誰かの為に・・
現れた少女はリリー。しかし、彼女のことを知らない芥川の目は点になった。
「えぇっと・・・こんにちわ」
「こんにちわ」
リリーは少しだけスカートを持ち上げ、膝を曲げた。
礼儀正しい子どもは好きだ。芥川は笑顔になった。
「もしかして、ここで遊んでいた子かな?迷子になっちゃった?」
「・・そうでもない」
リリーは首を傾げる。
「もう暗いからさぁ、お家に帰った方がいいと思うよ。お母さん心配するでしょ?」
「お母さんって何?」
その問いに、言葉が詰まった。なんて言えばいいのだろう・・
「お母さんって・・だからぁ・・自分を生んでくれた人」
しどろもどろの芥川。
「それなら死んだ」
淡々としたリリーに、年上の芥川が引いてしまう。
「・・あぁ、そう」
何て言ったらいいのか分からない芥川は、この居ずらい空気を変えようと必死だったが、こんな廃墟には明るい話題になりそうなものはないだろう。
その時だった、リリーは両手を広げた。
「闇の世界へ、ようこそ・・」
目の前に広がる世界が、真っ白になった。上下左右、色がないため、思わず立ち眩みがした。
「何だこりゃ・・」
「あたしの世界」
リリーはニッコリと笑う。
状況を把握できていない芥川にも、この子が相当ヤバい子だということは分かる。この子から漂う殺気は、普通の子どもではない。
「あんたを痛めつける・・ナイフが必要だね」
笑ったリリーの手の中に、真っ黒なナイフが姿を出す。
「完全なSだね、君」芥川も思わず苦笑いした。
「楽しませてよ?あたし、つまんない戦い方する人間が一番嫌いなんだから」
ナイフが、不気味に光った。
「おぉ恐い。じゃ、僕もやられないように気をつけないと・・」
芥川の手の中から現れたのは、アイスピックだ。
「何それ?」眉間にシワを寄せるリリー
「氷とかを砕く、アイスピックだよ!知らないの?」
首を縦に振った。
「じゃ、これが刺さったらどれだけ痛いか、教えてあげるよ」
「・・あんたもSじゃん」
二人が同時に、地面を蹴った。
ナイフで傷つけられた皮膚から、止めどなく流れる血。あまりの多さに、痛みはない。芥川は一番傷が深い右腕に、破いたシャツで止血した。
「アイスピックって、痛いんだね」
リリーの体も、血だらけだ。
二人の地面は真っ赤。
「お互い、こんなところで戦ってないで、早いとこ病院に直行した方がいいと思わない?」
苦笑する芥川。
「病院って、何?」淡々としたその口調で、リリーが返す。
「・・君の知識って、レベル低すぎでしょ」
リリーの目は、知識って何?と言っていた。
「あんた死ぬよ」
「君も死ぬでしょ?」
二人の攻防は続く。
リリーのナイフが芥川の頬を切れば、芥川のアイスピックがリリーの右腕を突き刺した。リリーは、自分に怯むことなく向かってくる芥川の動きを見て、数日前の戦いに似たものを感じていた。
「あんたの片割れって、あんたに似てるんだね?それとも、あんたが片割れに似たのかな?」
「片割れ?」動きを止める芥川。
「うん。前に、あんたの片割れと戦ったの。結構面白い奴だったよ・・」
・・・・群青。
芥川の中にあった様々な破片が、リリーの言葉によって一つになる。
こいつが、群青を傷つけた。
「テメェか・・テメェが群青を!!!!」
「あれ?スイッチ入っちゃった?」
殺気が増した芥川からは、これまでの力とは全く違うものを感じる。それが何なのか、リリーには分からない。
「まぢ、殺す。群青の仇は、俺が討つ」
「流行んないよ、そういうの」
リリーのナイフは、その形状を変え、長い釜になった。
「もう飽きてきたから、あんたとの戦いはおしまいにする。とっとと死にな」
走り出したリリー。動かない芥川。
これで、本当におしまい・・・
「なっ!!!」
リリーが振り上げた大きな鋭い釜は、芥川の頭上で全く動かなくなった。釜を止めたのは、群青が振り上げた、たった一本の細いアイスピック。
「バカな!こんなもので・・」
リリーの目が血走る。
「お前の言った通り・・スイッチ入ったんだよ」
ゆっくりと顔を起こす芥川に、リリーは生まれて初めての恐怖を感じた。
彼の周りに流れる空気に、そのオーラに、彼の存在に・・
「貴様・・」
うろたえたリリーは、思わず後ろに引き下がった。
この男を強くしたもの・・それは何?
「あんたがあたしを倒すことは絶対にない!だってあんたがいるのは、あんたの夢の中だもの!あたしはね、他人の夢に入れるのよ!!!この夢壊せば、あんただってあの片割れのように再起不能になるわ!!」
釜の歯を、リリーは地面に振り落とそうとした・・が、しかし・・
「予想外の展開に、体がスキだらけだぜ?お譲ちゃん」
突風のごとくリリーの前に移動しが芥川が、アイスピックで彼女の心臓を突き抜いた。
「バカな・・」
負けるわけがない。自分は、自分が負けるなんて絶対にありえない。
この力は無敵で、完璧で・・
「嫌だ・・」
リリーが真っ白な地面に倒れた。
彼女の血は、その地面を赤に染めていく。冷たい血、心が通っていない血だ。
「誰かの為なら、人って強くなんだぜ?」
芥川はアイスピックを消し、リリーの釜を蹴飛ばした。
「・・・流行んないわよ・・・そういうの・・」
リリーはゆっくりと目を閉じ、静かにその鼓動を止めた。
二人がいた真っ白な世界には、鏡が割れたように亀裂が入り、そこは廃墟へと元に戻る。
小さな少女は、その姿を徐々に消していった。