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Seaweed explosion 03

 辺野古高専のレストランで寮食を食べて、それから寮に戻る時、大抵はM棟と寮を結ぶブリッジを渡る必要がある。ブリッジは女子寮のA棟と男子寮のB棟との間に位置する、C棟の五階へ繋がっている。階段を下りて寮の一階から入る方法もあるにはあるのだが、ブリッジを通るのに比べて大分遠回りをする必要がある上に、信号の無い横断歩道を横切らなければならないため、余程の物好きか、ブリッジの近くの売店で買った飲み物をゆっくりと飲み干したい人か、近くのコンビニに寄ってから帰る人以外は、まずそんな事をする人はいない。黒澤明輝も、雨のせいで自動ドアのICチップ読み取り機が壊れた時以外は、校舎からブリッジを使わずに寮に帰った事は無かった。

 今日は、黒澤明輝はブリッジの手前で、売店で一番人気の杏仁豆腐味の炭酸飲料ペド・パークッターを飲んでいた。半分ほど飲んだ所で、ふと思い出したように、自分の後ろの陰に呟く。

「あの学生証に入ってるICチップを読み取る機械って、正式名称は何て言うんでしょうね」

 彼の後ろには誰もいない。しかし答えは返ってきた。

(知るか。そういうのは情報か機械科に聞け)

 はたから見れば黒澤明輝は独り言を言ってるようにしか見えない。しかし確かに、黒澤明輝の意識の中で、質問に対する素っ気もない答えが返ってきた。それもいつもの光景であり、黒澤明輝は他人によく独り言が多いと言われているが、少なくとも彼自身の意識に内在する理解者がいるために、彼自信は独り言が多いと言われるのを苦にしていない。ただし彼の声に答える側の存在は、いつも(少しは空気を読め)と言っているが、その声もまた他人には届かないために、気にしているのは彼の声に答える存在だけなのだ。

「メディアはそういうの詳しくないんですか」

(それも知らん。詳しくないのは私だけかもしらん。でもそういうのは多分組み込みとか制御系の話だろ、メディア生には興味の薄い分野だろうよ)

 辺野古高専には四つの学科がある。情報メディア工学科、情報通信工学科、システム機械工学科、バイオリソース工学科の四つがそれだ。専攻科まで行くと更に名前が変わるらしいが、そこは人外魔境、魑魅魍魎、暗黒世界の一歩手前であり、まともな人間では目を合わせる事すら許されないという、化物ばかりの住む世界であると噂されているため、黒澤明輝はそれについては何の情報も持ち合わせていなかった。入ったばかりの二年生には仕方のない事であるとも言える。

 勿論こんなに長い学科名をそのまま呼ぶ辺野古高専生はいない。情報メディア工学科と情報通信システム工学科は、どちらも「情報」から始まるため、一般には情報メディア工学科の方が「メディア」と略されている。普通辺野古高専で「情報」と言ったら情報通信工学科の方だ。その理由は単に情報通信工学科の方が「情報」というフレーズがしっくりくるからである。この二つの学科は混同されやすい。受験生にも、どちらが何をやっているのか違いがよく分からず、どちらを第一志望にするかで悩む人が多く、辺野古高専公式サイトのよくある質問コーナーで「情報メディア工学科と情報通信工学科の違い」が最も多いアクセス数を示しているそうだ。単純に言ってしまえば、情報メディア工学科はソフトウェアを扱う勉強、情報通信工学科はソフトウェアを作る勉強をする事が多い学科だ。どちらもプログラミングを学ぶが、情報通信工学科は座学が多めなのに対し、情報メディア工学科の方は実際に何かを作る事が多い。一年生の最後の課題で、情報メディア工学科生である黒澤明輝はC言語を使って、キーボードで自機を動かし敵を避け続けるシンプルなゲームを作った。また、情報通信工学科はハードウェアについての勉強をしたり、情報メディア工学科は映像や音声を加工したりというような、学科独自の全く異なる勉強をしているのだが、それでも辺野古高専の中ですら、情報通信工学科と情報メディア工学科は若干存在意義が被っていると考える人が多いのは事実である。情報通信工学科と情報メディア工学科の敵対意識は尋常では無い。どちらも常に新入生の志望者数やテストの平均点の違いなどを気にしている。システム機械工学科は「機械」と略され、圧倒的な筋肉&坊主頭率を誇り、情報とメディアの二つの学科を軟弱者の集まりとして意識すらしない。それを更に上から見下すのが、辺野古高専の殆どの女子生徒を取り込むバイオリソース工学科、通称「バイオ」である。全ての生徒が、自分の学科こそが辺野古高専の楽園であると信じ、就活が始まるまでの数年間を、死なない程度に生きていくのだ。

