの将門の娘で、朝廷転覆を狙った女ってな。しかしその滝夜叉も妖になっているとは、世の中分からねえもんだな」

 そう保輔は笑った。大きな笑い声ではなかったが、閉じられた洞穴の中ではその声も反響し、巨大な振動となって良く響く。

 ここは保輔率いる盗人たちが仮のねぐらとしているらしい山中の大きな洞窟だった。保輔との戦いの後、何故か彼に気に入られたらしい鬼童丸らは半ば無理矢理連れて来られるような形で保輔に案内され、この場所に来たのだ。

 冬の冷気から逃れられるとは言え、居心地は良いかと問われればそんなことはない。そもそも鬼童丸は人間が嫌いだ。こんな狭い場所に大勢いると苛々する。だが保輔には一度正面から挑み、その上で負けている以上彼の仲間が溢れているこの場所で暴れた所で勝てる見込みは薄かったし、桔梗を危険に晒すこともできぬ。かといって油断させておいて不意打ちで殺すというのは卑怯なやり方で嫌だった。それに彼らには殺意を向ける程のことをされていない。

 殺し合いの相手でも、慣れ合う相手でもない。その中途半端さが余計に居心地を悪くさせているのかもしれなかった。だがだからと言って鬼童丸にはどうすることも思いつかず、不本意ながら大人しくしているしかできぬ。

「しっかし京の転覆を狙うような化け物どもに比べたら俺たちゃただのこそ泥ですね、親方」

「違いねえ。俺たちゃこそ泥だ」

 後ろから配下の賊に声をかけられ、保輔は何がおかしかったのか今度は大声で豪快に笑った。その笑いは他の男たちも伝播し、穴の中は野太い笑い声で満たされる。大皿に酒を注いで飲んでいるし、酔っているのだろう。鬼童丸は不快そうに顔を背けて桔梗を見ると、洞窟の隅に座っていた彼女もまた困惑した顔で鬼童丸を見返した。

「しかしこそ泥にゃあこそ泥の誇りもある。どうだお前ら、その滝夜叉とやらに会ってみたくはないか?」

「そりゃ良い。俺たちもそろそろ一花咲かせなきゃ」

「そうですな。それにその滝夜叉って娘は相当に美麗な女子おなごなのでしょう? 見なきゃ損だ」

 鬼童丸のいる前で次々と賛同の声が上がる。鬼童丸は嫌な予感を抱きつつ、大皿に入った酒を呑み干している保輔を睨んだ。

「お前まさか……」

「ということだ。俺たちもお前らの旅について行かせてもらう」

「何勝手に決めてんだよ!」

 そんなことを許した覚えはない、そう鬼童丸は声を荒げるが、保輔は相変わらず涼しい顔をしている。それがまた鬼童丸は気に入らぬ。

「言っておくけどな、俺たちは別に滝夜叉のところに遊びに行くんじゃないんだぞ。お前らみたいなのがついて来たら迷惑なんだよ」

「少なくとも、俺たちは強いぞ小僧?」

 保輔はにやりと片方の口角を上げ、そう言った。その顔が鬼童丸たちだけでは滝夜叉には勝てないと言われているようで、余計に腹が立つ。

 もう一度保輔に食って掛かろうと口を開いた瞬間、保輔が鬼童丸の方に掌を向けそれを制した。

「ならばこれだけは誓おう。俺たちはお前らの邪魔はしない。ただ共に滝夜叉の根城へ行くだけだ。それなら文句はあるまい?」

 その眼は有無を言わせないように鋭く鬼童丸を睨んでいた。鬼童丸は開きかけた口を閉じ、ただ一度だけ頷いた。これ以上何を言っても無駄だと彼の頭が判断したためだ。

「よっし、ありがとよ小僧。これで俺たちはお前の仲間だ。ほら飲め」

 保輔は言って、近くに転がっていた竹の筒に徳利から酒を注いで鬼童丸に手渡した。鬼童丸は無言のままそれを受け取り、一口で中身を飲み干す。酒の味の美味さは分からぬが、この男たちに酒が飲めぬと思われるのは癪だった。

 鬼童丸も桔梗も妖だ。この男たちがいかに屈強であろうと、妖ほどの体力や生命力はない。だからいざとなればこの男たちを置き去りにして進むこともできるだろう。そう鬼童丸は考える。

「その調子だ。よし、俺たちも飲もうぞ! 新たな門出を祝って!」

 そんな鬼童丸の思惑を知ってか知らずか、保輔は右手に持った徳利を掲げると、それに呼応して洞穴のそこら中から男たちの声が響いた。相変わらず煩い。鬼童丸は小さく溜め息を吐き、そして唇に付いた酒を嘗めた。




