序章:夕刻の破片は深淵と破滅ヲ意味しながら時の巫女ハ君想ふ
”4月14日 今日は僕は好きな人に告白する・・・”
――タッタッタッタッ――
夕刻の大通り、立ち並ぶ店を横切り青年は走りながら携帯電話の待ち受け画面を覗き込んでいた。
『4月17日 16:30』
「あぁ・・くそうっ。今日は4月14日だろうが、このポンコツスマホ!!」
青年は舌打ちをしながら手持ちのスマホをポケットにしまった。どうやら携帯電話の日付機能が故障してしまっているらしい。
(でも、修理に出してる時間も無ぇしな!!まずは響子に会ってからだ)
これから行うの告白の返答が良い物なら意中の娘と一緒に携帯ショップへ行ってお揃いの機種にしたり、春の新作を見ながらあれこれ話し合える。
ダメな場合は潔く一人で修理しに行こう・・
明暗を分けた自分ルールを設定しながらこの後の大イベントに胸の奥はバクバクしていたがこの緊張感は嫌な感じじゃない。
何故なら事実として胸が高鳴るだけでこんなにも世界は楽しい。
舞踊絢爛・桜も
人混みの活気も躍動する交差点も夕方の黄金空もみんな生きている
街そのものが呼吸をして生きている
タッタッタ―――
(走りすぎて熱くなってきたな)
まだ、少しだけ寒さは残るものの、今年は暖冬だったので決して凍える事は無い。学ランの第一ボタンを開け、肩にぶら下げてたストリートブランドのショルダーバックは風圧に負けて凧みたいに風を切っている。
風流の中に共存する瞬間的で流動的に過ぎて行く風景を掠めて、気になる店を横切った。
『サルヴァトーレ』
(あっ、此処だ此処、ちゃんとチェックしとかなきゃな・・)
此処のクッキーを響子にプレゼントしたいと思っていたので頭の中に位置を書き込む。
(よし、さっさと行かねば・・っ)
陽が大分雑貨ビル群に飲まれ始めて夕暮の薄暗さを感じさせる。規則的に並んだ団地では洗濯物を取り込み始めたり衛星放送のアンテナ工事中のベランダが何かと忙しそうだ。
この建築物達が作りだす影の強さに背中を更に急かされて何のためらいも無く敷地内を通る。
錆び付いたフェンスをよじ登ると道路を挟んで向かい側に公園の入り口が見えた。
中は花のアーチに沿って進むと割と広めの円型の敷地に辿り着く。赤・ピンク・白と色取り取りの花が丁寧に植えられ、周りに敷き詰められた真新しいレンガが西洋風な趣を演出し、オシャレで若者受けするデートスポット。その真ん中の噴水の隣のベンチに響子はちょこんと大人しく座っていた。
「響子!」
走っていた青年が手を上げて呼びかけた声に俯いていた少女が顔を上げる。
「あ、修ちゃん・・」
”響子”も嬉しそうな顔をしてそれに応えるという仲睦まじい光景。
「お待たせ、響子・・あのさ今日は言いたい事が・・」
幸せへと歩み出す青年。
・・・しかし・・・
しかし・・・違う・・・
仲睦まじい幸せな光景・・・だったはずなのに
”響子の目は虚ろだった・・・”
「脩ちゃん・・・」
「!?」
半開きの瞼、自身を支えきれない気怠そうな身体。
「あぁ・・・」
よろめく少女の足元。
「!!?」
『ドサァッ――』
そして、目の前で・・響子は力っ気なく倒れた。
「響子!?・・おい響子っ」
青年は全速力で駆け付けて、冷たいアスファルトの上に倒れた響子を急いで抱える。
「おい、しっかりしろっ、響子、響子っ!」
しかし大きな声を掛けても、体を揺さぶってみても反応は無い。
事の重大さに通行人も何人か立ち止まり騒がしくなる。
「誰か救急車をっ!早く救急車をっ!!」
沈黙を繰り返す時間、小さな手の脈は薄くなり体温も抜けていく。
(あぁ・・あぁ・・っ)
心を急かす事態に滞留した不安が詰まり一秒がとても長く感じる。