「まあいいです、多分会話に出す分には『読み取り機』で充分通じるでしょうし」

(それで満足してしまうのがメディアがダメディアと呼ばれる所以だろうが。高専生としてそれでいいのか)

「あなたも高専生でしょ、というかあなたもメディアだったでしょう」

(死んだら高専生もメディアもねえよ、何だって死んでまであの読み取り機の名前を知らないといけないんだ)

「だって篠田さんは、現世に未練タラタラだから、まだこの世にいるんでしょう? こういう疑問には興味は湧かないんですか」

(死んだら以外にどうでもよくなるもんだ。お前も幽霊になったら分かるさ)

「そうですかね、別に幽霊になるつもりはないですが」

(死ねよ。意外に気持ちいいぞ)

「嫌です。私は多分、篠田さん以上に……この世に未練がありますから」

(そうか、なら仕方ないな)

「どうせ、私は天国に行けるような人間でも無いですし」

(しけた事言うなよ、幽霊じゃないんだから)

「篠田さんは幽霊の癖に、幽霊らしい事をあんまり言いませんね」

(私以外の幽霊を知らない癖に、よくそんな事が言えるな。死んだ人間の恨みは凄いぞ)

「へえ……知りたくもありませんね」

 黒澤明輝はペド・パークッターを飲み干した。

 その時、ブリッジを世界最強の文芸部員、川原成美が通っていった。自然に黒澤明輝は彼女にフォーカスを合わせ、彼女のワイシャツに全力でズームインする。それは男として生まれた以上、避けようのない事だった。黒澤明輝は数分前に彼女に何があったのか知る由は無い。しかし彼女が全身びしょ濡れであり、そして彼女の上半身がワイシャツであり、さらに彼女がそれなりに美人であった以上は、男として生まれたならばワイシャツから透ける下着に目を合わせる以外にやる事は無い。

(例えば、生前好きだった男がいたとしたら、女の幽霊は大抵その男が他の女に目を奪われる度に、呪いやなんやらのエネルギーを降りかけるね。殆どの幽霊はそんな事ばっかりやってるよ)

「まさか篠田さん、私に何かしてませんよね」

(馬鹿野郎が。まるでこの私がお前なんかに未練があったみたいな)

 缶を直角に傾け、最後の一滴を喉に落としてから、黒澤明輝はブリッジに入った。

「そうじゃないんですか? だったら何で私にだけ篠田さんが見えるんですか」

(知るか! そんな事こそ、高専生やらメディア生やら関係なしに、私が知る訳もない事だ。地獄に行って閻魔様にでも聞いてみろ)

「でも、未練がある事が他にあるのなら、別に私に付きまとわなくてもいいと思うんですよね。両親とか、友人とか、他にも会いたい人は沢山いるでしょう。何で後輩の私なんですか」

(そんなん知らん! 別にお前に未練がある訳じゃない、勘違いするな馬鹿野郎!)

「……何で私が怒られてるんですか」

(癪に障るような事を言ったからだ)

「まあいいですけど……別に邪魔にはなっていませんし。少しプライバシーが失われた気がして十六歳の男子生徒としては妙に辛いものがあるんですが」

(我慢しろ、その位。それより、さっさと部屋に戻って囲碁の続きを打とうぜ)

「はいはい。まああの碁は既にもらったようなもんですけどね」

(馬鹿言うな、まだ形勢不明だろうが)

「篠田さんは口だけは妙に強いんですよね」

(お前に言われるのだけは心外だな)

「どんな煽りも勝勢となれば、その手は桑名の焼き蛤ですよ」

(使い方が間違ってないか?)






「一人で随分賑やかだなあ……妄想癖が強いのかな、だとすると文芸部員にぴったりだ」

 川原成美はそう呟きながら、部屋に戻ったらとりあえず洗濯からする事にしようと決めた。

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