崩れる群青
冷たい風が、二人の髪を撫でる。
二人の殺気が入り混じり、空気は張り詰めていた。
「・・ここは・・どこですか?!」
群青が辺りを見回す。
「誰かの夢の中」
・・夢?!
「勝手に入らせてもらったの。誰かの夢の中にね・・」
「そんなことが?」
声が出ない。そんなこともできるのか?!
「入りやすそうな夢を見つけて、あたしは入ることができるの。どこにいても、何をしていてもね・・」
今、眠っている誰かの夢の中に、自分がいるのが信じられなかった。けれども、彼女が嘘をついているようには見えない。
「あなたが、まどかさんにこのナイフを渡したんですね?」
「そうだよ」
だから何?そう、少女の目は言っている。
「なぜ、彼女に渡したんですか!?」
「・・・死んでほしかったから渡したの。多分、死ぬだろうなって分かったし」
淡々と話す少女に、思わず身震いした。この子は、死というものに無頓着だ。
「それに、欲しいって言ったのはあの女だよ?あたしは悪くない」
悪くない?
その言葉に、群青の瞳孔が開いた。
「ふざけるな・・あんたのせいで、まどかさんは・・」
「あたしのせい?バカじゃん・・」
少女が、群青の目の前に来た。反応しきれないほどの速さで・・
「全部、あの女が望んだことだよ!」
群青が、少女の力によって吹っ飛ばされる。
「グワッ!!」地面に思い切り身体をぶつけ、息苦しさから血を吐いた群青。
なんて力だ。あんなに小さな体なのに・・・
「立ちなよ。本当は、もっと強いんでしょ?」
近づく少女。
「お前、名前は?」
「リリーだよ」
リリーの足が止まった。
「そうかリリー・・私を怒らせた女性は、あなたが初めてですよ」
「・・だから何?」
感情のない口調。本当に、アンドロイドのようだ。
群青は上着を脱ぎ、黒いシャツの袖を捲くった。
「準備完了です。私が、この手であなたを捕らえます」
「できるもんならやってみなさいよ・・」
二人の交戦が始まる。
群青は夢の中で使える武器を持っている。それは、パートナーの中でも優秀な者にしか与えられない武器。
「・・捕らえましたよ」
それが、リリーの足を捕まえた黒の蔓だ。
「さっきからやけに接近戦を好むと思ったら、こういうことだったんだ」
「えぇ。気づかれまいと、攻撃されるように演技していたんですが、成功ですよ」
リリーの足は、黒の蔓に縛られたまま。動かすことができない。
「その蔓、切ることは不可能ですよ。私の力によって強力になっていますからね」
「そうみたいね。ね、夢職の連中も、こういう武器って持ってるの?」
リリーは平然とした口調をやめない。
「さぁ、どうでしょうかね」
怯えもしないその姿が、群青の怒りを増幅させる。
「捕まったら、あたしは拷問を受けるんだよね?」
「そうですよ」
リリーが、初めて声を上げて笑った。
「それは嫌だから、やっぱりあんたには死んでもらわないと」
彼女の形相が変わる。
その瞬間、リリーはしゃがみ、両手を地面に当てる。
「何をする?!」
「言ったでしょ?コレは、誰かの夢の中だって・・・誰だか、分かるかしら?」
・・・どういうことだ?!
「闇の力に、苦しむがいい・・」
リリーの手が黒い光に包まれ、その光は一気に地面に放出される。その衝撃で、地面が揺れ、亀裂が入った。
「ウワァァア!!!」
群青が頭を抱える。
「痛いでしょ?あたしの力で、あんたの夢を破壊しようとしてるんだから・・」
そうか、この夢は・・私の夢・・・
「夢の中で闇の力を解放すれば、その激痛で大抵の人は死ぬ。コレって、本当はあんまり使っちゃいけないんだけど・・残念だったね?縛るなら、足じゃなくて手にしないと・・」
彼女の甲高い笑い声が、群青の頭に響く。
「さ、これでお仕舞いだよ。哀れなパートナーさん・・」
物凄い力を溜めたリリーの両手。
その両手を縛ろうと、群青はありったけの力を振り絞って黒い蔓を操る。しかし、無常にも力が尽き、その蔓がリリーの腕にまで届くことはなかった。
「さようなら・・」
闇の力を解放するリリー。
周りの景色が、どんどん崩れていく。それと同時に、群青の身体が地面に落ちた。
「結構やるね。楽しかったよ・・」
蔓が解けたリリーは、群青のポケットの中にあったナイフをゆっくりと手に取る。
「目覚めることができたら、また戦いましょ・・じゃね」
群青の夢の中から、リリーが消えていく。
その姿が、薄っすらとだけ群青の目に映った。
主・・できそこないのパートナーで、すみませんでした・・・・