一秒など、もう、一秒では無いのだ。
”サァアアア、サララララ”
緊張を無視して揺れる草
そして何分経ったが不明だがその間ずっと無言の顔に脩平は語りかけていた―――。
・・・・・・・・・・・・・・・・
間もなくして周りに居た人たちが道の両端に避け始める。
『ピーポーピーポーピーポー・・・』
点滅するランプ 点滅するサイレン音 広場に咲き誇る花と同じ色をした白い車体が一定の周期で赤く舞滅する。
『キィイイイイイ』
閑静な園内に不似合いなブレーキ音と共に四方から扉が開き救急救命士達が何人も出て来る。
「現場はここだな」
「名前言えますかぁっ・・!?」
「・・・・・・・・・・・・・」
すぐに駆け付けた数人の救急隊員が救急車の中からストレッチャーを出したり、響子に声を掛けたり、手際よく介抱していくが、やはり少女は眠ったまま応えはしない。
「!?」
隊員の一人がそこから離れようとしない青年の存在に気づいた。
「君は?この子の友達?」
「あ・・同じ学校の者ですっ!」
慌てて学ランの内ポケットに入れていた学生証を見せる。その一番最初のページに顔写真付きで”板橋 脩平”と書かれた身分証明欄を指さす。
「えっと・・脩平君だね、これから響子ちゃんを近くの病院に運んで検査するから
後で倒れた当時の事を詳しく聞かせてくれるかな」
そういうと隊員の一人が病院の番号と担当者の名前を書いた名刺を脩平に渡して救
急車へと戻った。
「あ、おいっ・・」
脩平は隊員の突然の言い残しに唖然としたまま手を伸ばすが既に車はエンジンが掛けられていた。
『ピーポーピーポー・・・』
瞬間的な流れ作業の直後に無情にも再びサイレンを鳴らして発車する救急車。
「お、おい、待ってくれ!」
響子の家族と血縁関係に無い脩平は救急車には乗せてもらえなかった。しかし自身の手の中に握られている隊員の名刺を思い出して眺める。
(此処から近くの病院だな・・行ける!)
運ばれる予定の病院が近所である事を確認した脩平は再び通学バックを肩に下げ、足を進め始める。
『ダッッ―――』
走って発生する風は背中に残る現場の喧騒を切り離した
・・・・
・・・
・・
夕焼け 始まりの橙 オレンジに染まる桜
夕焼け 始まりの橙 オレンジに染まる街並み
夕焼け 始まりの橙 オレンジに染まる破滅
狂った時間の破片
『タッタッタ――』
今風に梳いた髪の毛を風に靡かせる。
息を切らして走る先は春風が揺れる小高い丘の上
鉄筋コンクリートのビル街や、くすんだアスファルトの団地、雑草の生えた小さな公園などの場所を越えて遠くに見えてくる白い建物。
辿り着いた建物の上には赤十字のマークがついている。
(此処が・・響子の居る病院・・)
白き重圧が纏うのは再生か・・破壊か・・。
天秤の計りの赴くままに脩平は建物の中を突き進む・・。
しばらく案内掲示板の指示通りに進むと聞き覚えのある声が脩平の耳に入ってきた。
(あの人は・・)
待合室には連絡を受けた響子の両親が先生達と眉間にシワを寄せて難しそうな話をしていた。
勿論赤の他人である脩平がその会話に入っていけるわけがない。
消毒液の独特の匂いに嫌悪を感じながらもつまみ出されないように壁の裏に隠れて医務室へと入る両親の背中を追った。
そのまま壁に耳をあてて澄ませば隣の部屋から微かに聞こえてくる声・・・。
「響子さんの容態ですが・・体の方に目だった外傷は見受けられません。念のためレントゲンとMRI検査にCTスキャンもしてみたのですが、やはり身体の異常は無いですね」
「じゃぁ、一体何故!?」
「先生、ウチの響子はっ?」
(そうだ、あの時も決して怪我なんかしてなかった・・・なら、どうして?)