 気がつけば、穴の向こうには夜が訪れていた。鬼の血のせいか、それとも浮かぬ気分のせいか、酒をたらふく飲んだところで大して酔うこともできず、鬼童丸は洞窟の外へ出た。

 遮るものがなくなった夜の風は冷たく鬼の子の体を撫で、その寒さがむしろ心地良い。洞窟の中で男たちはいびきをかいて眠っているが、今更寝込みを襲おうとも思わなかった。それに桔梗も疲れが出たのか、あの賊どもとは離れた所で眠っている。

 いっそのこと彼女を抱えてここを去ってしまおうかと思ったが、眠る桔梗の顔を見ていると起こすのが忍びなくなった。まあ、あの男たちは単純そうだから裏切ることもないだろう。鬼童丸はそう短絡的に考える。

「どうした、眠れないのか小僧」

 近くに見つけた岩に腰かけてぼうっとしていると、そう後ろから声かけられた。散々洞窟の中で声を響かせていたから、もう振り向かなくても声の主は分かる。

 無視していると、袴垂保輔は勝手に鬼童丸の横に腰かけ、更に彼に向かってぶしつけに問いを発した。

「小僧、お前国はどこだ」

「故郷なんてねえよ」

 鬼童丸は面倒くさそうにそう答える。生まれてから母と共に様々な場所を転々として生きていた。だからどこで生まれた、どこで育ったという意識は鬼童丸にはない。ただ母の側だけが彼の安息の地だった。

「そうか。変なことを聞いちまったかな。お前とは違うかもしれねぇが、俺も国を捨てた身なんだ。己の身勝手でな」

 鬼童丸がそのまま黙していると、保輔の方が口を開いた。顔を見ても平静で、酔っている様子もない。この男も大概酒に強いようだ。

「こう見えても俺ぁ都の貴族の出だったんだぜ? 今はこうして落ちぶれちまったけど、でも俺にはあんな堅苦しい生き方は似合わねえからな、悔やんではいねえけどさ」

「悔やんでないならわざわざ口に出すなよ」

 鬼童丸が面倒くさそうに言った。それを話されたところでどう思うこともない。こういう敵意も因縁もない相手は本当にやりにくい。どう己の感情をぶつけて良いのかが分からなくなってしまう。だがそんな鬼童丸の心情などおかまいなしに保輔は笑って鬼童丸の肩を叩いた。

「お前俺に負けた癖に良くその態度を崩さねえな。だがそういうところが気に入った。男は威勢が良くねえとならん」

 そうひとしきり笑った後、今度は急に真面目腐った顔になって、保輔は鬼童丸の顔を見た。

「何だよ」

「お前、俺がなぜ唐突にお前に付いて行こうとし言い出したか、不思議に思っているな?」

「だからそういってんじゃねえか」

 それはあの洞窟の中で言葉と態度で散々に抗議したつもりだった。それにこんな山奥でわざわざ盗賊をやっているような人間たちが、命を懸けて妖の懐に入り込む理由もまた分からない。

「そうさな。だがお前は知らんだろうが、俺とお前には浅からぬ縁があるんだよ、酒呑童子の子」

 その言葉に鬼童丸は片眉を上げて反応した。その名前は彼が最も嫌うものの一つ。それがこの男の口から出て来た理由も分からなかった。

「何で知ってんだよ」

「お前の名前を聞いて分かっちまってな。都を襲った大盗賊、そして大江山の鬼神。その酒呑童子の討伐に与した武士の中には、俺の兄もいたんだよ」

「兄?」

 鬼童丸が眉をひそめると、保輔は小さく頷いた。

「そう。兄貴はあの頼光と配下四天王どもと共に大江山に突撃した命知らずよ。俺はもうその頃は武士ではなかったから戦いには出向いていないが、兄貴たちが攫われた娘たちを連れて帰って来た時は偉い騒ぎだった」

 その中に鬼童丸の母もいた。鬼童丸は口には出さずに、稲成姫のことを思い起こす。酒呑童子の子を宿していたため、人の世へと戻ることができなかった鬼童丸の母。彼女は、誰にも手を差し伸べられることなく死んでしまった。

「お前の兄貴は何て名前なんだ」

藤原保昌ふじわらのやすまさ。聞いたことあるか?」

「ああ、名前ぐらいは」

 茨木らと戦った頼光たちの中にはその男の姿はなかったはずだ。だが茨木だか朱雀門だかの口から、あの五人の武士以外にももう一人大江山に現れた男がいたという話は聞いていた。その名前が確か、そのふじわらのなんたらだったような覚えがある。

