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あんた

 拝啓

 北風を避け、庭先の陽だまりで温もりを味わっています。

 今年も早やこの様な季節になったのかと、移り行く時の流れに感じ入る今日この頃です。

 ご無沙汰しておりますが元気にお過ごしのことと存じます。

 先日老人ホームで暮らしている母を見舞ってきました、母は元気です。

 母はよく昔の話をします、先日は子育ての話でした。

 私は母の愛を一身に受けて成長したと思っておりました。私の心は「母と私」つまり、一対一の関係です。そのように信じて生きてきました。しかし、この私の考えは、あまりにも身勝手で独りよがりな考えであったことに気付きました。

 母は私達兄弟を産み育ててくれたのです。彼女の心は「私と子供たち」つまり、一対多の関係です。母の話を聞くと、子供たちに満遍となく愛を注いだことがよく分ります。私は忙しく生き、母とゆっくり話すこともありませんでした。母の人生は私達子供を育てることが全てだったのでしょうか、母は「一人で暮らすことは寂しいものだ」と申します。私が会いに行くと、とても喜んでくれますが、帰る時は「また、一人ね」と、瞳を床に落とします。十分お世話できないことに心苦しさを感じますが、できる範囲で精一杯努力しているつもりです。足りない部分は人様の協力をお願いしております。この老人ホームでの暮らしぶりは安定しており、私は感謝しております。そして、母の日々の暮らしがより充実したものであることを願っています。

 週2回母を見舞っていますが、会いに行くたびに小さくなっていく母をみると無性に切なく感じます。私は少しでも母の気が晴れればと思い、努めて話を聞くことにしています。このように母と触れ合うことができて、幸せなことだと感じています。と申しますのも、父が亡くなった時「もう少し永く父と触れ合っておけばよかった」と、自責の念を感じた経験があるからです。母の話は私の知らなかった世界を再現してくれます。「お母さんの人生は幸せだったですか」と尋ねると、「え、まー、そうね。どうだろうね」と申します。その時、母は少し恥ずかしそうに笑いました。今までこれ程までに間近で、しげしげと母の顔を見たことも無い私は、こんな事にも気が付きませんでしたが、母の笑顔には深いしわが刻まれていました。

 「よく来てくれたね、あんたは末男かね。困ったね、近頃では子供の名前も忘れちゃうよ」

 母を見舞う時間は限られておりますが、短い時間を惜しむように母は私に話し掛けてきます。二人して語り合うこのひとときが、とても充実した幸せなものに感じて、このひとときがとても大切に思えます。

 私はこの様な毎日が、いつまでも続く事を祈っています。


 最近母は「K子さんはどうしているかねー。実家にも何十年と帰ったこともないねー」と申すようになりました。よろしかったらお便りなどいただけると母も喜ぶかと思います。母達が幼かったころ、祖父と西の山へクリ拾いに行ったことや、縁側で叔母様と遊んだ時のことなど、よく話してくれます。そのようなことなど話題にしていただければ、きっと母も昔を偲んで喜んでくれることと思います。

 まずは、近況報告かたがたよろしくお願い申し上げます。

 これから寒くなりますが、叔母様におかれましてもご自愛のほどお祈り申し上げます。 

                                     敬具


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