悲しげな私の愛しい人
私は、なんとか重たい足を持ち上げ、伊奈さんに近付いた
伊奈さんは黒い服を着ていて、まるでお葬式に向かう人のようだった。
交差点のほうを見つめたまま、動こうとしない。
悲しげな背中
そういえば、結香さんも今日は黒い服を着ていた
華やかさを失った花のように、悲しげな姿で、いつもの元気な姿は見られなかった
なにか、あったのかな?
みんな、今日はどこか暗かった…
何があったんだろう…
私が、伊奈さんを見つめたまま近付くと、店の中から女の人が出てきた。
気の強そうな女性で、花束を持っている
伊奈さんに近付くと、伊奈さんはその人を見つめ、また私の知らない名前を呼ぶ…
私は見知らぬ女性に対し、不安になり、心がズキズキと痛む
でも、その人もどこか、悲しそうで、寂しげな表情だった。
私は、また足が止まる
もう、二人を見ていたくない。
今日はもう、帰りたいな…
そんな事を考え、後ろを向いてしまおうと、思っていた矢先、男性にしては珍しい、女性のような優しい声で名前を呼ばれてしまった
「高野さん」
私は、その声の主の顔を見ても、嬉しいとは思えなかった。
今日は一日、私まで暗い顔で過ごしそうだ。
「伊奈さん、おはようございます」
微笑みたくても、微笑む事を忘れてしまったのかも知れない。
私は、顔を引きつらせながら、挨拶をした
いつもとは違う、暗いフインキに包まれた、花屋 勿忘草
店の中の花はいつも通りの彩りなのに、その店の店主と、店主の知人の女性だけが暗い
それに釣られるように私も暗くなる。
今日は、あまり良い日に、ならないみたいだ。
伊奈さんと、仕事出来るのかと、思っていたら、今日は、伊奈さんは、どこかへ出かけるらしく、出かける前に、知人の女性と会い、仕事内容を伝えていたらしく、そこへ私が来たらしい。
花束は店の花を使い、その花束は伊奈さんが持って行く…という事だった。
伊奈さんは、女性との関係を、高校からの友人。と私に伝え、今日は彼女が私の指導者だと教えてくれた。
私は、ホッとするのと同時に、少しずつだけど、微笑む事を、思い出してきた
それでも、伊奈さんが、女性を名前で呼ぶのには、嫌な気持ちになる。
友達なのは、分かったけど…名前じゃなくて、苗字でも良いんじゃないかな?
あだ名があれば、あだ名とか…
なんで、よりによって、その女性を名前で呼ぶんだろう…
私の気持ちなんて、もちろん知らない
伊奈さんは、女性に私を託すと、寂しそうな背中のまま、駅の方向へ向かった