ナイフ
その夜は、雲が空を覆いつくしていて、星一つ見えない。生暖かい空気がどんよりと漂っていて、どことなく不気味な感じがした。
「ねぇ、まどかと敦、群青はどっちを信じる?」
「どちらも疑いませんよ。一応はね」
一応?芥川が首を傾げる。
「まどかさんが、ストーカー行為をしてないってことは信じます。けど、敦くんへの想いがまだあるってことは、それに似た行為をしている可能性はあります」
「それに似た行為ねぇ・・」
群青の考えていることは、さっぱり分からない。幼い頃から、群青は一人で考え一人で行動するタイプだった。芥川はそれについて行くだけ。全てを彼に任せていたからだ。
けれども、夢職としての力が自分にあると分かった時、芥川に自信が芽生えた。
群青にないものが、自分にはあると。
「ま、とっとと敦の夢に入って、仕事を終わらせようか!」
だから今、自分の足で歩くことができるんだ。
ぐっすりと眠る敦の前で、二人は目を合わせた。
「よし、入るぞ」
「はい」
群青が笑顔を見せる。
敦の手を握った二人が、夢の中へと入っていった。
「ここですか・・」
そこは闇に包まれた世界。
目の前には、しゃがみ込んでいる敦がいた。
「敦!」
二人が駆け寄る。
「大丈夫か、お前!」
久々の仕事で、正直、芥川自身も緊張している。
「はい・・でも声が・・」
声?
耳を研ぎ澄ませると、聞き覚えたのある声がする。
「敦ぃ・・」
あの声は、まどかだ・・
「どういうことだ?」
芥川の心配そうな目が、群青を見る。
「分かりません・・」冷静な群青の額に、汗が見える。
まどかの声は、どんどん大きくなる。分からない・・どこからするのだ?これは、まどかの敦に対しての呪縛か?
「主・・アレ・・・」
群青が指差す方向。
それを見つめる芥川と敦。
現れる人。
「こんばんわ」
それは、笑顔のまどかだった。
「群青?どういうことコレ?!」
分からない。
敦は夢にまどかが現れると言った。夢に、憧れの人や憎い人が現れる人はよくある。けれどもそれは、幻。姿形はどことなくぼやけていて、ましてや喋ることなんてありえない。
しかもまどかは、自分の意志でここにいる・・
「そんなに驚かないでよ!まどかも、人の夢に入れる力を持っているわけぇ!!」
・・そんなわけない。
人の夢に入る力があると分かれば、夢解の本部が黙っているわけない。
「凄いでしょ?まどかも夢職ぅ〜!」
「嘘だ!おい、どうやって入った?!敦の夢に」
芥川が声を荒げる。
その声に、まどかの表情が強張った。
「うるさいわねぇ・・どうだっていいでしょ?敦のこと好きだから、神様が助けてくれたの!」
敦が声を震わせた。
「何なんだよ、お前!いい加減にしてくれよ!!」
倒れそうになる敦を、群青が支えた。
「まどかさん、どういうことですか!何故、彼の夢に?!」
「好きなの。誰にも渡したくないのっ!でも、現実じゃ敦はまどかのこと恐がって、逃げてばっかり。だから夢に入ることにしたの・・やり方を教えてくれる人がいたから」
やり方?
「誰ですか、それは!」
「秘密って、約束したから教えない!」
まどかが近づく。
「来るな!」その前に、芥川が立ちはだかった。
「お前のこと、ストーカーって思って悪かったなって思ってた・・けど、撤回する。お前は、夢でストーカーする最低な野郎だ!」
「何がいけないのよ!敦の夢に入って!!」
芥川の体が震える。
「何がいけない?全部いけないことなんだよ!他人の夢に入るっていうのは、そいつの人生狂わしちゃう危険がある、だから夢職だけに与えられた仕事なんだよ!」
鼻で笑うまどかが、芥川の目に映った。
「いいわねぇ、敦の人生狂わせちゃうのも・・それをまどかが救ってあげるの!まどかは、彼を守る女神様」
狂っちまっているのは、この女の方だ。
「もういい、お前とは話しても意味がないから。この夢から、敦を解放する」
芥川が構えると、まどかはポケットから何かを取り出した。
・・・ナイフ?!
「お前・・何だよそれ・・」
芥川と群青の目に映ったのは、暗闇にも負けず不気味に光る細いナイフだった。
そのナイフに刻まれた模様は・・黒のダイヤマーク