駒か、仲間か
「案外、やるね。あんた」
聡明の額に、汗が見える。誰かと対峙して、彼が汗を流すなんてことは初めてだろう。
「お前、何で烏の仲間になった?」
「気になる?もしかして、少なからずジェラシーとか感じとる?」
この、べたつくような笑い方がムカつく。
「俺が?何で?」
あっさり交わされたことで、聡明の笑みは消えた。
「あんたってスッゲー冷めたい野郎やな・・絶対、友達になれんわ」
一息つくかのごとく、聡明は煙草に火を点けた。煙草から目を離すと、淑の冷たい視線と目が合った
「俺な、殺されかけてたんや。そんとき、烏が俺の前に現れた・・そんで、俺を殺そうとしとった奴を、逆に殺してくれたんや」
灰が、ゆっくりと地面に落下する。
「殺されかけてたって、お前、誰かに狙われてたのか?」
淑の質問を、聡明は笑い飛ばした。
「狙われていたかねぇ・・せやな、もしかしたら、生まれたときから狙われとったのかもしれんなぁ」
聡明の話が見えない淑は、眉間にシワを寄せた。
「母親や・・俺を殺そうとしとったのは・・」
闇が、その一言で冷たさを増した。聡明の青い瞳に、その言葉に少しばかり動揺する淑が映っていた。
「優しい女やったんやで?俺も大好きやった・・けどな、母親は機会を伺っとったのかもしれん」
烏は上手い。憎しみに蝕まれる心を持つ者を、見つけ出すのが。
聡明は煙草を地面に踏みつけ、薄らと笑みを浮かべた。
「烏な、俺にこう言ったんや・・」
─君は、俺にとって必要な人なんです。死なれては困ります・・一緒に来ますか?─
躊躇することはなかった。どっちみち、こんな世界に用はなかったし、幸せな人間を壊してやりたいとさえ思った。
自分だけがこんな目に遭うなんて、おかしいんだ・・
そんな考えが心を黒に染め、聡明は生まれ変わった。他人の幸せを、この手で壊してやると胸に秘め。
「俺にはな、烏は必要なんや。だから、あいつが俺を必要としているときは、どんなことしても行ってやるぜ?それが、仲間ってもんやろ?」
「烏の誘惑に勝てなかっただけだろ?」
「誘惑?」
聡明の目つきが鋭くなる。
「烏はお前のこと、仲間なんて思ってないぜ。ただ、使えそうな駒を見つけたから遊んでるだけだ。俺もそうだったから分かる。俺も、烏に遊ばれていた駒にすぎなかったんだ」
「あんたと一緒にするなよ・・裏切り者」
聡明の青い瞳が、憎しみの光を帯びて、殺気は前以上に鋭さを増していた。
「俺は駒やない・・仲間や」
「いや、駒だね」
聡明が地面を蹴った。
淑の首を掴み、軽々と彼を持ち上げる。右手の爪は長く尖り、喉ぼとけに向いた。
「今、謝罪するなら、もっと楽な死に方にしてやるけど?」
「・・ご免・・だね」
「そうか、じゃ、痛みに苦しみ、死んじまいな」
右手を引き、思いきり力を込めた爪が飛んでくる。
痛そうだな・・こんな境遇に立たされているのに、淑は冷静な目で飛んでくる爪を見ていた。
あぁ、こいつの目って、俺の昔の目じゃん・・。
烏しか周りにいなくて、全て烏中心に物事が動いていた。あの頃の、俺だ・・。
「な・・に・・?」突然、聡明の右手が止まった。
喉ぼとけスレスレ・・。
「元から・・お、まえ・・は、ゲーム・・オーバーなんだよ!」淑の蹴りが、聡明の下あごに直撃した。
「グハッ!!」
聡明から解放される淑。少し咳払いして、痛みによろける彼を見つめた。
「俺は先手をうってある。このゲームの勝負はついてる」
「何や?!!」
怒りにキレる聡明が、初めて自分の体を見つめた。
糸だ・・いや、冷たい・・これは・・
「針金みたいなもん」
淑を見つめる。
「俺の右腕に、いっつも巻きついてんの。現実世界で対決するとき用にね・・少し力を加えれば、俺の言うとおりに動くようになってる」
「俺にはそないなもん、見えんかった!」
「そりゃそうだよ・・だってお前、俺しか見てないじゃん」
戦闘シーンを一から思い出す聡明。確かにそうだ。烏のお気に入りのこいつを殺したいために、俺は自分の体なんて気にせず、こいつに向かってばかりいた。
こいつが怯んだもの、俺に何度もスキを見せたのも、全てはこいつの計画。この針金を、俺に気づかれないようにするため・・。
「針金は、一度相手の体に刺されば、後は俺の力の入れ具合で相手を縛る。あんたに見つかんないようにするために、今まで微量な力を注いでいただけだけど・・こうなったらこっちのもん」
冷たい針金が、聡明の体に食い込む。
「うわぁぁぁ!!」
痛みに、思わず声を上げる。
「痛いでしょ?俺も、想像しただけで痛いって思うもん」
この勝負、冷静な淑の勝ちだ・・。
「いいさ・・・俺は・・どないになっても・・・烏のために死ねるんやった・・らな・・」
哀れな奴・・。
針金が、聡明の肉を切り、骨まで砕いた瞬間、彼は壊れた玩具のように地面に倒れた。
だが実際は、彼の体には、何も巻きついていない。
そう、全ては淑が聡明に見せた幻覚。夢だ。聡明が煙草に火を点け、目が合ったとき、淑は彼に夢を見せた。淑の力は、一瞬で相手を夢の世界にいざなうことができるのだ。しかし、たとえ夢でも、リアルな幻覚に痛みも感じれば、人を死に追いやることもできる・・。
恐ろしい力なんだ。
烏による犠牲者を、じっと見つめる。
「生まれ変わったら・・今度はお前のことを本当に大切に思う奴と、仲間になれよ・・」
冷たくなっていく聡明に手を合わせ、淑が立ち上がった。
さて、今度は芥川を助けに行かないと・・。