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大陸奇譚  作者: 和泉ナギ
2/7

セイレンの唄 2

 町に出ると、いつものように賑わってはいたが、どこか普段と違っていた。どこがと聞かれても、あまり変化が見られないような気がするが、違っているとしたら港町の「市」につきものの『魚』が少ない事と、波止場に『船』がない事だろう。

 大陸一の港町のはずだが、港としての活気がなかった。

 小さな漁船はいくつかあるのだが、大きな船は一隻もなく、貿易船も多く入港し賑わうはずだが、一向に船が入る気配もないのである。

 いたって波は穏やかで、海はまるで休日のようだ。

 二人は散歩でもするかのように、のんびりと砂浜を歩きながら浜辺を見渡した。

「あ~、難破船だぁ」

 見る影もないようにバラバラで砂浜に打ち上げられている大量の残骸を見つけ、アヴィは楽しそうに駆け出した。

 青年はその後ろを足元に注意しながら、ゆっくりとついて行った。

「残骸で怪我をしないように」

 残骸の周りを宝の山でも見るように駆け回るアヴィに声をかけておいて、自分は一番大きな残骸へと変り果てた船へ近づき、中を覗き込んだ。

 中も外と同じくらい、悲惨な状況だった。

 真っ二つになった船体内からは水平線が見事に望める。床も歩くことができないほど傷んで、中に置いてあったであろう調度類も誰も手をつけていないのか、見事に四散したままだ。

「すごいですね。これで生き残った人がいるんですから」

 この町に着いたとき、ある程度話を聞いてはいたが、実際目の当たりにして感嘆の声を上げてしまう。ここ数日、この港界隈で船の事故が相次ぎ、死人や怪我人が続出しているのだという。

「やっぱり神様っているんだね~」

 いつの間にか横に立って一緒に覗き込んでいるアヴィが感心したように言う。

 手袋をはめた手を合わせて祈りのポーズをとっている。

「でも、亡くなった人もいますから『運』だと思いますけどねぇ」

 神に仕えるものが、と思うような言葉をぼそっとつぶやいた。

 信心深い信者や教会関係者が聞いたら、怒り肩で食って掛かるだろう。

 それよりも、彼は本当に僧侶なのか?

「ふ~ん。そっかぁ」

 解っているようで実は解っていないのんきな弟を笑いながら、再び町のほうへ歩き出した。

 波はやさしく、そして力強く打ち寄せていた。



 町はいたって賑やかである。

 人々の往来も少ないほどではない。

 しかし、港側は静まりかえっていた。

 波は穏やかである。なのに、こんなに穏やかな日に船は一隻も出ていない。

 堤防で釣糸をたれ、幾人かが小さな魚を釣っているだけだ。

 そこへ町の子供達が数人、笑い声を上げて駆けてきた。どうやら犬を追ってきたようなのだが……。

「バカヤロウ!その辺の犬っころと一緒にするんじゃねえ!!」

 ……犬が怒鳴り声を上げながら駆け抜けて行った。

 さすがに釣り人も目を剥いて驚き、子供達から逃げる犬を見た。

 外見は普通の小型犬である。

 大陸で最もポピュラーな種類で、庶民から貴族にまで好まれ、飼われているタイプだ。ふかふかの毛並みに大きな耳と尻尾が特徴だが、この犬はシルバーグレイの毛並みに金色の瞳が印象的だ。外見の愛らしさと、しゃべる珍しさに、子供達は畏怖よりも好奇心を抱いて追いかけていた。

「あー、オラージュみっけぇー♪」

 その様子を浜辺から見つけたアヴィが、真正面に駆けてくる犬に抱きつこうとした。

「誰のせいでこんな目にあってると思ってんだあっ?!」

 犬はアヴィの抱きつきをかわし、すれちがい様に後ろ回しげりをアヴィの後頭部に決め込んだ。

 アヴィは見事前のめりに転び、鞠のように数メートル先まで転がった。

 犬の見事な技(?)に、追っていた子供達や釣り人が思わず拍手してしまうほど見事だった。

「見せモンじゃねえっ!」

 犬は毛を逆立てて、観客を一喝した。

「ほんとに……」

「!」

 頭上からため息混じりの声。

 反射的に逃げようとしたが、首の後ろをつかまれ身体が宙に浮く。

「まったく、弟にけりを入れるなんて、『お兄さん』のすることですか、オラージュ?」

「パセっ?!」

 自分を拘束した相手に、少々青ざめる。(まあ、犬が青ざめたって毛がじゃましてわかんないけど)アヴィとともにやってきた青年だ。

 ちょっと待て。……犬が兄弟?

「僕が悪いんだよ~」

 アヴィがゆっくりと起き上がり、頭や身体の砂を落としながらにこやかに言った。

 邪気のない天使の笑顔とはこの事か……。この場合ちょっとは怒っても罰は当たらんぞ。

「もっと可愛いのにすればよかったんだよねぇ?」

「違うわい!」

 論点のずれたアヴィの言葉に犬……、オラージュは力強く否定した。

「こんどは蛙にしてやんなさい」

 その横からにこやかに口をはさむ。それがなぜかとてつもなく恐怖に感じる。

 しかし、どうすれば犬が蛙に……?

「僕は大陸リスがいいなあ。オラージュは何がいい~?」

「わあああああぁぁぁぁぁぁぁぁ?!」

 パセの手から、青ざめて(毛だらけで解らんて……)慌てふためくオラージュの身柄を受取り、ふかふかの毛に頬をすり寄せながら、間の抜けたようにアヴィは聞いた。

「ばかやろおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」

 すっかり自分の意思を無視されている彼(?)は、すり寄るアヴィの顔を後ろ足で押し離しながら叫んだが、波の音に空しくもかき消された。

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