どうせここで・・・
その日、淑の事務所に珍しい客が来ていた。
「久しぶりだな、群青」
「お元気そうで何よりです。淑さま、ミウミさま」
美男子の群青の登場に、ミウミの目は輝いていた。
今日の紅茶がやけに美味いのは、群青が来てくれたお陰だ。
「群青さんが来るって分かってたら、美味しいケーキを買っておいたのに・・」
沈むミウミ。
別に群青が来なくても、ケーキくらい買っておいてほしいものだ。
「お気遣いなく。それにしてもミウミさん、また一段と綺麗になりましたね」
群青の悩殺スマイルが、ミウミの心臓辺りにヒットする。
「い、嫌だ!!何言ってるんですか、群青さん!!!」
淑の呆れ果てた表情に、ミウミは気づきそうもない。
「で?用は何だよ?」
空気が変わる。
「実は、このナイフの件で伺いました」
取り出したのは、黒いダイヤが刻まれたナイフ。
群青は、今回の出来事を話し出した。
「なるほどな、そいつぁ十中八九、烏関係の仕業だな」
「烏本人の仕業の可能性は?」
淑は首を振った。
「それはない。烏が使う凶器には、黒のハートが刻まれている」
仲間がいる可能性があることは、夢解の調べでも予想されていたが、実際にいると分かるとため息が漏れる。
「ところで、お前の主はどうした?」
「主は、今回のことでかなり落ち込んでおられると思うので、このことは内密に・・」
淑が苦笑する。
「お前さ、早いとこ夢職になれよ。いつまでアイツのパートナーやってるつもりだよ。オファーは来てるんだろ?」
群青の曖昧な返事に、少々腹が立つ。
「俺には、群青の考えがよく分からねぇよ」
ずっと一人だった淑に、ずっと一緒の二人の気持ちは理解しがたいものだ。
「ミウミさんは、夢職になられるご予定はないんですか?」
「こいつはまだヒヨっこだから、無理だよ」
ミウミが答える前に、あっさりと淑が払いのけてしまった。
彼女の殺気が増す。
「淑さま・・このナイフ、私が預かっていてもよろしいでしょうか?」
「あぁ。芥川の野郎よりお前の方がいい。が、気をつけろよ、狙われている可能性がある」
群青は深く頷いた。
「心得ております」
「俺も、野辺の野郎のところに行って、色々聞いてくる。また情報入れるから、待っててくれよな」
「承知いたしました」
話がまとまり、やっと一息入れようとした瞬間、事務所のドアが思い切り開いた。
「愛しのミウミちゃん!!!」
飛び込んできたのは、なぜかタキシード姿の芥川。
一同、目が点になる。
「会いたかったよ!僕のマドンナ!!!」
・・・落ち込んでるんじゃなかったのかよ!!!
「さぁ、愛がこもった花束を、どうか受け取ってください!!」
愛じゃなくて、執念がこもってるよ。確実に。
「は・・はぁ・・」
絶句のミウミが、一応バラの花束を受け取る。
「そんなもん受け取ったら、バカが移るぞ!」
淑の冷めた声にもめげず、芥川の目は輝きを増す。
「ミウミちゃん、僕はキミの気持ちが知りたいんだ!僕と、結婚してくれますか?」
「無理です」一刀両断。
「じゃ、せめて恋人に・・」
「無理です」間髪入れず・・
こんな主じゃ、群青がパートナーから解放されるのは、程遠い。
自分のパートナーが、音も立てずに消えたことに、肝心の主は気づいてないようだった。
やれやれ、主の登場には参った。神出鬼没とは、彼のような人のことを言うのだな・・
群青は凶器のナイフを見つめる。
旦那さまは死ぬ間際、主のことを頼むと私に言ってきた。そして私は、主を一生お守りすると誓った。だから、この件に主を巻き込み、危険な目に遭わせるわけにはいかない。
主にもしものことがあったら、私は旦那さまに顔向けできない。
邪悪に光るナイフの刃。まるで持ち主に、自分の居場所を教えているようだ。
その時だった。背後から、まがまがしい殺気が襲ってきた。
「誰ですか!!」
暗闇に、群青の声が響く。
殺気は徐々に近づいてくる。
「みぃつけた・・」
そこに現れたのは、黒いワンピースを着た、小学生くらいの女の子。
「・・このナイフを探しに?」
「えぇ。返してくれない?ソレ、あたしのなの」
声の抑揚が全くない喋り方。まるで、血の通っていないアンドロイドのようだ。
「黙って返すわけにはいきません。コレは、いろんなことを知る手がかりになりますからね?」
「何が知りたいわけ?」
少女が一歩近づくと、群青は一歩引く。
「烏の仲間ですか?」
少女は頷いた。
「奴は今どこに?」
「ねぇ、そんなこと知ってどうするの?」
少女はにんまりと笑った。
「どうせここで死ぬのに・・・」
周りの景色が一気に変わる。見たこともない、殺伐とした地に、群青は立っていた。