「ですが、意識反応が一切見られないので脳の信号検査をしてみた所・・測定不能となりました」
「ど、そういうことですか?」
「つまり・・・現在響子さんの脳神経の系統が機能していないという事です」
飛び過ぎた状況 現実感覚の故障
「・・・診断結果は現段階では恐らく植物状態です。しかし呼吸能力が著しく低下して呼吸器を取り付けておりますので、このままでは臨死的脳死判断もあり得ます」
「・・・・・・・・・・・・・」
・・・・・・・・・・・・・・
ショックや悲しみなんかよりも、もっと先走る呆気の無く情けない状態に陥る。
何故なら唐突過ぎて先生の言っていることが脩平には全く理解出来なかったのだ。
「嘘・・嘘でしょ・・嘘でしょ・・嫌ぁあああああ」
壁越しに響子の母親の嗚咽を漏らす声が聞こえてきて脩平の心を痛める。
そこを横切り医務室へと入る看護師。
「先生、響子ちゃんの容態が急変しましたっ!」
「!!?」
(何だって!?)
医務室を急いで出る白衣の集団が響子の居る集中治療室へと入る。
壁にもたれる叔父さん。治療室の前で扉に泣きながらすがる叔母さん。
(くっ、今は行けない・・・)
本当は響子の両親と一緒に叫びながら付いて行きたい気持ちだった。しかし思いっきり歯を食いしばり、血が出そうなくらい手を握る事で本音を必死で押し殺す。
『ピッピッピ――』
生命活動を補う機械の音だけが赤いランプの付いた部屋の奥から漏れ出し、廊下という取り残された空間での異様な苛立ちを込み上げさせてじれったさを最高潮に引き立たせる。
・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
『ピッピッピ―――』
ずっと、ずっと待っても音は感情無き機械と呼吸器の音が一定のリズムで続くだけである。じれったいこの薄い壁一枚が見えない距離を作り引き離そうと嘲笑う。
『チン』
待合室から外れた壁に相手側の両親から隠れるようにしてもたれている脩平の前に設置されていたエレベーターの扉が開く。
「この階で合っているのか!?」
「待合室はこの奥か!?」
「響子の様態は!?」
数人の大人が慌ただしく辺りを見渡して響子の両親の元へと駆け寄る。
「夜は長いんだから、少し休みな」
「でも、離れられません・・うぅ・・」
優しく両親を労わる親戚の登場に独りで長時間見守っていた脩平、うすうす気にはしていた立場違いの疎外感が奥から迫ってくる。
(一般人の面会時間も、もうすぐ終わる・・俺はそろそろ出なきゃいけないのか・・)
親族という言葉の切っ先には治療室の壁よりも厚い障壁が存在する。それから少しして、脩平は誰にも悟られる事無く外へ出た。
・・・・・・・・・・・
・・・・・・
冷たい桜と対峙するエントランス。
「ちょっと冷えて来たな・・・」
いつの間にか辺りは真っ暗に染まり、ビルや高層マンションの明かりが一つ一つ点となって遠くまで連なって見える。
(丁度良い・・一旦頭を冷やして落ち着こう)
どうせ、今日はもう病棟には戻れない・・正直戻りたいけど、響子の両親の邪魔でしかないはずだ。
正直、心境は辛くとも心の中には常に響子が居る。消えそうな命を一生懸命に煌びかせて生命の重心点を留めている。
脩平も夜風の中で点という概念の物体Aになる。人も煌めきも点の一つが重なり合ったもの。
そして点Aは高層城壁都市の明かりの一つになって消えて行く・・・
・・・・・・
・・・
薄れ行く街の感覚
飲食店やアパレルショップが凌ぎを削って立ち並ぶ繁華街路地は歩行者天国になっていて、ガヤガヤと若者で溢れている。
