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Seaweed explosion 01

「カケメイキ!」


 神奈城悠は六本木に行きたくなかった。どの位行きたくなかったのかというと、それはもう圧倒的な興味の無さである。生理的嫌悪感を超えた無関心である。トイレでカレーを食べたくないという感覚よりも、更に高度なものである。そもそも彼女は六本木とは何かを知らない。文字で書けばシンメトリーになる位の事しか知らない。何処にあるかも知らない。たまにドラゴンが生まれる事も知らない。従ってそこに行きたいという感情が生まれるわけも無い。そう、彼女は六本木の事など一欠片も考えていなかった。

 彼女は大量の若布を抱えて国道を走っていた。勿論六本木の事など考える余裕も無い。

(高ぶる……高ぶるぞ……心臓が悲鳴を上げているのを感じる……)

 これでこそ人生である、と彼女は感じていた。人生とは、人の生きる様とは、全てにおいて全力でなければならない、それが神奈城悠の信条である。彼女は常に全力で生きてきた。受精卵の頃から彼女は活発に動き回っていた。幼稚園の頃、元自衛隊員のもも組担当篠田先生に憧れを抱き、その時から彼女は覚醒した。小中学生の頃には、無遅刻無欠席は当たり前、全ての行事に全力を尽くし、彼女のいたクラスは運動会と合唱コンクールで連続優勝を成し遂げ、成績も全て学年トップであり、通信簿は5の判子を連打され、伝説の生徒として母校西原西中学校に名を残す事となった。というのは大体嘘だが、彼女が常に全力であるのは本当の事だ。全力であるからこそ、国立辺野古工業高等専門学校に合格する事が出来たのである。今日、彼女は数学の課題をしている途中に、急に味噌汁が飲みたくなり、しかし常備品の中に若布が無い事に気がついて、寮の近くの業務用スーパーに走った。彼女の座右の銘は、『思い立ったが吉年吉月吉日吉時吉分吉秒』である。そう考えた瞬間に、走り出さざるを得なかったのだ。

 彼女が急いでいる理由は、急がなければ昼飯に間に合わないからである。現在十二時四十七分、レストランが閉まるのが十三時だから、仮に今辿り着いた所で昼飯を食べ終える時間は無いかもしれない。それでも彼女は走った。間に合うかどうか、そもそもそんな前提は彼女の頭に無かった。彼女は走るしか無かったのだ。そして、その時若布は彼女の頭の上でがしゃがしゃ揺れながら、事件の一部始終を眺めていた。






 それと丁度同じ時、辺野古工業高等専門学校(略すれば辺野古高専、学生風に更に略するとへのこーせん)の文芸部部長は、宇宙研究同好会(通称ロケット同好会)の部室に呼び出されていた。

「私は少し急いでいるんだけどね」

 文芸部部長、川原成美は、少し苛立ちながらそう言った。

「急いでいる、だと?」

 宇宙研究同好会の会長、島田勝義も、また彼女の態度に苛立っていた。

「昼飯を食べたばかりだし、少し用事もあるし……出来ればさっさと済ましてほしい所だよ」

「冗談じゃねえ! 文芸部が、俺達に何をしたのか分かっているのか!」

「何をしたかって? 文芸部は今まで、言論の自由に則った活動以外に何かをした憶えは無いんだけれど」

「あの記事も言論の自由に則っているのか?」

「あの記事? 何の話だい」

「とぼけるんじゃねえ! お前ら文芸部が俺達の活動の批判記事を学校新聞に載せたせいで、俺達は同好会に格下げになったんだよ! もう部費は貰えねえ! 俺達が新しく開発していたロケットも一からやり直しだ! どうしてくれるんだよ!」

「そもそも宇宙研究部なんてあやふやなものが部活として存在していたのがおかしいんだよ。それにやっている事はロケットの研究ばかり、しかも部費はがっぽり持っていくしね。そういうのは個人でやってればいいんだ。それに対して文芸部は紙とインクさえあれば殆ど部費はいらない、環境的にも経済的にもエコな部活だ。どうだい? 君も文芸部に入らないかい?」

