奈緒へ・・
「初めまして!杉奈緒です」
アイツは、物凄い明るい奴だった。初めて会ったときから、太陽のように眩しい笑顔を絶やしたことはない。
俺には奈緒は、眩しすぎる奴だった。
「氷壁・・淑さん・・なんか、凄い名前ですね!」
「は?」
十三歳の若さで夢職になった日、野辺の野郎は俺に四つも年上のパートナーを紹介した。それが、奈緒。しっかり者で、要領がよくて、俺の尖った心の中にも平気で入ってくる。
今思えば、奈緒は強い奴だったんだ。力とかじゃなくて、揺るがない信念を持っていた。
「だって、こんな漢字だったら、テストのときとか苦労するでしょ?あたしだったら、自分の名前漢字で書くのでいっぱいになりそう」
「バカバカしい・・」
俺は、奈緒のテンションに合わせることはなかった。いつも冷たい目で、彼女をあしらっていた。
それでも奈緒は、いつもハイテンション。一人で喋りまくって、一人で笑いまくって、何でも真っすぐに向かってくる。俺には真似できない。奈緒は、俺にないものを沢山持っていた。
正確には、俺と、烏にはないものだ・・
「死んでもいいなんて、簡単に言うな!!!!」
奈緒が俺を殴ったのは、俺が仕事で無茶したときだ。
力を使いすぎて、意識が飛んだ。そんな俺を、奈緒は救った。けど俺は、大きなお世話だと言った。誰かに助けを求めるなんてご免だった。
「死んだって構わない・・」
そう呟いた俺に、奈緒は怒鳴った。
「あんたに救いを求めている人間が、どれだけいると思ってんの?!あんたは、必要とされている人間なの!!!」
必要とされている・・・
こんな俺が?
「それにあたしだって、淑さんが死んだら嫌です!!」
奈緒は、俺を強く抱きしめた。そのぬくもりは、今まで感じたことがないくらい温かくて、俺の尖った心を、いとも簡単に砕いた。
初めてだった。こんなに真剣な目を向けられたのは・・。
真剣だった。そう、奈緒はいつも俺と真剣に向き合っていた。だから俺は最初、その目を直視することができなかったんだ。何かを見透かされているようで、陰の部分まで俺を見ているようだった。
恐かったけど、奈緒になら俺自身をさらけ出せると思った。
けれども、別れは早かった。いや、俺のせいだったんだ。
全ては、俺のせい・・。
奈緒は勝手に動いたんだ。上司である俺に無断で。俺がそれに気がついて、駆けつけたときは、もう手遅れだった。
奈緒の前には、手を血で染めた烏が立っていた。
目の前が真っ暗になり、何があったのか理解できなかった。ここに倒れているのは、俺のパートナーなのに、一瞬、恐怖で怯んでいた。
「大丈夫ですよ・・・」
怯える俺に、奈緒は笑顔だった。信じられなかった、こんな目に遭ったのに、笑っていたんだ。
強い奴・・
「そいつが悪いんだ・・」
烏がそう呟いた。
俺の目に映った烏は、何かに怯えていた。真っすぐな心を持つ女に、邪悪な力を持つ死神が、怯えていたんだ。
「・・この野郎!!!」
烏に初めて立ち向かった。そんなことしたって無駄だって分かってるのに、初めて俺は牙をむいていた。
呆気なく倒された俺の目から、涙が止まることなかった。息を引き取った奈緒に寄り添い、何度も謝罪を口にした。
失ってから気づく。奈緒は、俺が初めて手に入れたいと思った人だったんだ。
俺を守って、自分を犠牲にした奈緒へ・・
俺は、きっとあの頃から何も変わっていないんだ。新しいパートナーができても、俺自身は何も変わっちゃいない。
過去と立ち向かわない限り、変わることはないんだ。だから、お前の強さを見習おうと思う。お前が命をかけて守ってくれたから、俺も今度は命をかけて過去と戦おうと思う。
だから、見ていてくれ。