先程の異常現象が最初から無かったかの様に活気に満ち溢れている。だから、こんなにも鮮明に今起きている事の危機を感じられるのに反面、未だに信じられない事実が交差する。
脩平はその輪の中でイライラと爪を噛んでいた。
「何でだよ・・」
誰も知りはしない。
呑気、幸せとは不幸にきづいていない状態。
「さっきまであんなに優しく笑ってたじゃねぇか・・」
茶髪のボブヘアをふわふわと空気の中に舞わせて笑う少女
蒼の中の春に華を咲かせて人生という季節を彩る。
そして現在その子の季節は植物と化していた。
”動かず、物言わず、まるで時を刻むことを止めてしまったかの様に・・・”
『今夜が峠となるでしょう・・・』
医者から宣告を放たれて響子の母親は嗚咽を漏らして泣いたのだ。
外傷亡き脳の破滅
現代医学では、治療方法が見つからない難事態。
このままでは原因すら解明出来ない難病で済まされ、いつ終わってしまうかも分からない延命処置だけの日々が始まってしまう・・。
まるで嘘みたいに唐突で曖昧な線引きを放つ逆嘘は、この間エイプリルフールを終えたばかりなのにも関わらず、再び事象が卑しい徒党を組んで騙し合おうとしている。
そして残された事実は童話の様に寝たまま動かない少女。
落ちてくる空気 枕に垂らしたままのボブヘア 重力に捕まった生命。
いずれ その生命は 闇に捕まる
しかし・・・
蠢き抜かる足元に暗鬼の淵から漏れてくる聖音
”脩ちゃん・・・”
闇にもがく少女の声が青年の此処炉に耳鳴りの様に何度も何度も響き渡る。
(くそ、どうすれば・・)
大通りのスクランブル交差点の中央で焦りが空回り、やるせなさに苛まれ発生する憤慨感が思考能力を締め付ける。
その時だった・・・
サァアアアアア―――――
(!!)
突発的な春一番に吹かれた瞬間確かに見えた・・・
”夕暮れの中、山の上に聳え立つ 廃墟の様な稲荷神社”
脩平が困った時に神頼みに行く場所の映像箇所。
「!?っ」
本物の刹那、一秒よりも短い深さ。
見渡せばネオンに包まれた人混みの交差点に戻っている。
ビル街のモニターには最新の音楽や映画情報が満載で、そのLEDの明るさは人々の身体を照らすが中身は隠す。まるで先程までの悲しみが今、此処に在るだなんて嘘みたいに掻き消そうとするのだ。
その虚実の更に先の真事実、確かに一瞬、そこに在った神社の回帰映像
”場所も全て頭の中に入っている”
昔、困った時の神頼みに祖母に連れて行ってもらった場所だ。当時は漠然と神頼みをする事が楽しく、神社自体は大変古くて御利益など無さそうなのにとてもワクワクして気持ちの良い空間だったと記憶して・・。
「・・・・・・・・」
激しい人の波の中で脩平は立ち止まった。
”あそこに行って神頼みをすれば、何か起きるのか?”
何の根拠も無い浅ましく身勝手な発想。
しかし、一体何故タイミングであの神社の映像が浮かんだ?
そもそも他に何も出来る事が無いのなら、少なくとも千羽鶴やテルテル坊主よりも深く的確な想いになるはず
『グッ・・』
拳を強く握った青年は夕方通った大通りを逆走し始めた。
・・・・・
・・・
・・
『タッタッタッタッ―――』
三日月が膨らみかけた見せかけの満月がアスファルトを照らし出す。
人っ気の無い寂しい街外れの静かな場所、住宅街の裏地に位置する道路からは用水路の音しかしない。
「ぜぇ・・ぜぇ・・」
一日を通して走り続けた脩平の足はパンパンになり脇腹もおさえるが、それでも乳酸菌の溜まった足は動き続けていた。
それは限れた残り時間の引力に腕を引かれているのか?