「お前、自分の親父のことをどう思ってる?」

 保輔は目の前の焚火跡に向かって小さな火を放ち、再び炎を燃え上がらせながら尋ねた。木片が跳ねる音が心地よく夜の闇を伝わる。

「大嫌いだよ。あいつのせいで俺の母は全てを狂わされたんだぞ。あいつが母さんを殺したんだ」

 思わず声に口惜しさが滲む。鬼童丸は拳を握った。

「そうか。俺はてっきり、親父を殺した俺の兄を憎んでるんじゃないかと思っていたが、そう単純ではないみてえだな。親父を殺した俺の兄より、殺されたお前の父を恨んでるみてえだ」

 保輔が近くに落ちていた小枝を焚火に向かって投げた。それはすぐに火に包まれ、赤く染まって消えて行く。

「何だよ、お前が俺に付いて来るって言ったのはまさか俺への同情かとかいうつまらん理由なのか?」

「は、お前みたいな小僧にそんな風に見縊られるとは、大盗賊袴垂も落ちたもんだ」

 保輔は鼻で笑い、鬼童丸に顔を向ける。

「俺たちが動く理由は、俺たちにとって得があるかないかだ。俺たちゃ天下の大盗賊、将門の娘が率いる妖の軍団から盗めるならそれ以上の仕事はないってことよ」

「それなら自分たちだけで行けよな」

「お前らが滝夜叉を滅ぼしたら、盗めるもんも盗めなくなるだろ」

 保輔は笑った。鬼童丸は不快そうに鼻を鳴らす。だが保輔はそれを気にも留めはしない。

「それにな、お前は昔の俺に似てるんだよ。死んだ誰かのせいでどうしようもなくなってる、行く手を見失っている顔だ。あの桔梗とかいう女もな」

 保輔は言って、立ち上がった。鬼童丸は思わずその背に向かって怒声を投げ付ける。この男の過去になにが会ったのかは知らぬ。だが自分や桔梗のかつてを見知っているように指摘されたことが我慢ならなかった。

「お前が俺たちの何を知っているって言うんだよ!」

「俺も同じだったから分かるのさ」

 保輔はそう鬼童丸の方を見ることなく答えた。それでは意味は分からない。だが遠くなって行く保輔の背は、今はそれ以上答えるつもりはないと言っていた。




 茨木らの元に送った妖は、肉芝仙が予想していた通り簡単に負けたようだった。だがあの翁の予想と違ったのは、送り込んだ二匹の妖のうち片方は生きたまま帰って来たということだった。

 いや、返されたというべきか。滝夜叉は思い直す。

 妖は、茨木童子が発したこちらに対する宣戦布告の言を滝夜叉に伝えた。どうも、あの鬼たちは仲間が捕えられれば見捨てる、という程に薄情な訳ではないようだ。かつて都で猛威を振るった酒呑童子は、人々が抱く恐怖の象徴のような存在からは想像もできぬ程、己が配下の妖たちを大切にしたという。その心は、側近であった茨木童子にも受け継がれているということなのだろうか。

 だがこれで判然とした。あやつらによって憑けられ、この相馬までやって来たのであろうあの奇怪な蟲。あれらはこちらの居所を探るために使われた。あの鬼どもはこの相馬そうまに向かって進んでいる。

 だが、滝夜叉はこの場所を離れるつもりはなかった。ここは、滝夜叉にとって特別な場所だった。

 有明の月が微かに地上を照らす夜の中、滝夜叉は眼下に広がる闇を見つめていた。鬼のものとなった瞳に暗闇は障りとは成り得ず、常御所の屋根の上からはかつて父が造り上げたこの内裏の全景が良く見える。

 かつての戦いで焼け落ちた古内裏は妖たちの手によって修繕が進み、かつての景色を取り戻していた。そして滝夜叉に従う妖たちの住処ともなっている。

 それを眺めつつ鬼の娘は思う。父が死に、そして二度に渡って平家の数多の血が流れてから、ここは妖たちが跋扈し、人が忌避するところとなった。滝夜叉に従う妖たちの中にも、ここを根城にしていた妖が多くいる。

 だが今、滝夜叉の彼女が配下としている妖たちはいなかった。あの肉芝仙の姿ももちろんない。滝夜叉にも、妖たちを従える長としてではなく、ただ一人の娘として物思いにふけりたいときもあった。

 かつてここには、たくさんの武士やその家族が住んでいた。新皇となる父を称え、新たな都としてこの場所を国の中心に据えるために。だけど、それは父を快く思わぬ朝廷の手によって終わらされてしまった。その後、父の跡を継いでこの内裏で蜂起した時も、朝廷の手によってこの内裏で夢を絶たれた。

 だが、ここは父が残した夢の跡だ。何度敗れようとも、幾度壊されようとも、滝夜叉はこの古内裏以外で刃を握ろうとは思わなかった。ここは父が夢を残し、そして滝夜叉が良門とともに夢を語り合った、鬼の子の旅の果ての場所なのだから。

 滝夜叉は思い出す。初めてこの場所を訪れた、あの日のことを。



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