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大陸奇譚  作者: 和泉ナギ
3/7

セイレンの唄 3

 三人(二人と一匹?)は、ひとまず教会に戻り、客の来訪を待った。

 この町に来た真の目的は教会での仕事ではなく、依頼主の仕事を受けるためであった。

 ミサはついで。

 しかし、その依頼とは?

 港より戻って程なく、客は来た。

「わざわざのお越し、まことに痛み入ります」

 初老の男は、従えて来た部下と数名の町の有力者とともに、自分の子供よりも若い青年に深々と頭を下げた。

「いえいえ、これが私達の仕事ですから」

 向かい合って座ったパセは、にこやかに言った。

 幾分か緊張がほぐれたのか、座り直した男達はひと呼吸置いて話始めた。

「もうご覧になったかとは思いますが、いろいろ手は尽くしたものの、我々の手に負えるものではございません。人づてに神殿の噂を聞きまして、もう頼れるのはパセ様、あなた様しかいらっしゃらないのです。どうか、お力添えを」

 男はさらに頭を下げた。

 どうやらあの浜辺の残骸についていっているらしい。

「どうか頭をお上げください。これは私達の『仕事』です。ご心配なく、『仕事』は今夜一晩で終わらせます」

 若い僧侶は涼しげな顔で言ってのけた。

 男達は喜びと驚きがごちゃ混ぜになった顔を向けた。町の者が長い間どうにもならなかったことを一晩で片付けるとは。

「何せ、弟達を抑えておくのが一苦労なので、一定の場所で長期労働ができないんですよ」

 コロコロと笑いながら、横でジャレ合う(アヴィが一方的に絡んでいるが)犬と幼い弟を見た。

 大きな町の一大事と、一人の子供のお守のどちらが大変なんだ?という顔の男達を無視してパセは話を続けた。

「おそらく、船を襲った犯人は、海に潜んでいた妖獣でしょう。遥か昔に封じられたといわれていますが、何かの拍子に目覚めたのか……」

「そういや、事件の起こる何日か前にでっかい地震があったな」

 パセの言葉に、男の一人が思い出したように言った。顔を見合わせ頷きあう。

「地震ですか……」

 少し考えた風だったが、すぐにもとの笑顔に戻った。

「まあ、力だけの相手のようですから、この愚弟一人で十分でしょう」

 そう言って犬を指した。

「ああっ?!オレ一人にやらせようってのかあ!」

 犬がしゃべった事と、犬一匹に任せようと軽く笑顔で言うパセに、男達は顎が外れんばかりに大口を開け、声もなくただ驚いていた。

「わ~い、がんばってねぇ……」

 ガッッ!

 オラージュはのんびりと拍手して他人事のように応援する『弟』を殴って黙らせた。

「い、犬、ですか?」

 一人の男が、やっと言葉を発した。

 不安の色を隠さず、あたり前の反応を示した。ごもっともである。

「だぁーれが犬だっっ!あんまり馬鹿にすっと、こんな町ぶっつぶ……うぐうっっっ!?」

 パセは悪態をつくオラージュの口に、そばの果物を丸ごとぶち込んで黙らせた。

 見た目と違って、意外にやることが荒っぽい。

「大丈夫です。万が一の場合、後始末は責任をもって私が……」

 鋭い目を向ける犬に押されぎみの客に、ひと呼吸置いて言葉を付け加えた。

「でも、『万が一』があったら、女神リュミエールに笑いとばされますねぇ?」

 笑顔で犬に向かって言う若い僧の言葉に、男達は一瞬背筋に冷たいものを感じた。

 陰になって見えなかったが、パセの視線の先にいた犬が凍り付いたように一瞬動きを止めていたことに誰も気付かなかった。




 昼間と変わらぬ波の静けさ。

 天上には雲一つなく、美しい月がいつものように三つ昇り、下界を照らしている。

 この世界では、『銀の月』と『蒼の月』、そして『金の月』の三つが、各々南、東、西から昇る。太古の時代より大陸では神聖なものの一つとして、太陽とともに崇められてきた。

 今夜は特に一番高く昇った『金の月』が美しい。

 三か月周期で月の軌道が入れ替わるのだが、『金の月』は昔から妖獣の『気』を高め、誘うと言い伝えられているためか、別名『獣王の瞳』とも呼ばれている。

 かつて、『魔王』を封印した三兄弟の一人が金色の瞳をしていたため、王を封じられた妖獣達が悔しくて暴れているんだなどと、言うことを聞かない子に寝物語りに聞かせる親も少なくないらしいが、実際のところ『金の月』が一番高く昇る時、妖獣の活動が活発になるのは事実らしい。

 妖獣といっても大陸各地にいろいろな『種』があるので、皆一概にそうとは言えないのだが、一番危険なのは無差別に殺し食らうもの。逆に温厚で人に混じって暮らすものもいる。しかしそれも一握りで、ほとんどのものが太古から今だ恐れられているのである。

 大きさも数十メートルからねずみ程度のものまで、小さいからといって安心できないのが妖獣の恐ろしいところである。

 ある程度ならば退治も可能であるが、今回のように手に負えず、廃虚と化した街や村も少なくはない。

 まして、『知能』を持ったものが相手ならば尚のこと、立ち向かえるのはかなりの力を持った戦士か術者、大陸一の神殿の僧達以外にはない。

 それでもこの『金の月』の夜には、神殿の僧も大陸の腕自慢達でさえも外に出るのを避ける。報奨金に目が眩み請け負う者もいたが、それは『自殺行為』であった。

 『金の月』が天上高く姿を現す時、月明りの下身をさらす者、再び現世に戻れるものなし……と。

 そんな晩は、弱き者は息を潜め、住処に身を隠し、ひたすら夜が明けるのを待つのだ。

 そして今夜は虫でさえ息を潜める『金の月』の晩。

 そんな虫も恐れる晩に『彼』は浜辺に立っていた。

 じっと、穏やかな波の向こうに広がる水平線を、やさしくそよぐ風と月の光りを浴びて立っていた。

 まるで誰かを待つように。

 身動き一つせず、ほっそりとした身体つきではあるが、水平線を見通すような意思の強さを感じさせる瞳で海を見つめていた。

 その瞳は、……黄金色。

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