それとも使命感という圧力によって背中を押されているのか?
事実交差する引押力の中心軸に辿り着いた脩平はまるで霊にでも憑りつかれたかの様に理性を排除していた。
(走らなきゃ、もっと早く走らなきゃ・・このままじゃ・・・)
濃紺に照らされた空、月の道しるべに添って辿り着いたのは記憶に忠実な景色。
(此処だ・・・)
石垣の塀に添って駆け抜けると、次の石垣の塀との間に小さな抜け道が目につく。
その先に顔を出したコケの付いた細長い階段。
『ゴクリ・・』
階段の上を睨む脩平は唾を飲みながら無言で眺めていた・・・。
見上げた所で頂上までは程遠く、周りの茂みや夜闇のせいもあって社は勿論、鳥居も全く見えはしない。
逆にそれは脩平がこの階段を途中まで昇り始めたら下からは彼の事が見えなくなるという事。
(不気味だなぁ・・・でも・・・)
”修ちゃん・・”
『コツ・・』
青年は引き返せる分岐点を越えて階段を昇り始める。
『コツコツ・・』
一段・・もう一段・・と高さを重ねる度に音も薄くなり、重力が増す。
その中で不安から来る耳鳴りが強くなる程に背中に心細さが走りつい後ろを見てしまうと、そこには街の明かりが散りばめられた宝石の様に広がっていた。
”あそこには響子が眠っている病院も入っている”
狂った闇に対する恐怖は彼女も一緒なのだ。
だとしたら”痛み分けが出来ている”
そう思うだけでも脩平にはとても心強かった・・。
(待ってろよ、響子)
ダイヤモンドにも負けない純度を心臓に詰め込んでいる青年の足は一歩一歩闇をかき分ける。
すると街灯も無い階段の先に薄暗くとも確かな存在感を持った鳥居が小さく見えてきた。
(もうすぐ、もうすぐだ・・)
少しずつ近づくに連れて明確な存在になって行く立派な鳥居が大きな口を開けて待ち構えている。
「着いた・・」
しばらくの時間を費やして登りきった階段のすぐ先の鳥居をくぐると物静かな境内へと辿り着き、脩平は辺りを見渡す。
・・・・・・・・
「・・・・・・」
物静かで侘しい情景。正確には街灯も無い空間には情景すら存在はしない。
ただ、音も無く 映像も無く 全てが無に支配されているが、それでも脩平は怯まない。何故なら鳥居の外には依然として街の灯りが輝いているからだ。
(取り敢えず行くか・・)
一歩足を前に出す。
『サクサク・・』
「!?」
落ち葉の残りか?枯れ木の残りか?つまらない現実の様な乾燥音を足に鳴らして更に奥へと進む。
長い参道、両隣には暗くて見えにくいが灯籠が設置され道の奥には拝殿が聳えたっているがどちらも灯りは無く、人の気配も此処には一切無い・・・。
(本当に誰も居ないのかな?)
日常生活の中で存在しない妙な静けさが逆に心の奥をざわめかせた。
落ち着かない静寂を一回一回振り払って、拝殿の端から顔を覗かせて後ろの本殿を眺めてみる。しかし結局は無情に期待を切り取られた空間がそこには在った。
「あのぉ、誰か、誰か居ませんか!?」
既に脩平は不安からくる虚しさに耐えかねて大きな声を上げて聞き出してしまっているが決して投げやりな訳では無い。
確かにこの場で聞いて誰かに会った所でどうする計画も無いが、聞いて見つけなきゃ何も始まらない。
「誰かぁ?居ませんかぁあああ!?」
・・・・・・・・
・・・・・・・・
・・・・・・・・
周りは相変わらず無音のまま言葉は暗闇に木霊するだけで、喉から流れる声の振動波が響いては境内の奥の森林の中に吸い込まれていく。
(く、このままじゃ・・)
このままじゃ・・
”無駄足”
焦りと漠然とした絶望に打ちひしがれて逆に何も出来ずにまた焦る。
(なら何故此処の景色が浮かんだってんだっ!)
