表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/4

みすぼらしい男

 

 その男はテーブルの前に立つと無造作に椅子を引いて腰掛けた。

 「食ってもいいですか」

 男は腹が空いていると見え、テーブルの上にある私のパンを鷲掴みにすると、うまそうに食い始めた。

 「手紙を書いたのですよ」男は一呼吸置いてから喋り出した。

 「ほう」

 「旦那さん知りたいですか、私が何を書いたか」

 男は私の名前を知らない、しきりに私を「旦那さん」と呼んだ。男はテーブルの上に並んだ野菜サラダに目をやると、やはり「食ってもいいですか」と尋ねた。

 私は食事の途中であったが、この男の話に興味があったので「どうぞ」と言った。

 男は痩せこけていて、みすぼらしかった。伸びてはいないが、髭の濃い顔立ちで、落ち窪んだ頬の陰影とあいまって、顔はくすんで見えた。パスタを注文してやると、その男はうまそうに食った。

 「手紙は書いたのですが、宛先が分からないのです」

 「誰に出すのですか」

 「旦那さん、それが解らなくなっちゃって。困った、とても困りました」

 男は神経質そうに顔をしかめた。

 「行かなくては、追われているのです。いや、何もしていません。そうです、この手紙は神様に出そうと決めていたのです。でも神様の住所が」

 私にはその男の所作が尋常なものとは思えず、どうしたものかと戸惑いながら「そうかね」と相槌を打った。

 次の瞬間、

 「旦那さん、私は可笑しいですか。人と変わっていますか、正常ではありませんか」

 男は矢継ぎ早に言葉を並びたて、不安そうに私の顔色をうかがった。私は心の中を見透かされたようで一瞬たじろいだが「そんなことはない。誰でも分からなくなったり、混乱したりすることはありますよ」と、心の内を隠すように早口で喋った。

 男はふらっと立ち上がると「行かなくては」と呟き、店の出口に向かって歩き出した。途中、一度振り返ってなにか口ごもったが言葉にならない。その足取りは、湖畔の朝靄あさもやに浮かぶ小舟のように弱々しく揺れていた。私は「もう少し話をして行けば」と話し掛けようとしたが、男の背中は光の中に消えた。

 男が立ち去った後、食事を摂る気にもなれず私も帰ることにした。レジで代金の精算をしていると、この店の女主人が私を呼び止めた。

 「トモさん、忘れものよ」

 見ると、あの男が忘れたのだろう、食べ散らかした皿の間に茶封筒が転がっていた。

 「それは困るよ、ここで預かる訳にはいかないよ。そうだ、トモさん預かっておくれよ。連絡があったらすぐ知らせるからさ」

 女主人は、「面倒はご免だ」と言わんばかりにその封筒を私に押しつけた。私のアパートはこのレストランの筋向いにある。私は断ることも出来ずに、その封筒を預かった。女主人は後ろめたさを感じたのか「熱いのがあるよ、持っていくかね」と声を掛け、餃子の入ったパックを二つ包んでくれた。そして「お願いね」と念を押し、愛嬌のある笑顔を振りまいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