「誰が入るかそんな陰湿な部活! しかも部員はお前一人しかいないじゃねえか!」

「だから、尚更入ってほしいんだけれどね」

「ふざけるな! 第一ロケットは個人で作れるものじゃないだろう!」

「別に個人じゃなくてグループを作ったりしてもいいとは思うけど、わざわざ部活にする必要は無いと思うんだよ。辺野古高専内でロボットスーツを作っていた学生がいたけれど、あれも部活の活動じゃないだろう? 我々高専生は、生徒じゃない。学生だ。自ら学び創造する力を求められている。同好会になった位で一々騒ぐ事も無いだろう。第一同好会で十分だと判断したのは部会の人達であって、私じゃない。文句があるならそっちに言ってもらいたい所だね」

「よくそこまでポンポンと言い訳が出てくるな」

「保身は大事だよ。我々文芸部も何度同好会にされそうになった事か」

「文芸部の話はどうでもいいんだよ! 俺達の要求は一つだ、次の学校新聞に謝罪文を載せろ! いいか、これは命令だ」

「ふーん……拒否したらどうするんだい?」

「このロケットを見ても、まだそんな台詞が出てくるのか?」

 島田勝義は、部屋の奥のテーブルを指さした。

「あれは全て水ロケットだ。俺がこのスイッチを押した時、この部屋のロケット全てがお前に向かって飛んでいく。水ロケットをなめるなよ? 至近距離で命中すれば骨ぐらいはもっていくからな」

「脅迫って奴かい? 全く文化系以外の部活は野蛮な考えの人が多いね、文芸部に入って日常のよしなし事をそこはかとなく書き綴れば自然と平和な気持ちになれるのに……どうだい、君も文芸部に入らないかい?」

「ぶっ飛ばすぞ」

「私を? ロケットを? どっちだっていいけれど、私は君の言いなりにはならないからね。いかなる時であっても、言論の自由が暴力に屈することがあってはならないんだ」

「ふざけるな! お前がするべき事は、宇宙研究部に対して謝罪文を書くこと、それだけだ!」

「話を振り出しに戻すね君は。帰っていいかな? それともそのゴミを発射させてからにする?」

「ゴミだと? お前、そう言ったのか?」

「ああそうだ。どんなに素晴らしい研究をしても、暴力的に使われるならそんな研究はゴミだ。むしろゴミの方が害が少なくてマシなぐらいだよ。手榴弾はゴミ箱に捨てられないからね」

「ふざけるな! いいか、これが最後の忠告だ! お前は俺達に対して謝罪文を書くんだ、はいかYESで答えろ! 十秒以内に答えなかったらこのスイッチを押す!」

「拒否権が無いじゃないか」

「そんなものを与えたつもりはない! さっさと態度を決めろ! 十、九……」

「カウントダウンなんかいいからさっさと押せよ。本当は躊躇っているんだろう? 実は君も、暴力が何も生まない事ぐらい分かっているんだ」

「黙れ……!」


 島田勝義はスイッチを押した。

 それを見て、川原成美はクスリと微笑んだ。

 盛大に水を撒き散らしながら、部屋の三方から川原成美に向かって、ペットボトルがはじけ飛んだ。






 神奈城悠は胸騒ぎを感じた。食堂に向かって走りながら、自分の足が地球を蹴飛ばしているのを感じながら、とんでもないエネルギーに引き寄せられるのを感じながら、義務感から、使命感から、昼飯を食べたいという一筋の思いから、彼女はひたすら走っていた。

(何だ……この感触は……?)

 自分は何から逃げているのか、もしくは何かを追いかけているのか? そんな疑問すら頭の中を一瞬で通り抜けていく。彼女は、今感じている、意識のようなエネルギーのような、何かの存在に対して全く考える余裕が無かった。だがそれでも、とにかく彼女は、何かを感じているのを、強く意識していた。若布の袋を握る手を汗がつたった。靴下と指の隙間から湿気が通り抜けていく。全てが過ぎ去っていく。彼女から意識するものが抜け落ちていく。それはまるで、何かの存在を彼女に強烈にぶつけるためのようで……

 神奈城悠は走るのをやめた。そして、若布の袋を見つめた。

「何なんだ……一体……」


 その瞬間。

 若布は爆散した。


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