やり場のない苛立ちはだんだんと大きくなっていき、怒りのはけ口を探す。
「何で誰も居ねぇんだよっ!!」
『ダンッ』
勢い余って拝殿の壁を強いた。
「くそう・・くそう、くそう、くそう、くそう、くそっ」
『ダン、ダン、ダン、ダン、ダンッ・・』
木造の拝殿の壁にヒビが入り、手からは擦り傷が出来て少し血がにじむ。
「俺は何も出来ずに終わるのか・・・?響子・・」
手を壁に付けたまま壁にうずくまる脩平。
そこに痛みはあるのか・・正気はあるのか・・本人も含めて誰にもわからない。
誰にも・・・
その時だった
「おい」
「!?」
振り返るとそこには14歳位の少女が巫女服を着て立っていた。
「人のシマで何をしている」
「シマ?」
「そうだ、さっきから何回も殴っりおって」
明らかに年下の人間なのにとてつもなく大柄な口調に少々戸惑う脩平。
「殴ったところを見てたって事はアンタさっきから此処に居たのか?」
「うむ、正確には今辿り着いたからそれほど前から居た訳では無いが」
「え?今来たの?」
少女は腰に腕をあてがい自信あり気に見つめてくる。
「その通り、お前がこの世の境目にある現実の頸動脈を砕いてしまったからな・・」
その理解に難しい発言に対して脩平は馬鹿にされた様な腹立たしさを感じていた。
「何だよ現実の頸動脈って・・俺が何をしたって言うんだよ・・」
動揺によりつっかえ、つっかえで話す脩平に対して御代は落ち着いた面持ちで拝殿をさする。
「この拝殿をお前が殴った事により木柱と一緒に見えない概念も砕いてしまったのだ。そして砕かれた事で私は出現した隙間からやって来たのだが」
増々不明な発言に脩平は常識を見失った・・・。
「ふざけんなっ、隙間って?お前は何者なんだ!?」
「私の名は御代、この場所の護り人として活動をしている。普段は別の場所に居るが、お前みたいな迷い人が来る度にこうして現れる・・お前の名は?」
「・・・脩平」
不安げな言葉とは裏腹に脩平はしっかり立ち上がると御代を見つめる。
「その瞳、只ならぬ気配を感じるが・・」
「俺には助けなきゃならない人が居る。その方法を探して居る内に此処に辿り着いた」
脩平の真っ直ぐな瞳孔、焦りも混じり始めた息遣い、それを御代はしっかりと感じ取っている。
「ほう、そしてその方法とやらは見つかったのか?」
腕を組みながら事実を見据えて喋る御代に現実に返された脩平の首は項垂れる。
「・・・まだ」
「では、その者の事を未だ助けられていないのだな」
否定を出来ずに情けなくじれったい感情に襲われる脩平、実状を見透かされ八つ当たりの様に御代を睨みつける。
「何だよその言い方、アンタ治せんのか!?」
「私個人の力では何とも出来ん」
・・・・・・
(なら、何故此処の記憶が出て来たというのだ!?)
春一番の風が吹く思い出の中に現実が散ったという事なのか?
咲いたのは闇の華なのか?
