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夢解 2  作者:
7/16

真夜中の屋上

 リリーと名づけてくれた親は、多分死んだ。

 育ての親は、あたしを捨てた。

 何も持っていなかった。手の中には何もなかった。夢も希望も、未来も、あたしは何一つ持っていなかった。手ぶらで歩くのは軽いけど、生きている実感はなかった。

 何日も歩いていた気がする。けれども、何も変わらない日常が続いた。進まない世界ほど、息苦しいものはない。何を目指して生きればいいのだろう、何の為に生きればいいのだろう。

 何を糧に生きればいいのだろう・・・

 誰か、教えて・・

「こんばんわ。カワイ子ちゃん」

 そんな時、アイツと出会った。

 あの頃のアイツは、白髪の髪が短くて、目がはっきりと見えていた。

「寒くないかい?服と靴を買いに行こうか?」

 差し出された手を、疑うことなく握りしめた。アイツの手は、とても温かくてびっくりした。

「それから、髪を切りに行こうか?食事もしたいね」

 アイツはずっと笑っていた。あたしの中にある、何かを記憶するという機能が、初めて誰かを記憶していく。何もなかったあたしの世界に、初めて登場したのはアイツだ。

「生きることは大変だねぇ・・やらなきゃいけないことが多すぎる」

 生きるということ・・

 そうか、あたしは生きているんだ。生きていたんだ。

「それよりまず、自己紹介だったね」アイツは笑って言った。

「初めまして・・・烏と申します」

 カラス・・・変わった名前だ。

「あたし、リリー」

 烏は微笑んだ。

「リリー。可愛い名前だね」





「ホンマ、つまらん夢やったなぁ?」

 高層ビルの屋上に描かれているのは、複雑な模様の大きな魔法陣。

「オレはもっと、あの嫉妬女が暴れてくれるかと思ったんやけど・・・まさか、自分を刺すやなんて。女のすることは、分からんなぁ」

 聡明は、火のついたままのタバコを、屋上から投げ捨てた。

「それにしても、あの夢職には笑えたなぁ?最期の最期まで、諦めずに説得するやなんて、オレの苦手なタイプや」

「寒い」

「は?」

 聡明の目に、体を震わすリリーが映る。

「あの、今、気温二十度なんやけど・・寒いんか?」

 リリーは黙って頷く。

「ベスト、貸したるわ。着とき」

「ありがとう」

 おかしな奴やな・・聡明が呟く。

「にしてもリリー。何であの女に目つけたん?」

「死んでほしかったから」

 こいつは、凄いことを平然と口にする。

「あの人は・・色んなものを沢山持ってるのに、まだ欲しがってた。それがムカついたの」

 綺麗な容姿、帰る場所、友人、親・・・

 何もなかったあたしとは違う。ムカついた・・。まだ欲しがるあの女が。

 だから奪ったの。命というものを。

「よぉ分からんけど、リリーの標的は最初から、あの女やったんやな」

 返事をしないリリーの黒髪が、風になびく。その日本人形のように艶のある髪は、月の光で輝いていた。

「ま、ナイフの切れ味も確かめられたし、今回の仕事は成功やな?」

「・・そこそこ」

 ただ、あのナイフを回収しそこねたのが失敗だ。あのバカ面の夢職の隣にいた、冷静なパートナーの男が、混乱している中で、丁寧にもハンカチで包みやがった。

 失敗だ。

 あそこまで冷静さを保てる精神の持ち主は、そういない。

「ナイフを、返してもらわなくちゃ」

「オレが行こうか?最近、体なまっとるんや」

「いい。自分で行く」即答だった。

「了解しましたぁ。ほな、頑張って」

 そう言うと、聡明は魔法陣の真ん中に立った。

「一つ忠告や」

 魔法陣の周りを、光が包み込む。

「油断大敵やで?」

「・・・了解」

 強風が、魔法陣から吹き出すと、そこに聡明はもういなかった。

 同時に、魔法陣も消えている。

「さて・・行きましょう」

 暗闇に飲み込まれるように、リリーは姿を消した。

 誰もいなくなった屋上には、不気味な空気だけが残っていた。


   

 

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