「そういう事ならもういい。こっちは時間が無いんだ、他をあたる」
振り返り向かう脩平は御代に背を向ける。
「・・・待て」
「?」
鳥居を潜ろうとする脩平を御代が引き止めた。
「私個人では完全に救う事は出来ないが、力を貸すことは可能だ」
「え?・・ほ、本当か?」
響子を深淵の闇の中から現実世界に引き戻せるかもしれない一筋の光に目を光らせる脩平。
「あぁ、まずはその鳥居からは絶対出るなよ。その鳥居の先とこの神社の敷地の時間の流れは別々なのだ」
「別々・・?」
光が見せる世界分断 軸の歪
「まず最初に私は別の場所から此処へ来たと言った訳だが、別次元からお前が砕いた現実の頸動脈を通してやって来た。この世界を流れる時間の速度に対して私の世界に流れる時間の速度の差違は秒速1/999だ」
1/999秒
それは16分39秒
「おい、きりが悪くねーか?だったら1/1000秒の方でいいじゃんか」
「いや・・あくまでも1/999だ」
曲がれない性格なのか?堅いしきたりなのか・・・どうしてもこの数字概念は譲れないらしい。
(意味わかんねぇ・・でも、それで響子が救えるのなら)
「わかった、それでも構わない。頼む、力を貸してくれ!」
「・・うむ、では行くぞ」
そういうと御代は静かに目を閉じ、両手を水を掬うようしてに前へと差出した。
「御代?」
「・・・・・」
胴衣と同じくらい白く透けそうな掌、時も空の星も思想も命すらもその中に吸い込まれてしまいそうである。
真空状態の境内に集まる現実世界と記憶世界の摩擦熱に対して徐々に熱気を感じる脩平。
「これは」
「思い出に熱を通せば少しは記憶の消化も良くなるであろう」
「っ??」
初対面の巫女は意味不明な発言をしたまま、依然として目を閉じたまま気を集中させている。
森林の囁きに包まれながら黙って見る事しか出来ない自分に対して神妙な不思議を持たせた女は目を開けた。
「はっ!!」
『ボォオオッ』
掛け声と共に御代の掌から一尺の赤い炎が上がり周りを照らし出す。※一尺=三十CM
「これは・・・」
「この炎は”御灯”お前たちも神社の催し物などをする時に見る火と同じ神の炎だ」
科学的な原理では説明のつかない現象が今尚続く中で御代はにやける。
「でも、この炎でどうやって響子を救うってんだ?」
「これからお前はこの御灯を通して私と一緒に”幻燈”という記憶の世界に行ってもらう」
「げんとう?みあかし?」
超常の頂上を語りだす巫女は情緒を炎の末端の様に揺さぶる。
「この世の始まりと終わり、それを人は因果と呼ぶ。それによる原因と結果の法則を因果応報と表現するが、万物の中を流れる時には二つの因果が存在する。
一つは物体が起こす行動や現象を現わす”物体の因果”
もう一つは心の動きや考えその物を現わす”精神の因果”
その二つの因果は柱の様に平行に成りたち時間を刻み続ける。
もし、幻燈を通って響子に纏わる過去の自分と向き合った時に心の整理をつける事で精神因果が変われば、それに比例して物体の因果の流れも変わる」
御代が言う事は唐突過ぎて脩平は半分も聞き取れていなかった。勿論御代も承知の上である。
「棒倒しを思い出せ、お前が響子に対して新たなる気持ちを柱に取り付けてその重みで精神の柱を倒したら、必然的に隣にある物体の柱も倒れるだろ?」
「あぁ・・」
「幻燈の中の二つの柱を通して響子という物体に関わる因果応報を変えれば、本人に訪れる未来も変わるかもしれないという事だ」
何となくだが御代の言いたい事の外枠を掴んだ脩平は御灯を黙って見続けていた。
「この炎はその記憶の世界へ行くドアってところか」
「ほう、察しの良い頭脳じゃないか。それでは行こうとしよう」
赤の中に存在する世界、瀕死になった響子を救うため脩平は御代と共に燃え盛る御灯を黙って眺め続けていた。